29.一人きりの世界には、もう戻れない


『俺たちも踊るか?』

そう提案するとレナは零れ落ちそうなほど目を丸くして驚いていた。
普段驚かされることのほうが多いから、意趣返しになっただろうか。
少し躊躇い、儀式的に対外的な言い訳を口にしたが、見るからに舞い上がっていた。
喜ぶかもしれないとは思ったけれど、耳まで真っ赤で、涙目で、睫毛まで震えている。
その様子を見ていて、語弊ではなく本当に彼女は俺のことが好きなんだなと再認識した。
以前伝えられた言葉には誇張さえもなく、今も変わっていないのだろう。

普段、学校では距離を置いているし、基地では部下として弁え、引き締まった態度だ。
大袈裟に感じるほどの言葉を伝えてくるときさえ、こんなふうには照れも恥じらいもしないのに。
今だけは仮面が外れているのか、余裕なんて欠片もない様子で、策略めいたことは微塵もない。
ただの、普通の女の子なのだと、当たり前のことを再認識した。
人目もあるのだから笑ってはいけないと思うが、表情を変えないのに苦労した。これほど印象が変わるものだろうか。自然と頬が緩む。
これくらいでこんなに喜ぶなら、他のことでもそうだろうか。
これまでたくさんのものを与えられて、何か少しでも返しただろうか。





気づけば、ずいぶん頼っている。
心の機微を察知し分かり合うことが得意分野で、手が足りないところに入り込んで補う。
「言わなくてもわかるだろう」という考えとは無縁で、なんでも明確に言葉にして伝えてくる。
命じればなんでも従うといいながら、間違いは諌める「物言う駒」になるという。
本人にとってそれが喜びだと言うなら遠慮もいらない。
駒は駒でも、自由に動かせる手駒だろうな。物言う手駒。
いれば心強いし、安心して後ろを任せられる。

惜しみなく与えられる好意は心地よく、代償を求められないのはとても気楽だった。
レナは俺に何も課さず、ただ荷物を肩代わりしていく。
ほんとうに本人が望むと言っているとおりに扱っていいのかどうか迷う部分はあるけれど、求められたところで与えることはできないかもしれない。
一番はナナリーで、そのために為すべきことがあるのだから。
それなら、求められないままのほうがいいのだろう。

いつかレナが俺に何か求めて、叶えられないとき、彼女は去っていくのだろうか。
そんなところが想像できない程度には、傍にいるのが当たり前になっていた。

「ねえルルーシュ。私がいつか間違えたら、不要になったら、ルルーシュはちゃんと切り捨ててくれる? 裁いてくれる? 躊躇っていたら動かしてくれる?」

あるいは、レナが去るときというのは、自らを不要と断じたときなのかもしれない。
抑制剤を求めること。判断を委ねること。
これが彼女の最大限の甘えなのだろうか。
それで満足するなら、安心を与えられるなら、聞き入れよう。

「――ああ、お前が間違えたら、俺が止めるさ」
「ありがとう。その名で命じてくれたら、私は、ギアスじゃなくても必ず従うからね」

自らを使い捨ての部品だと宣うレナに、
仕えるに相応しい主かどうか試されているように感じる。
いざというとき、彼女を撃てるだろうか。自信はあまりない。





決断の瞬間は遠からずやってきた。
あろうことか眼を閉じた状態で絶対停止のギアスを使ったロロ、その副作用にひどくのたうつレナという状況で、
暗殺のリスクを負い、レナにギアスの解除を命じることもできた。
銃に手をかけたが、ロロを撃つのを躊躇った。
結果としてスザクに拘束を命じ、数十秒を要した。
そのあいだレナは地獄を味わったことだろう。口の中が苦かった。気絶したレナにスザクが駆け寄る。
追い込んだ張本人である俺にはそんなふうに傅く資格もない。
俺には俺のやるべきこと――ロロと対峙し、対策を講じること――がある。
ただし、対処にはレナの意見も聞くつもりだ。
この生温さもまた、彼女が齎したものだった。





それから、レナが目覚めたという報告はなかなか来なかった。
もしこのまま……と縁起でもない想像が巡る。
思えば、ギアスキャンセラーの被験体といい、ずいぶん負担を強いている。
身体にはどれくらいのダメージが残っているのだろう?

スザクに抱えられてやってきて、ロロと対峙したレナはいつもどおりの頼もしさだった。
だからこそ、なおのこと、彼女の仮面の読み取りにくさを感じた。

扱いもギアスを得たこともその使い方も、本人の意志として尊重してきた。
けれど、このままでは取り返しのつかない事態が起こりうる。
「使い潰してくれてかまわないの」と言うレナに、
ああ俺は彼女を使い捨てにはしたくないのだと、心から、そう気づいた。

レナはきっと俺に仕えているかぎり、十分すぎるほど働いてくれるだろう。
その身を窶しても、身を粉にしても、役立ってくれるだろう。
だからこそ、すべてが終わったとき、レナが"消耗"されていることがないように――。

ロロの身元を引き受けるというなら、この際、しばらく前線から退き休ませようと決めた。
一人でワルツは、踊れない。


共ノ章 fin.


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