25.許されざる想いなど、この身ごと焦がしてしまえ


熱に浮かされて、足がもつれそうになりながらも一曲を終えた。
息も絶え絶え「ありがとう」と言ったけど、ルルーシュのほうをまともに見られなくて、聞こえるほどの大きさになったかどうかわからない。

この時間を、たとえば一枚の写真の中に閉じ込めてしまいたかった。
それは叶わずに、夢から醒める時間が来た。
手を離すのが名残惜しいけど、そっとほどいた。
もう一度、本当にありがとうと伝える。

「少しのぼせちゃったみたい。外の風に当たってくるね」

ナナリーやスザクと合流する前にそっと会場を抜け出すことにした。
それは、今他の誰かに話しかけられていつもどおりに応対できる気がしなかったからであり、なによりも、今の気分を何人(なんぴと)にも侵されたくなかったからだ。
幸せで、幸せで。
あの何度も思い出して反芻する。蕩けてしまいそうだ。
階段を飛ばして駆け、ひとりで踊りだしてしまいたくなってしまうくらいに。

鼓動が脈打つ。
ヒトが生涯に鼓動する数は20億回と決まっている。それならきっと私たちは命を燃やして恋をする。
こんなにも強く、掻き乱される。

どうしよう。私はルルーシュのことが好きだ。こんなにも好きだ。
そんなのわかりきっていたし、惹かれないほうがおかしいって思うけど、それだけじゃなくて。
偶像じゃなくて、ミーハー心じゃなくて、テレビの中の憧れじゃなくて。
同じ世界生きて触れて、"欲"として、好きだ。

"一瞬が永遠に続いてほしい。このままずっと傍にいて、他の誰のところにもいかないで、ずっと私の手を取っていてほしい"

たしかにそれを想った。
破裂しそうなほど縺れたその感情、分不相応な欲求に気づいて、愕然とする。
頭が冷えてくるに従って、徐々に怖くなる。
それは私の志の邪魔になりうるモノだ。

かつて、ルルーシュの不利になる振る舞いをする人物が許せなかった。
私ならもっとルルーシュの為を考えられるのに全部捧げられるのにって、ずっともどかしかった。
"誰か、誰でもいいからルルーシュを幸せにして" と、無責任に好き勝手を押し付けられた。
せっかくテレビの前で祈る視聴者でも、無知なクラスメイトでもなくなったのに。
いざ自分が同じ世界に立ってみて、利己的に自分の感情で行動してしまったら、今ここにいる私ができることを精一杯やらなかったら、あんなに憎んだ運命と同じことじゃないか。

ルルーシュの申し出を断るべきだったとか、そんなことできないけど、ばかみたいに浮かれきってしまったのは駄目だ。
従者の分をわきまえて、冷静な部分を残しておくべきだった。
私は、ただ私という駒を操る司令塔でなくてはいけないのに気持ちが制御できないほどに膨れ上がった。

この手足は彼のためにあるのに。つまさきから髪の先まで、あの人の所有物なのに。
私には血統も美貌も知性も腕力も権力も何もない。
そのままじゃなんの役にも立たないから、気持ち一つでひたすらに研ぎ澄ましてここまできたのに、その気持ちがよこしまに歪んでしまったら、無力どころか害悪にしかならない。

想いは一歩間違えれば歪む。
理想が現実と違うと言って憎んだり見放したりする。
好きな人や大切な人に銃を向けることすらありうる。
他人事をありえないって否定したり、酷いって批評するのは簡単だ。
いつか自分がそれをしないように厳重に管理しなきゃいけない。
もう誰もルルーシュを裏切らせない。反逆に不安要素はあっちゃいけない。

ルルーシュがナナリーにとって優しい世界を と望んだように、私はルルーシュに優しい世界を望む。目的が違うのだから、そこには齟齬がある。
私は物言う駒になることを選んだから、ロボットではなく感情を持ってしまう。
いつか、私の望みとルルーシュの幸せが相反するときはきっと来る。
そのときルルーシュの幸せを迷わずに選べるようじゃなきゃ、私にはここにいる資格がないと肝に銘じている。

たった一度しかない機会を、未来への道のりを、自分のためなんかに浪費したくない。
私には奴隷としての矜持がある。従者としての理想がある。
ルルーシュの幸せの妨げになる私はいらない。ルルーシュに害を及ぼす私はいらない。ルルーシュの役に立たない私はいらない。
褒美がほしいわけでも想われたいわけでもない。
僅かでもルルーシュの悲しみを防げるならこの手は誰でも躊躇わず殺し、僅かでもルルーシュに笑みが増えるならこの手は誰でも躊躇わず救う。
僅かでも必要ならこの身はどんな苦痛もいとわず、僅かでも不要ならこの心はいつでも封じる。
そんなふうに生きるの。
口先だけのハッタリや大言壮語じゃなくて、真実にしてみせる。

平凡に恋をする私なんて、一文の値打ちもないもの、望まない。
今日溢れた想いは今日に封じ込めることにする。
間違っても、ぎこちない態度を表に出してはいけない。遊びじゃないんだから。
冷たい風に当たって、深呼吸をする。

――少しは整理できたかな。落ち着いたかな。

そう思ったところで、さっきの場面が蘇って頬が緩んでしまう。だめだ。
滝にでも打たれてきたほうがいいのかなって、けっこう真剣に考える。
とりあえず夜の祈りの時間は増やそう。刷り込みとも洗脳ともいう。
すぐにできないなら、労力をかけるしかない。

――今頃ルルーシュはどうしてるかな。

ふと考えるのはやっぱりあの人のことだ。
ナナリーやスザクと合流した? 生徒会メンバーとは?
誰と喋っているかな。それとも、踊っているかな。
たとえばシャーリー。たとえばミレイ会長。

その光景を思い浮かべ、お似合いだと思う。
胸が苦しくなった。ぐつぐつと煮える。
この胸に渦巻くどす黒い感情は、嫉妬と呼ばれるものだろうか。
欲しい、独り占めしたいって思ってる?

