07.願望 -- 我侭に望むこと

 それから三日経った。

 彼方は、嫌がらせかと思うくらい重い枷を、自主的に両手両足につけ、警備と称して敷地内をうろつきながら、念の訓練を行っていた。
 纏、練、絶……では飽き足らず、凝、周、円もやってみた。
 “向こうの世界”は絶対出来なかったことだが、こちらではオーラの操作が比較的容易いので、面白いくらい簡単に何でもできた。
 例えば、ためしに掌底からオーラを飛ばしてみたら、木が吹っ飛んだりした。

 しかし、侵入者は一向に現れなかった。
 良く考えてみると、あの門のせいで大部分の侵入者が削られるのだ。偽の入り口から入ってミケに喰われる者、壁を飛び越えて、やっぱりミケに喰われる者。
 漫画の主人公たちも試しの門を開けるのに一ヶ月ほど要していた。
 もしかしたら、片方一トンの扉を開けられる人物なんてのは滅多に現れないのかもしれない。

 冗談じゃないと思った。折角ゾルディック家の警備をしているのに、このまま侵入者なしで終わるなんて。

 そりゃあ、基礎も大切だ。己を黙々と磨くことの重要性は否定しない。
 けれど、それなら“向こうの世界”でやっていたこととなにも変わらないじゃないか。
 あの退屈だった日々と。

(ああ、そういえば遥どうしてるかな……)

 やばい、CD借りっぱなしだと思い出して、一気に“あの世界”の記憶が溢れ出してきた。

 駄目だ。邪念を捨てろ。彼方は自分に言い聞かせる。余計な感情は修行の邪魔になる。
 普段から己を磨く時間には遥のことを考えないようにしていた。迷いは弱さだ。心が乱れる。
 揺らいでしまうことに慣れてはいけない。

 無理矢理に話を戻そう。

 この世界に来た意義はなんだ? 幾千もの強敵と闘うことじゃないのか。
 イルミやシルバのような化け物が“この世界”にはいるのだ。疼かないわけがない。焦らないわけがない。
 今のままじゃ足りない。体術だけでなく、もっと念の経験が必要なのだ。そう思うとまたオーラが湧き上がる。

 そのとき、初めて侵入者の知らせが入った。

 結果は圧勝だった。いや、彼方にとっては勝負の範囲でさえ、なかった。
 相手は自称アマチュア賞金首(ブラックリスト)ハンター。
 アマチュアということは念も使えない可能性が高いわけだが、そんな問題以前に、その男はただの怪力馬鹿だった。
 むしろ試しの門を開けることが目標だったのではないかと思われる。
 考えればすぐわかることだが、この家の人間は常にその門から出入りしている。故に、それだけでは何の自慢にもならない。特に一の扉を開けただけでは。
 彼方本人はまだ試しの門に挑戦したことがないのであまり偉そうなことは言えないが……。

 とにかく、その男は遅かった。彼方の動きを目で追えてさえいないどころか、消えて見えたのではないだろうか。
 殺すつもりはなかったが、一応“仕事”なのでただで帰すわけにもいかない。
 面倒だと思いながら、二度と試しの門を開けられないようにと、男の腕を掴んでバキバキに骨を砕いた。布を裂くような悲鳴を上げたので、声も出なくなるような殺気を向けてみた。それくらいの冷酷さはあった。

 けれど足りなかった。

 どうして念の使い手が侵入してこないんだ、と思う。
 三日目にしてやっと一人、しかも来てもこの程度の強さでは、期待はずれにもほどがある。
 漫画みたいな、強敵が現れたっていいじゃないか。此処は漫画の中なのだから。
 どうする? いっそのこと、屋敷に乗り込んで派手に暴れてみようか。執事の奴らでさえ手強そうで、楽しめそうだ。
 そんな考えがよぎり、名案だとさえ思ったが、すぐに我に返り、自分を叱咤した。

( 馬鹿、そんなことをしたら香恋はどうなる? )

 不審な動きがあれば女の命はない、と釘を刺されていた。
 香恋は今執事の屋敷にいるのだ。そうじゃなくとも、この敷地からは出ないだろう。
 自分は少しくらいの大怪我――矛盾した日本語だが――をしようが構わなかったが、香恋に被害がいくなら即却下だ。
 屋敷中を敵に回せば当然一対一どころではない。
 さすがにゾルディックの人間全員に一人で勝てると思うほど自惚れてはいなかった。

 それならどうする? と、様々な案を浮かべた末、彼方はひらめいた。
 キーワードは『戦い』

「そうだ、天空闘技場に行こう」

 天空闘技場の趣旨は、彼方の目的に一致する。
 階数が上がっていくにつれて敵が強くなるなら、鈍っている身体を慣らすにはちょうどいいかもしれない。
 200階を超えれば全員が念能力者だ。

 どうせ此処にいたって仕事は殆どない。
 ゾルディックが必要としているのは香恋だから、自分が出かけたってかまわないはずだ。
 むしろ邪魔者がいなくなって喜ばれるかもしれない。
 天空競技場なら金も稼げる。いつか、ゾルディックから解放されても、一文無しなのだ。
 どうせ金はどこかで稼がなければいけない。敷地内をうろうろしているよりずっと有益なはずだ。

 そう思って、早速その夜に申し出た。
 最初は「何言ってるんだこいつ……」という目で見られた上に切り捨てられた。
 侵入者の願望など叶えられるはずもない。
 精一杯に説得はした。利害関係の一致を唱えたり、思いつきでファイトマネーの半分を受け渡すとも言ってみたが、はした金だと切り捨てられた。

 やがて隣で見かねた香恋が、

「お願いします。叶えてあげて下さい。彼方ちゃんがいなくなった分、香恋がもっと頑張りますから」

 と口添えをしてくれて、最終的にはイルミの元に電話が繋がり、ようやく許可が下りた。
 香恋が更に人質めいて申し訳なかったが、笑顔で頑張ってねと背中を押されたので、気合が入る。

 そして次の日、彼方は天空闘技場に発った。


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