28.この身は永遠ならずとも


ベッドの中で目が覚めた。頭痛と気怠さに呻く。

「レナ……?」

ふと横を見ると疲れ顔のスザクがいた。
目元に疲労が滲んでいる。ひどく心配をかけたらしい。
ここは医務室だろうか?

「スザク、くん」
「よかった。なかなか目覚めなかったから。
ああ、すぐに起きないほうがいいよ。酷い不整脈だって」

ここまではスザクに運ばれてきたんだろうか。
くらくらしながら身を起こし、掠れた声で訊く。

「私、どれくらい寝てた?」
「二時間くらいかな」
「そっか……」

日付が変わっているとかいうオチじゃなくて安心したけれど、毎回こんなふうに倒れていたんじゃ、使い物にならないな。
訓練すればロロのようにまともに動けるようになるだろうか。
それとも、他人のギアスの副作用は通常より重い?
ロロのギアスがたまたま私の身体に合わなくて、相性が悪いんだろうか。
あるいは私の身体は被験でもうぼろぼろ……とか。

「あの刺客は、どうなったの」
「別室で拘束されてるよ。ルルーシュとジェレミア卿が連れて行った」

使い潰せばいいと思ってた、この身体。
いざ消費期限が近づくと不都合が生じる。
身ひとつで請け負えることには限度があるのだ。
それなら、私は、別の手脚が欲しい。

「それより、医者を呼んでくるよ」
「医者よりも……冷たいお水を一杯もらえる?」
「わかった。すぐ戻る」

スザクが部屋から出た隙に、荷物を確認し、ルルーシュに連絡を入れた。
酷い眩暈でも、その声が聞けると思うと起き上がる気力も湧く。
起床報告。尋問の状況確認。アポイント。
心配してくれたのも嬉しいし、ロロへの対応は私が目覚めるのを待っていてくれたらしい。

三分足らずで戻ってきたスザクから貰った水を一口飲み、彼と向き合った。

「スザクくん、私をあの刺客のところに連れていって」
「何言ってるんだ。だめだよ」
「お願い。スザクくんにしか頼めないの。ほんの10分でいい。それが終わったらおとなしくするから。ちゃんと病院でも行く」

事態は刻一刻と変化するのだ。
その岐路は看過してる場合じゃないんだよ。

「なんで……。なんでレナがそこまでするんだ!」

スザクの見地から考えると不思議に見えるかな?
自分だって身を顧みない無茶をすることがあるくせに、ひとには言えるんだなぁ。

「決めたことはやりとおす主義なの」

譲らない意思を明確に示して、きっぱり答える。
頑固なのはお互い様だ。

「……わかった。ただし、約束は守ってもらうよ」
「うん」

返事を聞くなり、スザクは私をさっと横抱きで持ち上げた。いわゆるお姫様抱っこ。
スザクの態度があまりにも自然なので、おとなしく抱きかかえられることにした。
落ちないように首に手を回すけれど、アトラクションに乗ってる気分だ。
前を向いたまま、スザクはつぶやいた。

「レナ、僕は君を守りたいんだ。君のことが好きだから」
「……ありがとう。気持ちは嬉しいよ」

うまく応える気力もなく、受け流す。
もう、寝たふりとかしていいだろうか。





ジェレミア卿と交代して、ロロとルルーシュのいる部屋へ入る。
オレンジさんには、ついでにスザクを軍務に連れ戻してもらった。
ロロは椅子に縛られて拘束されていた。
ひとしきり暴れたのか今はおとなしいけれど、おとなしいなりに憎しみのこもった眼で睨んでくる。猿轡がなければ「さっさと殺せ」とでも呪詛を吐いているだろうか。

「任務内容は聞き出した。今は自害とギアスの使用を禁じている」
「話してみた感想は?」
「まったく知らない男、だな……」
「そう……」

それなら、立場を明確にしておかなきゃ。
よろめきながら、一歩一歩とロロに近づく。
動揺の声にかまわず、彼の視界を覆うように抱きしめた。
椅子に拘束されたロロは、思うように抵抗できず身悶える。布越しに、肩に噛みつかれた!
背中まで手を回して、その後頭部に拳銃を突きつける。震えるから両手で。

人を殺めるのは初めてだ。想像もできなくて、とにかく気持ち悪い。
さっきまでとは違った意味で吐き気がする。
目を瞑りたくなるけど、照準はずらさないように。
息を吸って、覚悟して、――。

