34.魔法をかけよう。決して解けることのない君だけの魔法を。


灰かぶりの結末は?





自分にギアスが宿っていることなんて、すっかり忘れていた。
その性質上、他にギアスユーザーがいなければ意味のないものだから、
まだ残っているのかどうかすらたしかめようがなく、オンとオフの切り換えも意識していなかった。

その朝、久しぶりに跳ね返しの範囲内にギアス――赤い鳥の羽ばたきを感知した。
なぜこの世界にギアスがあるのか、誰によるものなのか疑問に思いつつ、跳ね返さずに受け入れた。
危険なんてどうでもいい。身の安全なんかより、あの世界と縁が持てるならなんでもよかった。

そうして、意識が途絶えた。





気がついたときには不思議な空間にいた。
世紀末のようなこの光景、どこかで観たことがあるような……。
目の前にはルルーシュがいる。
また都合の良い夢を観ているらしい。
宝石のような記憶を繰り返し愛でるのはしょうがないことだ。
夢の中で夢だと自覚できることもたびたびある。

けれど、今日はいつもと少し違っていた。
ルルーシュの容姿が記憶よりもおとなっぽいのだ。
青年という言葉がふさわしい容貌で、髪の長さも違う。
一度途絶えた彼の時間にはなかった姿だ。
今頃、順調に時を重ねていてくれたらこんな感じかなぁっていう、私の願望が出たんだろうか?

こんなふうに健やかに時を重ねていてくれたらいい。
漆黒の髪は艶めき、紫の瞳は甘く優しい。
見たことのない絢爛な服装が機微まではっきりしているのが不思議だったけれど、せっかくだから、目の保養を存分に堪能することにする。

「レナ」

ルルーシュが私を見て、その声で名を呼んだ。
都合の良い夢だとわかっていても、懐かしくて嬉しくて愛しくていとしくて泣きそうになった。
胸がきゅううっと苦しい。一言で私をこんなに揺さぶれるひとは、世界中探したって他にいないだろう。

「……いや、その姿は古戸玲奈、か」

こちらの名前を呼ばれたのもまた初めてだった。
手元に録音機がないことを恨む。
もういいや、どうせ醒める夢ならただひたすらに甘くあってほしい。
だから問う。どこまでも自己満足のために。

「ルルーシュ。……ねえ、今、幸せ?」

彼が頷いてくれたら私はそれで満足だったのだけど、
きっと都合の良い夢だからそうなるだろうと思ったのに、
ルルーシュは盛大な溜め息を吐き、項垂れた。あれぇ?

「この期に及んでまだそれを言うか」

よくわからないけど、苦言さえいとしい。
そんな、愚かしい思考の間に、ルルーシュの声も姿もひたすらにリアリティを帯びて、ここに至る経緯を語り出した。

私が消え、みんなの記憶からも消え、ルルーシュだけが覚えていたこと。
ラグナレクの接続を行うために何をしたか、何を願ったか。
ルルーシュにとってあれから3年が経っていること。

どうやらこれはただの夢想ではない、らしい。
にわかには信じられない。
だって、ラグナレクの接続なんて、一番苦労して阻止したことなのに。
だって、アーカーシャの剣なんて、扱いを間違えたら命の危険があるのに。
たった一度だけ、命も世界も賭けて神様に願えるチャンスを使ってまで私のもとにくる必要なんてどこにもない。

「なんで……?」

王子様はお城でお姫様たちと幸せに暮らしました。めでたし、めでたし。まごうことなきハッピーエンドだ。
私にはルルーシュがすべてでも、ルルーシュにとって私は必要じゃない。
私が元の世界に戻ったのは、収まるべきところに収納されただけのこと。宿運だっただけ。

「泣きそうだったから……。あのとき、お前はこっちの世界に居続けたかったんじゃないか?」
「そりゃあ、もちろん、できることなら、叶うなら、そうだけど」

それはただの我が儘だ。
世界を歪めてまで叶えてもらえるほどの価値がある働きを今後できるかと言われると自信はない。
最初から、私なんていなくても、一人でも、きっとルルーシュはすべてを成し遂げたのだ。
ただでさえ整った環境に、一度目の反省と教訓さえあれば、絶望の絵図にはならないだろう。
現に彼は私のいない数年で、どれだけのことを成し遂げたのかわからない。
あまりにも都合がよすぎて、まだ夢なんじゃないかって思える。

「約束しただろう。お前は俺の協謀者だ。どこにだって迎えにくるさ」

耳を疑った。次に、幸福に打ち震えた。
ああ、たとえば、これが幻で、本当は天国からのお迎えでした!って言われても、私は後悔しない。
ルルーシュはまるでダンスに誘うように、優雅に手を伸べた。

「玲奈、俺と一緒に来てほしい」

すぐに息を吸う。

「イエス、ユア、」
「待て。――これは命令じゃない。俺はたった今、お前にすべての権利を返そう」

制止され、咄嗟に息を止めた。
あらためて深呼吸し、耳を傾ける。

「この手を取れば、おそらく二度と元の世界には戻れない。
レナ・ファルトンの消えた世界で、お前を知っているのは俺だけだ。
人間関係も経歴もなく、体の状態もわからない。苦痛も困難もいくらでも生じるだろう。俺についてくるなら、また一緒に茨の道を歩むことになる。
その覚悟があるのなら。お前がお前のために、明日を選べ」
「私、は……」

ルルーシュがその名で命じてくれたら、私はどんなことにでも従うつもりだった。
従う、つまり、思考を停止して選択することは、許されない。
だからって断ることが、あるはずもないのだけれど。
ここまできて私に選ばせてくれることは、まるで、私を選んでくれることのようだった。
全て聞き終える前から、すぐにでも頷きたくて、飛びつきたくてたまらなかった。

「結びます。その契約」

ダンスに応じるように、できるだけ丁寧に、伸べられた手を取った。たしかに触れた。
そっと指を重ねれば、その温度に、感触に、幸せを確信する。

「私は、ルルーシュの傍にいたい。地獄の業火に焼かれても、悔いたりなんてしない。それだけじゃなくて、どんな場所でも、あなたがいれば、あなたの傍なら楽園になるの。
どんなことでも、一緒なら、信念があれば、きっと乗り越えていける。だから」

夢だけど、夢じゃない、夢の先。
頷き合って、また夢を見る。

「あなたとならば、世界の果てまで」

さぁ、幸せになろう。


協謀者 fin.


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