やっぱり、思い上がっている。
前の世界にいた頃ならルルーシュが誰と結ばれる未来でも涙を流して喜んだはずだ。
テレビの前ではルルーシュが誰かと結ばれることを心から願っていた。
どんな形でもいい、幸せになってほしかった。
それが、何を色気づいてしまったんだろう。近づきすぎて勘違いしてしまった?

嫉妬はいい方向になんて働かない。態度に少しでも出れば重い。
独占欲は、その分だけルルーシュの幸せを奪うってことだ。
ただでさえ他の世界からの異物たる私の存在が、ルルーシュの物語を歪めてしまうようなこと、あってはならない。
ルルーシュはいつか、この世界の誰かと幸せになる。
そのとき私は心から祝福する。それが決定事項だ。

それに、だって、まかり間違って今更望んだところで、手に入るわけじゃない。
私がルルーシュを幸せにできるはずがない。
外見もさることながら、私はたぶん、可愛さとはかけ離れた面をルルーシュに晒してる。

腹黒さも手を尽くして足掻くところも策略に顔を歪めているところも散々知られている。
守ってあげたくなるような可愛らしい子にはなれないし、なっていられない。
好かれたかったら、こんなことしない。もっと、たとえばスザクに接するようにしている。
綺麗じゃない嘘を、詐欺師のように人を騙すようなまねを見せたりしない。

それでも、女の子として見られるクラスメートより、私はルルーシュの協謀者になりたいの。
片想いで気持ちばかり大きくなって好かれようして、自分の見てくれを優先して、平凡な女子に戻って、いつか誰かを陥れる手を止めてしまいそうな自分が怖い。

だから封じる。できなくても目指そう。
今までも意志を積み重ねてきたんだから、できるはずだ。





肌寒さを感じてきた頃に、携帯が震えた。
確認すると、スザクからのメールだった。
無視するわけにもいかないから、返信画面を開く。今はまだ会いたくない。
会場の熱気にあてられて外で休んでいること。心配無用なこと。文章を考えている途中で、着信が鳴った。
発信元はルルーシュだった。
ひゃっ!と変な声を上げて携帯を落としそうになるほど動揺したけれど、出ないという選択肢はない。

「はい、もしもし」 声が上擦る。
「今どこにいる?」

声を聞いただけで心拍数が上がる。
ほんとうに、私はどうにかしている。立派な病気だと思う。
質問されれば、嘘偽りなく答えるのが誓いだ。

「中庭に……」
「なかなか戻ってこないからナナリーが心配してる。薄着だろう、風邪ひくぞ」

通話には雑音が混ざっていない。
ルルーシュは電話のためにホールを出てくれたらしい。
気遣いの言葉に、嬉しすぎて死にそうだった。

「そうだね……そろそろ中に入るよ」

体調管理できないとは思われたくないけど、会場に戻るとは言えない。
手洗い場で時間を潰すのもありだけど、このまま帰ってしまってもいいなぁ。
仮病の早退になるけど、今後を思えば必要な代償かもしれない。幸い明日は休日だ。
幸せの飴を舌でじっくり転がして、溶けきったら忘れられるように。

「何かあったのか?」
「何も。ただちょっと熱っぽいみたいなの。移したら悪いし、家に帰ろうかなって」
「そうか……無理をさせて悪かったな」

ルルーシュが謝るのを聞いてはっとする。
ルルーシュと踊った後、逃げるように出て行ってそのまま戻らなくて、実は体調が悪かったなんて白状していることになるんだ。
本当に具合悪いならそんなの踊る前に言えばいいのに、感じ悪い。
後味を悪い思いをさせるわけにはいかず、結局、何一つ包み隠さず、馬鹿正直に伝えることになった。

「ううん、違うの! ほんとうに嬉しくて、幸せすぎて、舞い上がっちゃって、どうしたらいいかわからなくてっ!」

必死で本心を語ってたら涙ぐんできた。
だから、今はだめなんだってば。
均衡が揺らいで、コップに張った水が今にも溢れそうで。
想いのエネルギーを、こんなふうに破裂させるのじゃなくて、ただ役に立つことだけに専念して使えたらよかったのに。

「……それならいいが。じゃあ俺はそろそろ戻るよ。お大事に、レナ」
「うん、ありがとうっ」

ああもう、今の一声録音したかった!
通話が終わって、頭の中で何度もリピート再生する。携帯にキスしたいくらいだ。
コートを取りにロッカールームに向かう足取りが軽い。
こんなことで はしゃいでしまってダメなんだけど、まだ今日の内だからって言い訳する。
心を矯正するのは予想以上に困難そうだ。

いっそルルーシュにギアスで封じてもらうのはどうだろう?と考えてみるけど、説明も難しいし、気持ちを弄るのは加減が厄介だ。
この想いを奪われたら私は何もできないかもしれない。
興味をなくすか、無気力になるか、自分で考えぬロボットになるか。
そうなってしまうくらいなら、まだ私が自力で封じたほうがマシな結果が得られそうだ。
もっと臥薪嘗胆して、ひたむきになろう。
この関係が壊れてしまわないように、役割を失わないために、私はなんだってできるはずだ。

また涙腺が緩みそうになったのは、きっと、幸せすぎて。


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