06.乙女の誓い


突然現れて、『さぁ私を信用してください』なんて容易いことがあるわけない。
ただでさえ他人の心の内側に入り込むのって難しいのに、たくさん裏切られてきた彼だからなおさら。
自分に大層なことができるとは思わないけど、
たとえば、今何をしているのか聞いたら教えてもらえて、
相談に乗れるくらいの立場に、いつかなれたらいいなぁ。

ルルーシュは頭の良い人だから、きっと私なんかよりもずっと、
これからどうすべきかに知略を巡らせているのだろう。
既にいくつか対策を講じている可能性も高い。

数日が経ったけど、私とは今まで通り教室で顔を合わせているだけだ。
困っていたらフォローしようと身構えていたけど、
ルルーシュの演技は完璧で、助けに入りようがなかった。

私の手に及ばぬところで、事態は動いていた。
ルルーシュがリヴァルと一緒に学校を抜け出した次の日、
ニュースで、シンジュクでの毒ガステロ事件が報道された。
でも、それだけでは詳細も、私の知るシナリオとの変更点もわからない。

だから私はそっとルルーシュに近づいて、視線を交わすことで訴えた。
彼は了解して、すれ違いざまで耳元に囁き、
昼休みに、クラブハウス内のホールに連れられた。

ルルーシュの部屋じゃないのが残念。
これってアニメだとカレンが呼びだされたところ?
ここに生徒会のメンバーが集まるのは今日の放課後だったかな。
そういえば、今回はカレンと学校で接触してないのかな。する必要がないのかな。

「昨日、ギアスを手に入れたんだよね」

ルルーシュが肯定したから、「じゃあ私にも掛けて」とねだった。
彼に不利な条件ではないはずである。
けれど、奇怪なものを見る目で見られた。

「正気なのか」
「うん。だって私はなによりもルルーシュの信用が欲しいの。
言葉をどれだけ並べたって嘘っぽいでしょう?
ギアスってきっと恐ろしい力だけど、だからこそ意味がある。
それに、今掛かっておけば事故も起きないし、私も変な勘ぐりをしなくてすむから、
命令をしてもらうのは私にとってマイナスばかりじゃない」

ルルーシュなら、既に効率的な命令を考えていると思う。
尊厳もプライドも、ルルーシュになら踏みにじられてもいい。
自分じゃどうにもできない深層意識を問われたって、
私は私のルルーシュへの想いを信じている。

わかった、と頷いたルルーシュの
麗しい紫の右の瞳が紅に染まり、口を開いたところで、意識が途切れた。





――私が忠誠を誓うのは、ルルーシュ。
――アッシュフォード学園生徒会副会長のルルーシュ・ランペルージであり、ブリタニア帝国第11皇子かつ第99代唯一皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアであり、黒の騎士団の創始者ゼロ。

――ルルーシュのためなら、なんでもできるわ。ルルーシュが望むなら、すべてを捨ててもいい。なにもいらない。ルルーシュが修羅の道を歩むというのなら、どこまでも付き従う。役に立てるなら全力を尽くす。ルルーシュの未来が少しでも明るいように、ルルーシュに少しでも安寧が訪れるように。ルルーシュの敵は私の敵。この身が焼け焦げようとも、ルルーシュの望むすべて手に入れてみせる。ルルーシュの罪を私も背負いたい。夢なら覚めないでほしい。私を使ってほしい。ルルーシュにとって優しい世界がほしい。ルルーシュに幸せになってほしい。そのためならどんなことでも厭わない。非力でも愚鈍でも、口が裂けても秘密だけは守る。ルルーシュに不利益になるくらいなら命を絶つ。絶対に裏切ったりしない。ルルーシュに降り注ぐ火の粉の盾になりたい。何が起きてもルルーシュを恨んだりしない。私の魔王様。魔女にも剣にもなれないけれど、卑しい奴隷をどうか傍に置いてほしい。

