26. この声が届くまでに


嬉しくて嬉しくて幸福で幸福で胸が苦しくて自分が自分じゃないようで、死んでしまいそうだった。
一方で、幸せに胸が燃えるほど冷たい灰が積もっていくようだった。罪悪感の、灰。
欲しがってしまうことへの。

私は、いつか間違えてしまうかもしれない。
自分の心を飼いならすことも、雑草のような下心だけ刈り取ることも、きっととても困難だ。
画面の外や天の上や観客席から眺めて、不満を述べる野次馬じゃないのだ。
最後まで、転ばずに踊れる?

それができないなら。

「ねえルルーシュ。私がいつか間違えたら、不要になったら、ルルーシュはちゃんと切り捨ててくれる? 裁いてくれる? 躊躇っていたら動かしてくれる?」
「――ああ、お前が間違えたら、俺が止めるさ」

休暇明けに尋ねると、彼は事も無げに言った。
口の達者な人だから話の流れに乗ってくれただかもしれないけど、きっと約束は守ってくれる。

私の消費期限を決めるのは彼であってほしい。
彼にとって正しいものを、彼が選んでくれるなら、私は不要だと言われるその日まで仕え続けることができる。迷わずにいられる。
歪んでしまうときに正してもらえるなら、それまで、突き進んでおこう。

「ありがとう。その名で命じてくれたら、私は、ギアスじゃなくても必ず従うからね」

抑止力を求めてしまう惰弱さを、今はゆるして。
不要かもしれなくても、まだあなたのそばにいたい。
いつか死刑宣告を受けるまで、見限られるときまで。

「ほら、ナナリーが待ってる。行くぞ」
「うん」





ナナリーに招かれたお茶会で、ルルーシュは長い長い話を始めた。
情勢の話、立場の話、ギアスの話、反逆の話、ルルーシュの前世の話。
それだけでも衝撃的にもほどがあるんだけど、ダモクレスの鍵とかゼロ・レクイエムとか、放っておいたらルルーシュは言わないだろうことも勝手に暴露しておいた。

特にルルーシュと敵対したことやルルーシュの死には相当なショックを受けていて、
語っているとルルーシュに「もうやめろ!」と怒られたけど、ナナリーは「大丈夫です」と唇を震わせた。

ナナリーなりに覚悟していたのだろうけど、明らかに程度を越えているのがわかった。
政治的なお話や、ルルーシュ=ゼロという真相だけならともかく、
ギアスもCの世界もパラレルワールドも、自力で想像するのは不可能だ。
一つずつでも「ありえない」事実が、山のように積み重なっているのだ。

無理にでも最後まで話し続けることにした。
時間がかかっても、中途半端が一番いけない。誤解が一番怖いのだ。
それでもナナリーは一つずつ質疑を繰り返し、理解しようと努力していた。手を尽くしてきたかいがある。

話が進むほど、哀れなほど色を失っていく。
彼女の世界はたった今ひっくり返ったのだ。
常識は挿げ替えられて、認識は粉々にくだかれて、信じていたものを失った。
しばらくそっとしておいてあげたいとも思うけれど、今日中に済ませなければルルーシュが甘やかし方を間違えそうで心配だから、耐えてもらう。

「いきなり全部は飲み込めないと思う。わからないことはその都度ルルーシュに聞いたらいいよ。私も、私でよければ答えるから。
でも、自分にとって大切なものを間違えないで」
「私……は、お兄様が好きです。お兄様、愛してると言ってくださるのは、嘘じゃないですよね……?」
「ああ。ナナリー、愛してるよ。お前がなによりも大切なんだ」
「私も、お兄様が大切です……」

俯いて、ぎゅっとスカートの裾を握る。
沈黙が長引いて、今日はこれで解散かなと思った頃。
ナナリーはとっくに冷えた紅茶に口をつけてから、

「それで、私は何をしたらいいでしょう……? 何か手伝えることはありますか?」と聞いた。

ああ、やっぱり強い子だ。
ナナリーはルルーシュに自己犠牲なんてしてほしくないのだ。
むしろ守れるなら守る立場になりたいはず。
ここで『留守番』って答えじゃきっと物足りないだろう。
精神的な支えの意義を説くことはできるし。
ルルーシュは「何もしなくていいから笑っていてほしい」と言うけれど。

「ナナリーちゃん、ナイトメアを操縦してみる?」

ずっと考えていたことだ。
生身ではまだまだ虚弱だけれど、運動神経の才能はあるんじゃないかって。
マリアンヌ様の才能を受け継いでいたら儲けものという程度だけど、スポーツ的に、きっとやりがいはあるんじゃないかな。

「なっ……莫迦を言うな!」
「なにも、戦えと言うんじゃないの。逃げるにしても、ナナリーが走るよりはナイトメアのほうが速いでしょう? いざというときの手段を増やすのはいいんじゃない?」

私にはそういうことしか考えられない、というのもある。
将来的にルルーシュの騎士が増えてくれたらいいな、と思ったり。
たぶんルルーシュじゃ思いつかないか無意識で却下している案だから、私が提案する意義があるのだ。

「私にできるでしょうか」
「時間をかけて修得すればいいよ」
「絶対駄目だ!」
「私、やってみたいです」

ナナリーが乗り気なことで、ルルーシュは目に見えて動揺していた。
説得を試みるが、ナナリーは頑固だ。上目遣い&うるうる攻撃に負けつつある。
剣呑な目で見られたので、そっと囁く。

「だってほら、ナイトメアの操縦訓練なら基地だから、目の届くところにいてもらえるじゃない?」

事情も話して、いつまでも仲間外れってことはないだろう。
無力さほど惨めなことはない。
忙しいルルーシュを待って、広いダイニングで一人で食事することもない。

結局ナナリーを説得しきれなかったこともあり、やがてルルーシュは折れた。
いくつか条件を決め、その下では許すことになった。
『完全に修得するまで実践しない』『緊急時の脱出手段としてのみ』『決して戦わない』『ルルーシュの指示に従う』『必ず同乗者をつけること』など条件を取り付けて。

「しかたない、専用機を作らせるか……」

それは、まだ足の筋力が弱いナナリーにも使いやすい機体になるだろう。
言い出した責任として、緊急時に外部から操作できるような機能を取り付けてもらうように進言しておこう。
軍や黒の騎士団の使う機体に密かに取り付けている自爆・行動停止機能とは、もちろん違う。
万が一無茶をして逃げなかったり自ら死地に向かうことがあれば、逆向きに走らせるためである。

自爆機能と同様、コードはもちろん存在自体が厳重に秘匿されることになる。
一歩間違えば敵に外部から行動の自由を奪われる可能性がある自爆機能なのだ。
つけることがそもそもまともではない。
でも必要だと感じる。
いつ何に裏切られるかわからないような、この無情な世界では。


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