05.愛しているから、どうか、


クラブハウスの一角はつまりルルーシュにとって"家"なわけで、
その自室に招かれて二人きりになれば、自分の心臓の音が聞こえるくらいには緊張する。
ルルが淹れてくれた紅茶を飲んで、頭の中で言葉をまとめてから、
私はコードギアスという『英雄ゼロの栄華物語』について語った。

……あながち嘘でもないでしょう?
言い方の問題だけど、ゼロは公人みたいなものだと思うし、
ルルーシュのプライベート大公開!みたいじゃ気分悪いよね。

ルルはたまに質問を挟むくらいで、ちゃんと私の話に耳を傾けてくれた。
緊張でたどたどしくなりながらも、概ねを理解してもらえた。

大切なのは『どこまで知っているのか』ということだから、
彼に見えなかった人物のやりとりについてや、最終話のエンディングまで含めて、
私はルルーシュに伝えられることを伝えた。

「――だから、あなたの遺した世界は、人々は、きっと懸命に生きている」

そんな言葉で締めくくったのは、失ってしまったものは戻らないからだ。
せめて、あなたの死にはたしかに意味があったのだと言ってあげたかった。
悠久の保証はないけれど、気休めでも、言霊になればいい。彼の胸に届けばいい。
っていうかルルーシュが生贄になって幸せにならない世界とかありえない。

此処は多分ルルーシュにとっても平行世界だから、
今までルルーシュがいた世界で何が起こっていても、干渉することはできない。
目に映るものにしか、人は手を伸ばすことが出来ないのだ。

『コードギアス』という、ひとつの物語は完結した。
新たな物語は、きっと今度こそルルーシュの幸せな日々のために。

語り尽くして、私が言葉を終わらせると、沈黙が訪れた。
ルルーシュはしばらく項垂れるように顔を伏せていた。
己の残した世界に いろいろと思うことはあるだろう。
肺に溜まった空気を押し出すように深く息を吐いてから、少し掠れた小さな声で紡がれた言葉。

「俺は、どうしたらいいと思う?」

彼を裏切り続けた世界の上で、
誰を救ったらいいのか。
何を護ったらいいのか。

私が古戸玲奈であったように、ルルーシュは一度生涯を終えているのだ。
不慮の事故ではなく、己の選択の結果として。
死の覚悟というのはどんなものだろう。私には想像も出来ない。
最後の一ヶ月間は、彼が若くして迎えた晩年と言える。
よりよい世界を遺して明け渡せるようにと、彼なりに納得して結論を出し、
悔いの少ないように、死と向き合っていたのだろう。

ゼロ・レクイエムはすべてを洗い流すための贖罪だった。
反逆の過程で生まれた幾多の犠牲や憎しみの連鎖を、断ち切るための。
世界中の憎しみを集めることで彼は世界を許し、世界に許されたのだ。

覚悟の上で、ようやく迎えた終焉を白紙に戻されたって、
切り替えには時間がかかるかもしれない。

でも、私はルルーシュが生きていてくれるだけで嬉しいから。
だから次は。

「幸せになればいいと思う」

即答して、本心だなぁ と口元で笑む。

「ルルーシュのしたいようにすればいいよ。自分に素直になって。
これはきっとやり直しなの。今のあなたはまだ何一つ失っていないのだから。
あなたが幸せなら、あなたの大切な人も幸せだよ」

そう言えば、あらゆる痛みに耐えてきた彼は、泣きそうな子供の表情をした。
ほぼ初対面に近い私にそんな表情を見せるくらい、
彼はどうしようもない想いを抱えていたのだ。

「俺はナナリーを護りたい。でも、それだけじゃなくて」
「うん」
「これ以上大切な誰かを喪わないように……、俺にできるだろうか」

その切なる願いを聞いて、
あぁ彼の力になることができたら、私はどれだけ幸せだろう と思った。

どうしようもないことを、どうにもならないと諦めてしまうことができず、
いくつもの絶望に耐えて、いつ心が折れてもおかしくなかったのに、最期までやり遂げた、彼の力に。

「私が手伝うから。何ができるってわけじゃないけど、
囮とか雑用とか捨て駒とか、
アリバイ工作とか愚痴を聞いて相談に乗るくらいはできるから。
言ってくれればなんでも協力するから。
私はきっとそのためにここにいるんだと思うの」

"誰か、誰でもいいからルルーシュを幸せにして"とずっと願っていた。
だからこの世界に来た私がルルーシュの味方になるのは必然だ。
そんなことわかった上でここに来てしまったってことは、手伝えばいいってことなんだよ。

「どうしてそこまで?」

不思議そうな顔をしたルルーシュに、『やっぱり彼にとって私は初対面なんだ』と再認識した。
ここで『あなたが好きだから』だなんて素面で告げる器量はさすがにない。
さぁ?と誤魔化したけど、瞳だけは逸らさない。

「私が信用できないなら好きなようにギアスをかけて。
"真実を語れ"でも、"敵意があるなら自害しろ"でも、秘密厳守でも。
あ、永続性でいざというときに自分が制御できないようなのは困るかな。
ルルーシュの不利益になったらいたたまれない」

いちいちアピールしてみる。
だってルルーシュに愛を語るのはいくらあっても足りないくらいだ。
愛されることに対して、疑い深い人だから。
そして、好意を持たれている相手を蔑ろにしないだろうという下心も、ある。

ルルは居心地が悪そうに眉根を寄せたが、
スルーすることにしたらしい。

「今の俺はギアスを持っていない」
「うん、これから道を選ぶんだよね。私は、ギアスは必要だと思う。
ぱっと思いつく限りでもラグナロクの接続は食い止めたほうがいいし、そのための手段は必要だよね。
使い方に気をつければルルーシュの力になるわけでしょう? C.C.は味方になってくれそうだし……」
「あぁ、ほっとくわけにもいかないな」

一つ頷かれただけで舞い上がってしまう私がいた。
黒の騎士団のこととか、もっと色々話してみようかと思ったけど、
浮かれすぎて失敗したら台無しだからやめておいた。
せっかく信頼してもらう手段を考えたんだもの。
具体的なことは、ルルーシュのギアスにかかってからにしよう。


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