31.だから、どうか、愛しき人よ


ルルーシュの未来を妨げるものがなくなった今、彼の明日は保証されたと言える。
これでおしまい、ハッピーエンド。舞台は終幕へ近づく。

さて、ここで一つ、解決されていない問いがある。
"突然始まった私の夢は、いつ終わるのだろう?"

シャルル皇帝を打ち破ってから、ざわざわと心が落ち着かない。
虫の知らせ。予感というより、お告げに近い。
山場を越えたはずなのに、むしろあのとき砂時計が動き始めたかのように、刻一刻とタイムリミットが迫る感覚がある。

「明日、いよいよ『ルルーシュにとっての明日』が来るのね……」

9月27日。今日はルルーシュの前世においてゼロ・レクイエムが執行された日だ。

ルルーシュは一周目でラグナレクの接続を阻止したとき、無意識集合体にギアスをかけた。
『それでも俺は明日がほしい』と願って、無意識集合体はそれを聞き入れた。
それなのにルルーシュは自分の明日を手放した。
だから、これはルルーシュにとって"明日"もしくは"明日"へ続く道なのだ。
私の解釈だと、そういうことだった。
本当に"明日"を迎えたとき、きっと無意識集合体のギアス効力は切れる。

古戸玲奈は異世界の住人だ。
ルルーシュを明日導くための召使いで、きっと天秤を傾けるための石ころだった。
役目が終われば、私がここにいることはただただ不自然になる。
死んだわけでもなく、まるで胡蝶の夢を見るようにここにいることが。
夢はいつか醒めるもの。
役目を終えた石ころは、弾き出されるもの、なのかもしれない。

ひとたび自覚すれば、この魂がここにあることはけっして正常じゃないのだ。
とても残念なことに、ルルーシュの正しい明日という形に、私は存在しない。
どれだけ心を砕いたって、生まれた世界が違うなんて。

「そういうことになるな」
「明日になったら……――」

何かあるとしたらきっと節目たる今日だ。

「なったら?」
「ううん、なんでもない」

不安を口に出して、縋って、どうなるのだろう。困らせるだけだ。
たとえば明日、私の世界が終わるとして。
隕石が落ちてきたって、私はいつもと変わらずルルーシュのためになりたがる。何も変わらない。
覚悟ならずっとしてきた。





それでも穏やかに過ごすことはできず、夜更けにルルーシュの執務室を尋ねた。
杞憂だと割り切れなかった、この我が儘をどうか許してほしい。
執務室はまだ灯りがついていて、ルルーシュは私を招き入れるとホットミルクを入れてくれた。
山積みの政略資料を見て、何か手伝えればいいのに、と思うけれど、何ができるわけでもない。

私は、ルルーシュの重荷を少しでも肩代わりできていたのかな?
世界の重み。世界をひっくり返そうとする人。

たとえば、ルルーシュがたった一人を特別な人として選んだのなら、
すべてを投げ出して彼のために生きようとする女性はたくさんいるだろう。思い当たるだけでも、たくさん。
でも、ルルーシュがナナリー以外をたった一人として選ぶ可能性は、限りなく低い。
誰かの「たった一人」になれないというだけで折れる心がある。特に異性なら。

それでも、ルルーシュに"特別"を集めたかった。
彼を守ってくれる人。支えてくれる人。繋ぎ止めてくれる人。
私一人分の愛じゃ、きっと足りないから。
取りこぼさないように、何もかも手に入れられるように、望んで、ここまできた。

「ねえ、ルルーシュ。今、幸せ?」

それだけは聞いておきたかった。
私は彼の幸せのためだけに存在したのだから。

「ん? そうだな、幸せ……かな」
「よかったぁ」

その答えを聞いて胸が満たされる。
やっぱり、もしもこれが最後なら、いつもと変わらずあなたに仕えたい。
切ないけれど、想いは最後まで貫きたい。

「私ね、ルルーシュに会えて本当によかった」
「急に何を言い出すんだ。いや、お前が突然なのはいつものことか?」

はにかんで、お別れのようなことを言えば、ルルーシュは苦笑気味にその麗しい尊顔を傾けた。
自己満足かもしれない。何度伝えても伝えきれない。伝えなければ伝わらないものだから。
伝えなければ、伝わらなければ、言葉を授かって生まれた意味がない。言えるうちに言っておきたい。

