30.奪われることを望む心


ナナリーにごまかす必要がなく、安全を任せられる環境を得て、ルルーシュは密かに世界各地を飛び回るようになった。
EUでユーフェミア皇女殿下と密会し、中華連邦でギアス嚮団を乗っ取り、ブリタニア本国との行き来を繰り返し、皇族に貴族に政治関係者に経済界の要人に話を通した。
ゼロとして、時に秘した皇子として根回しをし、味方を作り、磐石を整えた。
シャルル皇帝を陥落した後、世界が潤滑にまわるように。

咲世子さんに影武者を任せて、長く学園を留守にしている。
大切な学園生活の謳歌してほしいとも思うけど、シャルル皇帝がラグナレクの接続を行うまでのカウントダウンが動いていると思うと悠長に構えてもいられないのだろう。
賽はもう投げられている。念のため、富士の思考エレベーターへ通じる神殿は封鎖してあるけれど……。
アッシュフォード学園は心地よい箱庭だったけれど、永遠にいられないのなら、鳥籠から外に出なくてはいけない。

私は「身体を休めるように」との命を受けたので、出張もなく、本部基地に行くこともなくなり、日常生活に戻った。
留守を預けられたと言えば聞こえがいいだろうか。

できることといえばせいぜい、ロロを育成して、ナナリーの話し相手になって、スザクとカレンを見守って、咲世子さんをフォローするくらいだ。
"ロゼ"役も、私は指示を出すくらいで、ロロが中の人をこなしている。
普通に授業を受けて、出来事を覚えておいて、様子を見に行って、人間関係の中で、捻れが起きないように見張っている。はらはらすることはあるけれど、目に見える危険や痛みはない、平穏なお仕事だ。
中でも、咲世子さんのフォローはけっこう大事だ。
放っておくと彼女の天然ぶりが遺憾なく発揮されて、イメージが崩れたり、トラブルの種になったりしてしまう。
咲世子さんの傍にいることが増えたせいで、校内でルルーシュに近寄りすぎていると思うけど、カレンとスザクにはそれぞれ事情があると察してもらえるのだから、もういいことにしよう。
どうせなら本人の傍にいたかったんだけど、ね。

学校生活以外に一番身近で長く傍にいるのはロロだ。
私の両親がロロにどう振る舞うかどうかまでは保証できなかったから、実家を出て、今は二人暮らしをしている。
アッシュフォード学園の敷地内地下の基地の簡易アパートのようなスペースで共同生活だ。

ロロにとっては、生き別れの姉である私と共にルルーシュに仕え、今はナナリーの護衛を任じられている。ということになっている。
設定を思い込ませただけで気持ちまでは弄っていないけれど、可能な優しさを惜しみなく与えただけでも、申し訳なくなるくらい とっても素直に慕って信じてくれる。
愛だの家庭の温かさだのを演出するために、へたでも手間のかかった料理を作ってみたり、二段ベッドで毎晩語らいながら寝たり、褒めたり抱きしめて家族愛をささやいたりしているけれど、任務や忠誠に関しては厳しく説いている。
私もだいぶ絆されて、本物の弟のような気がしてくるから不思議だ。
この絆は、きっとしばらく続ければ本物になる。

ナナリーは歩くのにほとんど杖を使わなくなったし、淑女教育・皇女教育も順調で、健やかだ。
ルルーシュとは通信で顔を見ながら喋ってコミュニケーションをとっている。一、二週間は帰らないことがザラだ。
兄の欠けた食卓を寂しがるから、よく一緒にお茶したり食事に招いたり招かれたりする。

ロロとナナリーは年も近いしナイトメアの操縦訓練でも一緒だから、かなり打ち解けている。
ルルーシュが不在なことが多いから、ロロはナナリーのほうが身近に感じていると思う。
ナナリーとルルーシュは対立しないだろうから、それでもかまわない。
ナナリーだってルルーシュに与えられたものじゃなくて、自分だけのものが欲しいはずだ。

たまに、ナナリーに会いに帰ってくるルルーシュを一緒に出迎えて、みんなで晩餐すると、まるで家族みたいって思える。
傍にいられる時間が短いからこそ、一瞬一瞬が鮮やかに感じられる。
信じて、待っているから。留守を守るから、どうか健やかに帰ってきてほしい。

そんな生活を始めてから二年が経ち、ロロは、絶対遵守による暗示を解いても、私たちと歩むことを選んだ。
気づけば愛も忠誠も未来も異世界も何もかも伝えてしまって、私の一番の理解者になっていた。
だってルルーシュへの愛をわかってくれて、共有できる相手って希少だ。

二年が経つ頃には、必要な舞台が整っていた。
エリア11は衛星エリアの地位を手に入れた。
黒の騎士団は世界の中枢的影響力を持っている。
ゼロ、ルルーシュが各地で締結した様々な密約がある。

機は熟した。
獅子は隠していた牙を剥く。

ゼロの宣言を合図として全世界同時クーデターが起き、彼はその首謀者として君臨した。
ブリタニア帝国に突然敵対宣言を出したのだ。
周到な根回しの結果、政変は広がり、帝国の存続が危ぶまれるほどの戦争にまで発展していた。

「覚悟はいい? レナ、ルルーシュ」
「ああ」
「もちろん」

混乱のさなか、主たるクロヴィス殿下の屈辱を晴らすため、軍人スザクが密かに"ゼロ"と"ロゼ"を捕らえ、シャルル皇帝の御前に突き出した。
計画の通り、シャルル皇帝がルルーシュへ記憶改竄のギアスをかけようとしたところを、ロゼ、つまり私が跳ね返し、皇帝にギアスに関する記憶を忘れさせた。
そして、ルルーシュのギアスで命じる。
"アーカーシャの剣は諦めろ。たった今ここであったことを忘れろ。"

戦争の集結や皇位継承をギアスで命じなかったのは、それでは世界は変わらないからだ。
不正な手段でシャルル皇帝を操ったり弑すれば次はシュナイゼル殿下が相手になるだろう。
また次に即位した皇帝をギアスで傀儡にするというのも、きりがない。
期間限定ならともかく、自由意志の明日には不向きだ。
最終的にはギアスなしでも立ち行く世界こそが正常な有り様なのだろう。

シャルル皇帝の嫌った、嘘でまみれた世界。
今はまだ偽りで世界を塗り替えただけかもしれない。
でも、いつか嘘を本当にしてみせる。ルルーシュにはそれができる。私は信じている。

だから今回、ルルーシュは絶対遵守のギアスなしでも勝てるように軍を組織したのだ。
我が魔王様には二枚舌外交みたいな手じゃなくて、騙すんじゃなくて、有言実行で無理と思われることを実際に成し遂げて力を示すようなカリスマ性が似合っている。

全世界にわかりやすいパフォーマンスとして、ブリタニア帝国は一度負ける。
負けて、形を変える。一度壊して、作りなおす。
世界の再構成には混乱も伴うだろう。
平穏な日々にはまだしばらくかかるだろうけれど、今、彼らはちゃんと笑っている。

――よかった、これで、全部。


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