「ーー殺すな!」

ルルーシュの叫びに、銃を下ろして、振り返る。

「ルルーシュ。まるで別人だと思ったんでしょう?
そのとおり、これは一時期でもあなたの弟だった相手じゃない。記憶も事実もない。任務も監視じゃなくて暗殺。
前世ではシャーリーを殺した。今世でも何をされるかわからない。対抗策も薄い。
ギアスで操って伝達役を続けさせてもいいけど、その役は他の人でもいいはず。
どうせ任務失敗じゃ嚮団にも帰る場所なんてないの。束縛を一生解除するアテがないなら、今殺すのもやさしさだよ」

複雑な存在だ。ルルーシュの精神衛生上よろしくない、気がする。
ルルーシュはかつてCCに向かって、なぜマオを殺しておかなかったのかと問うた。汚れ役なら引き受けよう。

「わかってる。だが、」

言い淀むルルーシュを見て、よかった、と安堵する。私も、できれば人殺しはしたくない。

「それでも殺したくないのね? 」

ルルーシュがロロをどう思っているのか、アニメだけじゃわからなかったから。
実際に対面してみて、どういう気持ちになったのか、確証が持てなかったから。

「ああ」

理屈なんてなんでもいい。望んでくれれば、全力で叶えられる。
ルルーシュがロロに情を持っているのなら、生かす価値は充分にある。
それに、ちょうど私もほしかったのだ。

「聞いていたね? あなたのことは殺さない。生きていてほしいから、生きてもらう。
本国にはあなたのことは死んだと伝えるから、ここで名前を捨ててやりなおしてみない?
その命、いらないなら私にちょうだい」

勧誘の形にしているけれど、あっさり頷くとは思っていないし、拒否権もない。
R2までの二年間のように、最初は騙し騙しの試用期間がいるだろうなぁ。

「あなたの新しい名前はロロ。ロロ・ファルトン。かけがえのない、替りのいない、たったひとりの私の弟。私の家族。私の部下。
ギアスはもう使わなくていい。心臓が止まる、あんな苦しみ、もう味わわなくていい。愛を分けてあげる。情を注いであげる。追手が来たら守ってあげる。
その代わり、私の手脚になって。私の代わりに我が主様を守って。私が動けないとき代わりに動いて。駆けつけられない場所に行って。耳になって、情報を集めて。
仕えるのは彼、ルルーシュ。この方に忠誠を誓うの。暗殺者じゃなくて、騎士になるのよ」

そろそろ、役目を引き継ぐことを考えてみる。
ロロには献身の素質がある。一皮剥いたら素直そうだし、教えを全部飲み込んでくれるかもしれない。
ナナリーが傍にいる今、ロロがルルーシュの「弟」のポジションにつくのは無理だろう。なので仮に私の弟とする。義理でも便宜上でもなんでもいい。弟キャラだと思うし、ただの部下や腹心よりも家族のほうが、心に触れやすい。
突然弟が増えることは私にとっても負担だけれど、人を救いへと引っ張り上げるときに重みが生じるのは当然だ。

他の選択肢もあったけれど、こんなにも私自身がロロへ深く干渉することにしたのは、きっと、あの拷問のような苦悶を体験して、同調してしまったからなのだろう。可哀想と思ってしまったのが年貢の納め時。
溢れかえるルルーシュへの愛を少しだけ分けて、ロロへ注いでみることにした。

たくさん甘やかしたら嫉妬心が暴走して優先順位を間違えてルルーシュを攻撃する――なんてことがあったら最悪だけれど、
そのへんは、主が誰なのか、大切なものはなんなのか、切々と説いて、洗脳していけば大丈夫だろう。
しばらく預けてくれれば、立派なルルーシュ信者に育ててみせる。

ルルーシュもね、身内には素で甘いから、
ごはんとか作ってくれたり、優しくしてくれると思うんだ。前回の反省もあるかもしれない。
私はよく夕食にお呼ばれしているから、姉弟単位ってことにすればいい。弟の躾はちゃんとしますよ。

暗殺者で、諜報員で、ナイトメアにも乗れて、忠誠心があって、頭も悪くない。
一度懐柔できたら、きっと裏切らない。信頼できたら、きっと全部話せるようになる。
そのうち、ロゼ役を預けることもできそうだ。

いつ絶えるかわからない身なら、想いだけでも残せたらいい。


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