24.信じたことない永遠を願ったよ


一曲終わって、休憩し雑談を交わした後、
ナナリーがこちらに近づいてくるのが見えた。
どうしたのかな? と思いつつ、ひらひらと手を振って迎える。

ナナリーとルルーシュが手を取り合って歩く姿はすっかり板についていて微笑ましい。
私とナナリーと仲がいいっていうのは建前でもあり、公然だ。

「レナさん、スザクさん、こんばんは。Trick or treatです!」
「こんばんは、ナナリー。はい、どうぞ」

持っていた一口チョコレートを渡す。
テーブルにはいくらでもお菓子が積まれているので、悪戯の余地はない。挨拶代わりだ。
ナナリーはまだ仮装して練り歩くのが許される年頃だよね。

「ナナリー、その衣装すごく似合ってるよ。ルルーシュも! さっきのダンスも本当に素敵だった! 完璧だったね、ナナリー」
「はい! ありがとうございます。レナさんが訓練に付き合ってくださったおかげです」

声や喋り方はそれほど変わっていないはずなのに、ずいぶんナナリーは印象が変わった。
外見以上に大きな変化が内面に起こったためだろうか。
真摯で凛として、人を味方にさせる不思議な引力がある。

「それで……次は私、スザクさんと踊りたいんですが、レナさん、かまわないでしょうか? スザクさん、私と踊っていただけませんか」
「私はもちろんいいけど、ナナリー、足は大丈夫なの? 疲れてない?」
「はい。おかげさまで。お兄様も気遣ってくださっていますし、今日はとても楽しいです」

深紺の瞳は活力に満ちている。
うーん、万が一ふらついてもスザクなら支えられるか。
せっかくの舞踏会、お兄ちゃん以外とも踊りたいって気持ちはわからなくもない。ナナリーにとってスザクは気心の知れた仲だし、頼みやすいんだろう。
激しい踊りでもないし、もう一曲くらいならいけるかな。
こんなナナリーからの申し出を、スザクはまさか断らないだろう。
どうしてわざわざ私にも許可を取るのか不思議なくらいだ。

ルルーシュを見ると、ナナリーが心配で心配でしかたないけど楽しそうなナナリーを止めることもできないってふうだ。本当に、ナナリーには甘いんだから。
ナナリーの健康管理をするルルーシュが許可を出したなら、私がとめることでもない。
スザクがちらりと私を見たので、頷く。

「よろしく。ナナリー」

スザクは騎士らしく跪いて、ナナリーの手の甲にキスをして応じた。

「よろしくお願いします、スザクさん」
「スザク、くれぐれも気をつけろよ」
「心配しすぎだよ、ルルーシュ。大丈夫だから任せて」
「そうですよ。それではお兄様、レナさんをよろしくお願いしますね」
「……ああ、わかった」

軽く請負いながらも、ルルーシュはナナリーのことしか考えてなさそうだ。
ナナリーの成長を喜んだり寂しかったり心配だったり、忙しいんだろうなぁ。
不可抗力でもなんでも、ルルーシュが傍に来てくれて、少しでも一緒にいられることが私にはこの上ない僥倖だけど、ルルーシュにとって私は取るに足りない存在でかまわない。

「いってきます、レナさん」

去り際に、ナナリーが私に小さくウインクをしてみせた。
……もしかして、この状況は仕組まれてる?
ナナリーが私に気を使って、ルルーシュを連れてきて、ふたりにしてくれたのかな。
たとえばリハビリを手伝ったお礼・ご褒美をくれたとか……。
そうだとしたら、その気持ちが嬉しい。

望む状況を作り出すやり方が、私に似ている、かもしれない。
もしかして、余計な教育を施してしまっただろうか。罪悪感。
ナナリーが計算高くなったりしたら、ちょっといたたまれない。
それも成長のうちだって好意的に解釈していいのかな。
ルルーシュは心配そうに、遠ざかる二人の後ろ姿を目で追っていた。

「ナナリーなら大丈夫だよ。自分で選んで歩いているんだから。スザクくんも一緒だし」
「……そうか。そうだな」

ルルーシュは複雑そうに溜め息をつく。横顔が麗しい。
私は何も言えず、ただ隣にいた。

そうやって何もできずに立っていると、
きっとそのうち別の誰かがルルーシュに声をかけに来るだろうから、
それまでの一時を味わうことにする。

ルルーシュは今日も今日とてとてもかっこいい。
同じ空間にいるだけで、空気を共有しているだけで緊張する。いつまでも慣れない。
毎日のように傍にいても、見飽きるどころかその麗しさにくらくらする。
ましてや、今日は学生服でもゼロの衣装でもなく、お互い特殊でもそれなりの格好でもパーティという特別な場だ。

