04.知らない君と


"誰だ"という質問だったので、とりあえず私は名乗った。
『レナ・ファルトン』。そして『古戸玲奈』と。

「ハーフ、か?」
「血筋は生粋のブリアニア人だけど、その話はおいといて」

隠すつもりはないけど、ややこしくて胡散臭い話だから後回し。
ほいほいと信じてもらえるとも思えないしね。
別に私の生い立ちを聞きたいわけじゃないから、
ルルーシュはそれで納得してくれた。

「じゃあ聞くが、この状況の原因はお前か?」
「私はルルーシュをどんな状況に追い込んだの?」
「だから……」

ルルーシュは何か言い募ろうとして、言葉を詰まらせた。
言いにくいことなんだろうか。

思い返してみれば、自分が存在を忘れてしまったクラスメートに対して、この言い草はどうだろう。
『名前忘れてごめん』っていう感じが普通じゃない?
私はトリップという特殊な体験をしているから自分が原因かもしれないと思えるし、
ルルーシュのことが好きだからどんな態度でも許してしまうけど、これが別の立場だったらどうだろう。
たしかルルーシュって最初はカレンの存在も認識してなかったし、
知らないクラスメートの女子がいたところでスルーするのが普通じゃないか?
何かがズレていて、何かが噛み合わない。
もしかして他にも《何か》あるのだろうか。

ひとまず、質問を変えられた。

「ついさっき なぜ俺を助けた?」
「ルルーシュが困っていたから」
「これまでに面識は?」
「入学して以来、昨日までずっと教室で顔を会わせていたよ」

レナとしては、という但し書きがつくけど、"顔"はたしかに会わせていた。
『二重の私』の話も後回しの部類だ。
嘘をつかないようにだけ気をつける。
不本意に彼を裏切ることがないように、
絶対服従のギアスをかけられても後ろ暗いところがないように。
――まぁ、今はまだギアスを手に入れる前だと思うけど。

「俺は、お前を知らない。記憶にないんだ」
「なんでだろうね。記憶喪失?」
「というか……いや、お前が何かしたわけじゃないならいい。悪かった」

それだけ言って、ルルーシュは踵を返そうとする。
何か混乱の最中というように見える。
タイミングや状況から考えて私にかかわりがあることかもしれないし、
ルルーシュが初対面の女子に悩みを相談するような性格じゃないことはわかっていても、引き止めたくなる。
……とにかく、どうかもう少しおしゃべりさせて。

「ちょ、ちょっと待って。何か困ってるんじゃないの。私でよければ力になるよ」
「俺は お前と親しかったのか?」
「クラスメートとしてはそれなりに。ね、私以外の記憶は全部あるの?」
「わからない。とにかく俺は、死んだはずなんだ」

それは思わず零れ落ちたような言葉だったらしく、
ルルーシュは言い放ってから後悔するように口を押さえた。
私が呆気に取られて彼を見つめると、
自棄になったのか、小さく「二年後だ」という補足が聞こえる。
死因は言わなかった。

一拍遅れて、その事実が意識に浸透した。
私の脳裏に鮮やかな光景が蘇る。

「ゼロ・レクイエム……?」

まさか、という一言に尽きる。
でもルルーシュは私以上に驚いた表情で、腕を掴まれ、揺さぶられた。

「なぜその言葉を知ってる!?」

ルルーシュの反応に、私だって驚いた。
それはこの世界にまだ存在しないはずのキーワードだ。
私にとっては絶対に訪れてほしくない未来でもある。

「だって、私は全部見てきたから。――そういうことなら、ちゃんと話さなきゃね。
私には自分に関する二種類の記憶があるの。レナ・ファルトンとしての記憶と、古戸玲奈としての記憶。
これはレナ・ファルトンの身体だけど、古戸玲奈って人間も別の場所でたしかに存在していた」

これで後回しにしていた話とも繋がったかな?
ルルーシュも特殊性を有しているのならば、私の特殊も受け入れやすいかもしれない。

「お前も未来から来たのか?」
「ううん、私は異世界から来た」

さらりと表明してみたけれど、
どちらにしても胡散臭くて安い冗談のような話で、くすぐったかった。

「日本だけど、神聖ブリアニア帝国が存在しない世界。いわゆるアナザー・ワールドだね」
「そんなものがあるのか」
「あるみたい。あるんだから、仕方ないよ。
ルルーシュは未来から来たんだね。
じゃあ此処はルルにとって平行世界(パラレル・ワールド)ってわけだ」

あるいは、死後の世界。
私の目の前にいるルルーシュがいた世界に レナ・ファルトンがいなかったというのなら、
きっと平行世界には色々と誤差があるのだ。
つまり、未来だって違うものに変えられる。
そう思うと明るく考えられた。

ただし残念ながら、アニメ『コードギアス』におけるルルーシュのクラスメートに、
レナ・ファルトンという登場人物がいたかどうかを確認する術はないから、
古戸玲奈の知っているルルーシュが目の前の彼と一致するかどうかはわからない。

「仮に異世界があったとして、なぜお前がゼロ・レクイエムを知っているんだ」

情報処理能力の素晴らしさに、さすがルルーシュ!と思った。
ギアスとかCの世界を体験して、マジカル要素には免疫がついているからかな。

《ゼロ・レクイエム》はルルーシュとスザク間の密約であって、
内輪しか知らないキーワードのはずだ。
赤の他人の一般市民、ましてや異世界人が知っているはずはない。

「それを納得できるように話すにはきっと長くなるから……。
次の授業に遅刻しそうだし、今はこれくらいにしておこう?」
「わかった。じゃあ放課後、クラブハウスに来てくれ」
「うん。これだけは覚えておいて。私はあなたの味方だから」

知っていてほしい。覚えていてほしい。
はっきりと宣言すると、ルルーシュは不思議そうにしていた。
そんな表情も麗しい なんて思ってたらシリアスな雰囲気台無しだね。
だって今度こそあなたに幸せになってほしいから。
たくさん会話できた というだけで、とにかく私は満足だった。


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