「嬉しかったし、楽しかったし、幸せだった」

遠い画面の向こう側で、"誰か、誰でもいいからルルーシュを幸せにして"と願っていた。
それをこの手で叶えることができたなら。
傍で手伝う事ができて、この上ないほどの幸福だった。

宝石のような日々。思い出せば思い出すほどたくさんの幸せ。
彼のために、いくらでも手に入れたかった。
ルルーシュが望んでくれたから、多くのものを残せた。

大好きな人。
たくさん知って、知るほどに知らなかったとわかって、もっと、いくらでも知りたくなった。
ゆるされるのなら、ふれたかった。
わたしはそれをじぶんにゆるさなかった。

「レナ、どうした!?」

はっと態度に出てしまったかと思いきや、ルルーシュは人魂でも見たかのように目を瞬かせていた。
私に手を伸ばし、肩に触れようとしたところで、その指はすり抜けた。
気付けば私の身体は幽霊のように透けていた。

「え、……なにこれ」
「ギアスか?」
「ううん、違う……」

時計を見ると、二本の針が頂点で重なりかけていた。もうすぐ日付が変わる。
身体はますます薄れていった。本能的な恐怖に、ゾッと慄く。
予感は杞憂じゃないらしい。それどころか、このままじゃ身体ごと消えそうだ。

どうして?
古戸玲奈の意識がこの世界に滞在できる限界なのだとして、この身体はレナ・ファルトン。この世界に最初からあったモノなのに。
――ああ、でも。ルルーシュの世界には存在しなかったものだ。
初めて会ったとき、ルルーシュはレナのことを知らなかった。
彼の"明日"には不自然で不必要だってことなのかもしれない。
これは死の淵? 永久の別れ?
こわい。怖くて、寒い。だれか、たすけて!

「大丈夫か?」

視線に気付いて、はっと我に返る。
ルルーシュに、みっともないところは見せられない。

「うん」

夢から醒めるとき。それは死と同じようにいつ訪れるのかわからないもので、考えても無意味だと思っていた。
志半ばなんてごめんだけど、ルルーシュの幸せが叶った今なら……嫌だけど、すべて覚悟の上だったはずだ。
今更、泡になって消えることがこわいだなんて、言えない。言わない。
不安を隠す笑みを作ろうと、目を細め、口角を持ち上げた。

すべてが終わって、ようやく今から、幸せになるところだった。
私の体調が回復し、戦場でも傍に控えることができるようになるはずだった。
叶うことなら生涯、幸せなルルーシュを見ていたかった。

本当にこれで終わりなら、くやしくてたまらない。
こんなことなら、限りある時間を惜しめばよかった。
潰れても壊れても、傍にいればよかった。
もっと願えばよかった。寄ればよかった。触れればよかった。
世界が終わるってわかっていたら!

……なぜ、失うとわかった途端に欲が出てしまうんだろう。
言えなかった我が儘は、山ほどあったのだ。

震える唇に命じ、喉から息を押し出して、声にする。
もしかしたらこれが私にできる最後の行いかもしれないから。

「ルルーシュ。しあわせになってくれて、ありがとう」

立つ鳥は跡を濁さず。
ルルーシュの中に遺恨を残さないように。
さいごのさいごに台無しにするなんてことがないように。

どうか幸せに。願うことしかできないのが悔しくて、悲しい。
私はまた、無力な祈り人に戻ってしまった。
ルルーシュにはナナリーがいる。CCがいる。スザクがいる。ジェレミア卿がいる。ロロがいる。ミレイ会長がいる。シャーリーがいる。リヴァルがいる。
だからきっと大丈夫だと思えるに、そこに私はいないことが、どうしようもなく苦しい。
今この瞬間、ここにいるルルーシュは、遠い世界の王子様ではないはずなのに。

失ってしまう。いとしいひと。もう会えない。だいすきなのに。
だきしめてしまいたい。手を伸ばして、触れてしまいたい!

言葉にならない。
視界が滲む。涙も透けて見えなくなればいい。
でも最後だから、まばたきする暇さえ惜しい。
この瞬間が終わらなければいい。
時空の狭間に閉じ込めてしまえれば、いいのに。

オール・ハイル・ルルーシュ

十二時の鐘が鳴る。
舞踏会は終わり、魔法が解ける。

「――レナ!」


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