――『なぜそこまで俺に肩入れする?』

――大好きなの。初めて会ったときから! "誰か、誰でもいいからルルーシュを幸せにして"とずっと思っていた。世界が違えばただの危ない子だけど、同じ世界に立てば命だって懸けられるの! 頭脳明晰なとこも、綺麗な顔立ちも、アメジストの瞳も、漆黒の髪も、全部愛しい。世界を動かすほどの行動力と意志の強さも、責任感が強くて、全部自分でどうにかしようとしちゃうとこも、してもいい言い訳をしないところも、身内に甘くてそこで妹優先しちゃうか!ってくらいどうしようもないシスコンなところも、仕方ないって思えるくらい好きだし、イレギュラーに弱いところも、体力を使うのは苦手なところも、ちょっとナルシスト入ってるとこも、ゼロの衣装とポージングのセンスも、女装似合いそうなとこも、授業中の寝方が上手いとこも、女の子からの好意ににぶいとこも、かわいくてかわいくて、いとしくてしょうがない!生徒会長に振り回されているところも、会話してて伝わる賢さも、それを鼻にかけないところも、さりげない気配りや優しさも ――





「もうやめろっ!」

次に意識が繋がったとき、懇願の叫びと共に私は強く肩を揺さぶられていた。
怒声かと思いきや、至近距離で見たルルーシュは顔を真っ赤にしていて、涙目だった。
壮絶にかわいい……とか思ってる場合じゃなくて、徐々に状況を思い出す。
何か、絶対遵守の命令をされたはずだ。

「えーっと、私、何かまずいことした?」

姿勢は普通に直立のままだったし、ルルーシュの着衣が乱れているわけでもないから、
せいぜい何か言ったくらいだと思うんだけど、
肩が痛いことから、彼は何度も私を制止していたみたいだし、一体何が起こったんだろう。
とんでもないことでも口走ったのかな?
やっぱり、自分が認識できないことが事が起こったっていろんな意味で怖い。
ルルーシュは黙ったまま首肯したので、さらに不安になる。

「どんな命令をしたの?」
「……『固有名詞を出して、自らの忠誠心を語れ』と」

やった、ちゃんと応えてくれた! って場合じゃなくて、――なるほど。
私がたとえばブリタニアの手の者だったら、シャルル皇帝への忠誠心でも語ったのだろう。
ついでに相手の誠実さや人柄、ともすれば組織の構造までわかるというわけだ。

予想するまでもなく、私はルルーシュへの忠誠を語ったに違いない。
この様子だと、告白じみたことをしてしまったんだと思う。
ルルーシュへの愛を語る自分が容易に想像できて、怖い。
ど、どこまで言ったんだろう。
赤くなっていいのか青くなっていいのかわからないくらい、死ぬほど恥ずかしい。

けれど、その恥ずかしさも、愛の試練だ。
その価値があるのならば、後悔はしない。
お酒に酔ったと思えばありえない話じゃないし、
私の意思の外で起こったことなのだから、私のせいではない……はず。
とりあえず頬が熱いのはおさまりそうにない。

「それで、信用はしてもらえた……かな?」

気まずくて、小首を傾げてみたけど、ルルーシュから返事はない。
うん、可愛い子ぶるのには無理があった。
そんな無茶でもしないと間が持たなかったんだよ!

それにしてもまったく、何を言ったんだ私は。
"語れ"なんて命令されたら、止められなければ、三日三晩は語れる自信がある。
ドン引きされて距離を置かれたら本末転倒すぎて涙が止まらない。

「あぁ、わかった、信用しよう」
「本当!? よかったーっ!」

それでも、ルルーシュが肯定の返事をくれたから、オールオッケーだと思えてしまう。
覚えていないんだから、忘れてしまえ。
この恥ずかしさはルルーシュに預けてしまって、
安心して次の事項に移れる。

「嘘をついていないことがわかってもらえたなら、どうか次は覚悟を試して?
現段階で嘘をついていなくても、意志が弱ければ足手まといだもの」

現代でただの高校生で大怪我をしたこともないような女が、
いざというときの覚悟があるか、たしかめてほしい。
ちょっとこれは私にとっても冒険だ。
この愛という感情は、まさか道徳や防衛本能なんてものに負けないよねぇ?

「覚悟を見るなら、正気のときのほうがいいよね。
ギアスじゃなくても、私、あなたの命令にならなんでも従うけど」

とりあえず、飛び降りろと言われたら飛び降りるとか、そんな感じ。
いざというとき、骨折くらいの怪我は躊躇しないようになりたいなぁ。
度胸はあるほうがいい。私はいざというとき彼の捨て駒になりたいのだから。

「そこまでする必要はない」
「えー、でも」
「いいんだ。わかったから」
「うーん……ルルーシュがそう言うなら。
じゃあそれは行動で示せるよう頑張るとして、とりあえず、
昨日起こったことと、今後の計画について教えてくれる?」


 top 

- ナノ -