03.見つけた瞬間遠ざかる


いつもどおりに登校して、友達やクラスメートと挨拶を交わす。
今のところ違和感なく過ごせているみたい。
誤差はあるだろうけど、少しくらい挙動不審な行動をとったとして、
まさか"私"の内面にこんなに変化が起こったなんて誰も思わないだろう。
気づくとしたらマオくらいだけど、もちろん今ここにはいない。

ルルーシュが登校してきたのは、いつもより少し遅めだった。
――寝坊でもしたのかな?
なーんて考える、恋する乙女とはストーカーのようなものだ。

本物のルルーシュ!に、卒倒しそうなくらいドキドキした。
『レナ』として覚えてはいるんだけど、記憶と実際は違う。
だから誰かこの感動をわかって。
ルルーシュが、生きて、立って、喋って、動いているんだよ!
なんかもう泣きそうだった。
堪えたから、絶対変な顔をしていたと思う。

挙動不審になるのがわかっていたから駆け寄るのはどうにか我慢したけど、お近づきにはなりたい。
なにか会話の口実を、近づく理由を考えなきゃ。偶然なんかじゃ待ち遠しすぎる。
いつも頑張ってたわいのない話題を見つけてたんだよね。
休み時間にさりげなく、生徒会のことでも聞いてみようか?
今日は化学の実験があるから、移動教室のときにでも。

そんなことを考えながら、ちらちらと観察していたら、
はたと、ルルーシュの様子がおかしいことに気づいた。
物珍しい景色でも見るように、それでいて時折懐かしそうに目を細めて、
私と同じくらい、不自然を隠しつつ、きょろきょろと教室を見渡している。
何か探しているのだろうか。

今なら話しかけられるかなぁ?
なんて考えている間に、先生が来てしまった。あぁ勿体無い。
それにしても、一番後ろの席って役得で眼福だ。
その背中を見つめながら、"ルルーシュ、ルルーシュ"と呪文でも唱えるみたいに胸中で繰り返した。
大丈夫。呪いだとしても、ルルーシュの不幸を跳ね返す呪いだからね。

そのとき心の声が聞こえたのかと思うようなタイミングで、ルルーシュが私を振り向いた。
私を、というよりは、ゆるりと教室を見渡したんだけど、ばっちり目が合ってしまった。
心臓が飛び跳ねる。
ルルーシュも、なぜだか目を瞬かせて、私たちは約2秒間見つめあっていた。
はっと我に返って、ルルーシュが前を向く。ちらりと見える横顔は思案顔だった。
髪でも跳ねていただろうか、と熱い頬を両手で押さえながら考えた。

けれど、聞こえてしまった。
休み時間に、ルルーシュがシャーリーにこっそりと私を指差して喋っていた。
目を合わせたいのを堪えて気づかないふりをしたけど、地獄耳って恐ろしい。
"あれが誰だかわかるか?"と。

それは、ちょっとおかしい。いや、だいぶ。
ルルーシュが"私・古戸玲奈"のことを知らないのは当然だとしても、『私・レナ=ファルトン』のことを知らないのは。
『レナ』はルルーシュと同じく入学式に出席したのだ。
昨日まで普通に会話していたのに、突然忘れるだなんてありえない。
優秀な頭脳を誇るルルーシュなら尚更のこと。

何言ってるの、とシャーリーが訝しむ。
「レナとは、ルルもよく話すでしょ?」

シャーリーも、クラスの皆も、私の記憶を持っている。
この世界に『私』は実在しているのだ。

……だからと言って、現在戸惑いを隠せない様子のルルーシュを責める気にはなれない。
これ以上彼の心の負担を増やしたいわけがないでしょう。
この現象の原因も理由も私にはわからないけれど、
私がこの世界に来たらルルーシュの味方をするに決まってるんだから。
知らないと言われたなら、『初めまして』のご挨拶をするまでだ。

「ルルーシュ、昨日はごめんなさい!
そんなに怒らせるとは思わなかったの。
無神経だったわ。
ちゃんと謝るから、ちょっと来てもらっていい?」

とりあえず、喧嘩してたっていうありがちな設定でいかがでしょう。
もちろん悪役は私で。

「あ、あぁ。いいだろう」

ルルーシュは、さすが切り替えが早くて、私に話を合わせくれた。
自分の認識を主張して周囲に不審がられるよりも、
私に説明を求めるのが手っ取り早いと思ったのだろう。
それから、教室を出るとき、ちらっと一瞬睨むような視線をくれた。
フォローしたという事実は、私が何か知ってるという憶測に結びつくのだろう。
ロロみたいなこともあるからなぁ……。
あ、でも今のルルーシュはまだロロと出会ってないか。

誓って私はルルーシュの敵ではないし、なぜ食い違いが生じているのかもわからない。
でも、私に二重の記憶があることは事実なので、
世界を跨いだ拍子に何か齟齬が生じたのかもしれない。
この不思議体験では、それくらいのトラブルがあったって驚かない。

ほら、ルルーシュって私にとって特別な存在だし、
好きな人に忘れ去られるのが異世界トリップの代償、みたいな。
いやそれってルルーシュに迷惑がかかるだけで、私はそんなに損しないけどね?
だって"玲奈"としては、「初めまして」で間違っていないんだから。







屋上に出てふたりきりになると、ルルーシュの第一声は率直だった。

「お前は、誰だ?」


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