14.開始 -- 第285期ハンター試験開始

 一度吹っ切った彼方は、迷っていたときとはまるで別人だ。
 少しでも念の精度を上げ、己を磨くために今日も郊外の荒野を駆け巡っている。


 香恋は携帯を買ったのでイルミに連絡を取った。
 ついでに、質問してみたりする。

「ハンター試験のナビゲーターさんってどうしたら見つけられるんでしょうか?」
「試験受けるの?」
「はい」

 はっきりとした声を聞くと、イルミは少し考えて黙り込んだ。

「ふうん。会場なら弟に調べさせようか」
「え、いいんですか?」
「貸しだよ。除念が必要になったら呼び出すから」

 思いも寄らない提案に、香恋は驚きながらも喜ぶ。
 試験や日常生活について 彼方は全面的に任せてくれているけれど、香恋だって万能なわけじゃない。手助けはあったほうがいいに決まっていた。

「それより、次からは倒れないでね」
「はい。わかりました」


 それから香恋は再び買い物に出かけた。
 この前は生活に必要な日用品を買った。今度はハンター試験に必要な物。ライター、水、携帯食、動きやすい服、ロープ、サバイバルナイフ、ケータイのバッテリー。役に立ちそうなものを次々とカゴに入れていく。
 武器は必要かどうか迷ったけれど、どうせ一朝一夕で使いこなせるものではないし、下手に持っている方が過信して危ないかもしれない。
 彼方がいるし、念があればいざというとき、少なくとも非念能力者は黙らせることができる。

「香恋も念を磨かなきゃ」

 それが身を守るための術だから。
 除念だけじゃ心もとないから、操作系の能力も一つ作れるといい。
 すぐには無理かもしれないけど、まずはやっぱりオーラを増やすことから始めよう。


 本屋にも立ち寄って、帰ってからは何をするにもひたすら練を保つ。
 夕方になるとイルミから連絡があり、ハンター試験の会場を教えてもらった。


 約一ヶ月を、二人はそれぞれ思い思いに過ごした。


 試験当日に辿り着いたのはとある町の飛行船場だった。
 彼方と香恋は受付に行き、こう言った。

「すみません、チケットを予約した者ですが」

 すると受付のお姉さんは少し驚いてから「行き先は?」と尋ねた。
 彼方が得意げに答える。

「死神の丘」

 お姉さんは更に驚いた表情で、特に香恋を、心配そうに見た。これから二人がハンター試験を受けることが信じられないらしい。
 香恋は愛想良く微笑んでみせた。
 お姉さんはハッと我に返る。

「こちらがチケットです。44番ゲートでお見せ下さい」


 最終的に案内されたのは2000人は収容できるだろうという広いロビー。照明のせいで明るいし、真新しいせいで壁に清潔感を感じる。
 ただし、階段を下りた記憶があるので此処は地下だ。ハンター協会は地下が好きらしい。この広い空間を毎回よく作るなあとか、相当暇だなとか考えてしまう。

 ナンバープレートは香恋が31番、彼方は32番だった。
 つまり、この部屋の中には二人を除いて30人ほどがいるというわけだ。学校の約一クラス分か。
 なんとなく周囲を見渡すと、他の受験生から警戒の視線を受けていることに気付いた。

「なんだ、文句あんのか?」
「喧嘩売らないで、彼方ちゃん。香恋たちはルーキーなのにわりと早めに来ちゃったから仕方ないよ」

 そう諭されて、やっと落ち着いた彼方を連れて、香恋は壁際に座った。
 約300人を基準に考えると、試験開始までまだまだ時間があるだろう。
 念のために持ってきた暇つぶしの道具を荷物から取り出した。ちなみに、香恋の荷物もすべて彼方が持ち運んでいた。

 香恋は彼方がまた喧嘩を売り始めるかもしれないと思って、とりあえず静かに硬の修行をするように勧めた。

「退屈よりはマシか」

 オーラを一箇所に集中させた彼方は、向こうの世界にいたときと比べてかなり成長していた。

 硬は、纏・絶・練・発・凝をすべて複合した応用技である。つまりこの五つが出来なければ出来るものではないのだ。
 最近の彼方は、普段の纏も一縷の淀みもなく安定していて、練で練り上げた膨大なオーラも制御できていた。
 現在、オーラを纏った拳以外の部分の絶は完璧で、さらにそのオーラを拳のより狭い範囲に集中させようとしている。
 これで何かを殴ったら、――例えば人間だったら――ひとたまりもないだろう。

 あらためて彼方の才能を末恐ろしく思った。
 一度集中し始めたから、しばらくは香恋の言葉も届かない。
 だから、香恋も読書に集中することにした。


 それから数時間が経過した。
 香恋は読み終わってしまった本を閉じて未だに集中が切れていないらしい彼方を見た。
 彼方は座禅を組んで静かに目を閉じていた。その右手に宿ったオーラはまるで研ぎ澄まされた名刀のようだった。

 会場内を見渡すと、すでに200人前後の受験生が集まっていた。物珍しそうに香恋と彼方を眺めている。
 特に見た目からしてかよわそうな香恋は、奇怪そうに見られたり、時に同情の視線を向けられていた。
 当然のことは割り切って、とりあえず会場内の念能力者の数を確認した。

「君たち、新人かい?」

 ふいに見覚えのある台詞で声を掛けられた。
 予想通りの男の顔を見て、香恋は微かに顔を顰めた。漫画の登場人物に出会えた感動はこの場合発生しなかった。

「そうですけど」
「オレはトンパ。常連だから、わからないことがあったら聞いてよ。何か教えて欲しいことはあるかい?」
「特にありません」

 香恋はきっぱりと断った。ナンパの対応の要領だ。

「そ、そうか。じゃあお近づきのしるしにジュースでも」
「香恋に何してやがる」

 彼方のお目覚めだった。別に寝ていたわけではないが。
 胸倉を掴まれたはトンパは顔を青くする。

( トンパさんって毎年同じジュース配ってるのかな? )

 なんて、香恋は余計なことを考えていた。


 そのとき、会場内に巨大なベルが鳴り響いた。


『ただ今をもって受付時間を終了いたします』

 女の人の声で放送のアナウンスが入る。

『これより第285期ハンター試験を開始します』

 そっか、これは漫画の二年前なんだ、と香恋は一人で発見していた。
 キルアが漫画よりも幼く感じていたから少し不思議だったのだ。
 思わず年の差を計算してみたりする。

(……うん、大丈夫。身長は同じくらいだし)

 彼方はトンパの胸倉から手を離していた。


『では、一次試験の内容をお伝えいたします』


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