結構な時間歩いている、と彼方は思った。
なぜか全員が黙っているから余計にそう感じる。
自分たちが先頭を歩いているせいで、人質に取られている香恋が今どんな顔をしているのかわからなくて心配だった。
( ああ、でも香恋って基本的にキルアが好きだったよな )
それは漫画に対しての話なので、今の状況に当てはめて良いのかわからないし、今そんな余裕があるかもわからないが、実際のところどうなのだろう。
( にしてもでかい森……いや、山か。修行用の山は天宮にもあるけど、屋敷はないな。
……ゾルディックなんて、嘘みたいだよな )
――でもあの強さは、本物だった。
あのとき、銀髪のガキが下りてきて彼方はようやく状況に気付き、長い黒髪の男……イルミに向かって凝をした。
予想通り、淀みないオーラ。 そういえば似ている、と思いかけて本人だと訂正する。混乱していた。
けれどそれなら頷ける。 自分の蹴りを喰らってもあっさり立ち上がったこと。
今まで探してもいなかった、血が疼くような相手。強さ。
( 『HUNTER×HUNTER』、あの漫画は一体なんだ? 此処はその中なのか?)
「お帰りなさいませ、イルミ様」
彼方が思考の渦の中にいると、気付けば目の前にはこれまた馬鹿でかい、洋風の屋敷が建っていた。
入り口では執事らしき男がイルミを出迎える。
「長いこと留守に」なんて会話を聞く限り、おそらくイルミは仕事帰りなのだろう。
執事の男は彼方たちに視線を向けた。
「それで、そちらの方々は」
「こいつらは侵入者」
「そのような報告はどこからも入っていませんが」
「うん。不審だから親父のところに連れて行くことにした。親父にそう伝えてくれる?」
「かしこまりました」
あまりにあっさり、手短に用件を済ませ、執事の一人が屋敷の中に入っていった。
さすが、執事も有能ということなのだろう。
しかしその有能さは、どこか無機質でひんやりとしていた。此処は暗殺一家だ。
イルミはやはり表情を崩さずに自分も屋敷へ足を進めた。他の三人も後をついていく。
イルミはゆっくり歩いていた。
彼方は言うことを聞かざるを得ない、拘束された状況が嫌いだったので、冷たい大理石の中にいることがどうしようもなく不満だった。
けれど、そんな不満を今はどうすることもできない。歩みを止めることだってしなかった。
イルミは立ち止まって、大きな扉をノックした。
どうやら此処に目的の人物がいるらしい。
「親父、俺だけど」
「入れ」
イルミはドアを開けた。
大きなイスに腰掛けていたゾルディック家の現当主、シルバ・ゾルディックがこちらを向いた。
その威圧感に、雰囲気に、彼方は視線を奪われた。その強さに血が騒ぎ、神経が高ぶった。
香恋は凝をした。屋敷内だからか、その量自体は彼方に負けるかもしれない。けれど、
(凄い……)
思わず口に出しそうになって慌てて口を押さえた。
キルアが不審げにそれを見ていた。
「彼らが侵入者か。……キル、お前は自分の部屋に戻っていなさい」
「え、なんでだよ」
念の話になることが切り離せないからだろうと香恋は思った。
キルアはまだ念を習得していないし、知識もない。
また、ゾルディックは今のところ彼に念を教える気もないと言うことだ。
「人質がいなくなったからといって、屋敷内で暴れだすほど彼らも愚かじゃないだろう」
シルバは知りもしない二人を見ながら断言した。
それは暗に脅迫だった。
「でも、」
呟かせたのは好奇心だった。
人間が突然現れる、なんて、嘘みたいな話だ。
それもこの家の敷地のあんなに奥まで誰にも気付かれずに、なんて。
常識を覆されたのだから気になるのは当然だ。
しかし、たった一言イルミに名前を呼ばれると、苦い顔をして結局キルアは部屋から出て行ってしまった。
(呪縛……か)
香恋も同じことを考えたのか、複雑な表情をしていた。
そうして部屋に招き入れられた二人は、まずこう聞かれた。
「此処へ来た目的はなんだ?」
「目的はありません」
香恋は即答する。
「ほう、では何故敷地内に入った? そもそもどこから」
「不可抗力なんです……。水見式をしたら、グラスが割れて此処に飛ばされてしまいました」
「イルミ、お前はどう思う?」
「術者本人にも危害を与えてしまうような水見式の結果なんて聞いたこともないけど、確かにそれなら、侵入者にしては様子がおかしかったことも、突然現れたことも説明がつくね」
香恋は安堵の溜息をついて、彼方を見ると……彼方はシルバをじっ、と見つめていた。
先ほどの約束がなければ、戦いたいのだろう。
今までずっと、強者に飢えていたのだから。
「−−信用すればの話だけど。不審なことに変わりはないから、殺しておくに越したことはないと思う」
イルミが続けた言葉に香恋の身が強張る。
「確かにな」
「男の方は、俺を吹っ飛ばすほどの実力。まあ俺も油断してたけどね。
女の方は、見てのとおり纏や凝が完璧だ。
どちらも水見式をやるような初心者には見えないね。
だからこそ危険要素は俺たちが殺っておく。そうだろ? 親父」
「一理ある。だが、ただの危険要素にしても面白いものがあるぞ?」
「何?」
シルバは口元を吊り上げた。
「その女に触れてみろ」
クエスチョンマークを浮かべながら、イルミは香恋の肩に手を置いた。
そして目を見開いた。
「これは……」
「え、なんですか?」
「オーラが、消える……」
凝をしてみる。
イルミのオーラは、香恋のオーラに触れると消滅してしまう。
香恋はただ立っているだけで、特別なことをしているようには見えない。
「此処に飛ばされたというのは、お前の水見式の結果?」
「いえ、それは彼方ちゃんのです」
「じゃあお前は? 特質系?」
「香恋はまだやったことがなくて……」
「なら、今やってみて」
イルミは廊下にいる執事に声をかけて、水を張ったグラスと一枚の葉を持ってこさせた。
香恋は言うことを聞いて、グラスの前で練をした。
「!」
香恋のオーラを受け、葉は、ゆらゆらと揺れながらゆっくりと浮き上がった。
そう、宙に浮いたのだ。
「操作系寄りの特質系、かな。能力は、除念。」
「イルミ、この能力はお前が探していた条件にぴったりじゃないか?」
「たしかにそうだけど、侵入者を仕事に使うってこと?」
イルミは香恋を見た。
すると、話についていけない彼方は痺れを切らした。
「おい、何の話だ?」
「この男も、役に立たないことはないか」
しかしイルミは聞いていない。
「つまり、なにか利用価値があるから香恋たちを此処に置いてくれるってことですか?」
「執事の屋敷にね。ただし条件がある。2週間以内にその能力を形にすること。
常にその状態でもいけない。自分の意志で操れるように、技として完成すること。それができないなら」
その先は、言わなくてもわかった。
香恋は思う。2週間、それは多分とても短い。
けれど、不可能ではない。
この力は本物で、この世界はこの力があるべき世界なのだから。
だから言った。
「わかりました、やらせてください」
だって、選択肢はそう多くないから。