何か気を紛らわせるような話題を振れればいいんだけど、
学園内で、しかも人の溢れたこの会場内では、喋るのに制約が多すぎる。
基地では毎日のように顔を合わせて好き勝手なことを話しかけているのだけど、
学校では在るべき距離感も話せる話題もキーワードも態度も意見も、違う。
ふとした拍子に間違えて、地雷を踏んでしまいそうだ。
私は過信できるほど器用じゃないから、いつどこでボロが出るかわからない。
余計な試練は減らすに越したことはない。

いくら反逆の協謀者でも、学校にいると私はただのクラスメートに戻る。
元々片想いで、遠巻きに恋焦がれ懸想していたわけだけど、
自主的に気をつけていることが多い分、話しかけたりできず、前よりも教室での距離は離れている。
距離感の変化は、"ルルーシュがレナのことを忘れたふりをするほどの喧嘩"をした時期と一致するから、客観的にはそういう友情の縺れだと思われているらしい。
スザクが編入してきてからは関係が固定されて、ますます疎遠になっていた。
みんながいないところや校外ではよく密談しているんだけどね。

「俺たちも踊るか?」
「……え?」

ルルーシュが何気なく口にした提案は、私にとっては晴天の霹靂だった。
咄嗟に「私と?」って問う言葉が喉元から出かかって、
「嫌ならやめよう」と返される可能性を考え、飲み込んだ。
ルルーシュにとっては大したことじゃない。
ほんの気まぐれ、手持ち無沙汰の提案。

そうか、ナナリーが"レナさんをよろしく"って言ってたから、
ルルーシュはきっとナナリーが戻ってくるまで私の傍にいてくれるつもりなんだ。
もしかしたらナナリーはルルーシュに他の誰かと踊ることも勧めていたのかもしれない。
ナナリーのお膳立てによって、互いの連れをとられた者同士。ダンスパーティ。
うん、きっと不自然じゃない。

肯定以外選択肢は焼け落ちた。
多少不自然でも、どうかこれだけはゆるしてほしい。
うん、ぜひ。と声にしたつもりが、緊張で掠れて喉にひっかかった。
きっと二度とない機会。手放したくない。

「うん。"仲直り"、しよう」

目立ってしまうから、一応、声を張るには建前がいる。
私たちは、かつてそれなりに仲の良いクラスメートだった。
ルルーシュが"レナを忘れたふり"をするほどの喧嘩をしてから少し距離感が変わり、
スザクが編入してきてからはますます疎遠になっていた。
そろそろ"仲直り"をしてもいいはずだ。今ならその儀式だと、そんな口実をつけられる。

「ああ」

ルルーシュはふっと微笑んで、見惚れるような仕草で私の手を取った。
触れた瞬間、電撃が走るようで、私は後悔さえした。
――これは、心臓が持ちこたえないかもしれない。

レナ・ファルトンは一応こういう形式の催し事が初めてというわけじゃない。
古戸玲奈も、小中学校で男女混合のフォークダンスくらいはやったことがある。
しかしそれとこれとは、太陽と砂粒くらい違った。

本物の王子様がいる。
私の魔王様が、ルルーシュが、紳士的にエスコートしてくれる。
肩に触れ、背に触れ、腰に触れ、密着といっていい距離だ。
きゅんきゅんするなんてもんじゃない。失神しそう。頬も耳も頭も全部熱い。
意識からは音が失せた。踊れているから、身体のどこかで聞いているはずなのに、五感がルルーシュしか感じない。私を支配する。任せて、委ねる。感覚神経のすべてがルルーシュだけを捉える。
けっして生涯忘れることがないように、記憶に刻み込んでいく。きっと忘れようとしたって忘れられないけれど、細部まで鮮明に覚えていられるように。

息遣いがわかるほど近くて、まともに顔を見られない。
ちらりと覗き見れば満足げな笑み。胸がぎゅっと苦しい。
オーバーヒートで破裂しそうだった。インフルエンザで40度の熱を出した時だってこれほど朦朧とはしてなかったはずだ。
怖い。自分が自分じゃないみたいだ。何度惚れ込んでも、どれだけ好きになっても、まだ先がある。

まるで夢を見ているみたいで、そうじゃないなら、私はこれから死んでしまうのかもしれない。
一生分のご褒美だよって言われても信じられる。
もっとも、一生分の幸運ならこの世界に来られたことだけで使い果たしたんでもいい。

誰よりも何よりもいとしい人が、体温を分かち合うほどの距離に、心の融け合いそうなほどの距離に在る。
それがわかるから、これが夢であってほしくない。けっして醒めないでほしい。
どうか、と、この世界に来てから初めて、一番強く、心から願った。

"一瞬が永遠に続いてほしい。このままずっと傍にいて、他の誰のところにもいかないで、ずっと私の手を取っていてほしい"

そういうふうに、たしかに心が想った。
他の人からどう見えているかとか、どう振る舞うべきかとか、普段から意識すべきことはそのとき思考のどこにもなかった。

それはルルーシュのためとかルルーシュの利害に依らない、ひたすら私の欲望から出た願いだった。


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