23.共にこの夜を越えられたなら


待ちに待ったハロウィンに、校内の仮装パーティが予定通り開催された。
衣装の用意や会場の飾り付けなどで学園内はしばらく浮き足立っていた。相変わらず平和そのものだ。
生徒会メンバーは運営側で、しばらく準備に追われているようだった。
みんな二重生活をよくやっているとつくづく思う。
私は黒の騎士団の仕事を増やしただけで手一杯になっているのに。

黒の騎士団……。
日を遡るけれど、カレンとの交渉のときのことを思い出した。
伝えた内容はほとんどスザクと同じだ。





ーーカレン、ゼロに会わせてほしいの。極秘に話せる席を設けてほしい
ーー伝えたいことがあるの。ゼロはきっと私と同じ……。きっとお役に立てるから

ーー英雄ゼロ。率直に聞きます。あなたは"ギアス"を持っていますね?
ーーわかるんです。私も、ギアスユーザーだから。……私にギアスをかけようとしても無駄ですよ。私のギアスは跳ね返しのギアス。あらゆるギアスを跳ね返すことができるから、効きません。
『ちょっと待って、レナ、ギアスって何?』
ーーギアスは王の力。ありていにいえば、超能力。
『ゼロが超能力者?』
ーーまったくありえない話じゃないでしょう? ゼロが起こした奇跡の、少なくとも一部にはギアスが使われているはずよ。

ーー目的? ゼロの役に立ちたくて。世界は変わるべきだと思う。ゼロがギアスユーザーなら、私の能力を理解して役立ててくれるかもしれないと思ったの。

『それなら、"ロゼ"の名を貸そう』





"ロゼ"は、元々ゼロの小間使い・連絡係として黒の騎士団に出入りするときに使っていた名前だ。
ゼロと同じく正体不明の覆面姿で、女性ということだけわかるようにしてある。
黒の騎士団の団員も今では見慣れている。
ブリタニア人であるレナが黒の騎士団に新たに加わるよりは、すでにいるものを使ったほうが団員たちへの説明がいらない。
カレンに「ロゼの中身は私でした」と明かすのではなく、
「別の人だったんだけど、これからは私が代理をします」というわけだ。

――我が名はロゼ。ゼロと表裏一体の鏡。

そうやって黒マントを翻して名乗る。
ロゼはそれまで完全な裏方、目立たない小間使いだったのだけど、対ギアスの護衛という名目をカレンの前で表明してからは、ゼロの活動中はそばに控えるようになった。
たまに本物も入ってるってことにして、時にはゼロの代役として語り、メディアにも露出し、徐々に活動の表舞台に出るようになった。
ナナリーのリハビリという優先事項があったから制限の中での活動だったけど、今日を境に本格的にのめりこむ予定だ。






ハロウィンパーティの会場は学校行事にしては絢爛だ。
trick or treat!と掲げられているのがまず目に入る。
貴族も多いから、ダンスパーティが舞踏会のイメージに近い。

仮装パーティということで、衣装もバラエティに富んでいて見応えがある。
ミレイ会長が貸し出し衣装も用意してくれて、貴族でなくとも困ることもなかった。
女子は魔女や黒猫が人気で、ノーマルなドレス姿にワンポイントアイテムを追加している子が多い。
男子には甲冑姿やゾンビ、着ぐるみ姿の生徒もいる。ハロウィンカラーだけでなく、色彩に満ちている。

ミレイ会長はカボチャ色の鮮やかなドレスで、小道具が多い。
シャーリーは緑色のフェアリードレスで、背中には薄い羽も生えている。
カレンはハートの女王だろうか、胸元の強調されたドレスが魅力的でよく似合っている。
私と交流はないが、ニーナがメデューサの髪を模しているのには驚いた。
リヴァルはミイラ男で、スザクは狼男だ。

私は一番無難で露出の少ない魔女風のドレスを選んで着ていた。
ルルーシュとナナリーの晴れの舞台を見に来たのであって、自分の衣装にはおざなりだ。
立食形式の料理をつまみながら、クラスメートとのお喋りに講じる。

突然会場がざわめいたので周囲の視線を追えば、
ルルーシュがナナリーの手を引いてエスコートして会場に入ってくるところだった。
主役は遅れてやってくるというわけだ。

ナナリーはゴーストがモチーフの白ドレスで、杖を持っておらず、ルルーシュの腕を支えにしている。
ルルーシュはヴァンパイアだ。
黒に赤の裏地とゼロのマントと色彩が同じなので、一応シルエットが異なるのだけど、本当によく似合う。伯爵風のブラウス姿なのも新鮮で眩しい。

美貌の生徒会副会長と、その最愛の妹で奇跡の克服者。
まるでお伽噺の王子様とお姫様だから、周囲の視線を引くのもよくわかる。
実際にも皇子様と皇女様だしね。

ルルーシュは生徒会メンバーのいるテーブルまで歩み、慣れた様子でナナリーに椅子を勧めた。
そこに人が集まって、彼らはその中心になる。
声をかけにいこうかとも思ったけど、悪目立ちしたくないからやめた。
教室での平素と同じく、近づかず遠巻きに眺める。

たとえば可愛い姿でルルーシュと喋るシャーリーを見て、いいなぁって、思わなくもない。
叶うのなら、許されるのなら、私も、本当はルルーシュのそばにいたい。
でも、ルルーシュの傍にいてできることよりも、離れていてできることのほうが多いから、私は自分にそれを許さない。
楽しそうなナナリーを見て笑うルルーシュを見られれば、私も幸せだ。

進行役のミレイ会長がダンスタイムの始まりを告げると、BGMが変わった。
曲の始まりに際し、ルルーシュはナナリーの前に王子様の礼をしてダンスを申し込んだ。
ナナリーも喜んでそれを受ける。1曲目はワルツだ。
兄妹が相手ってどうなの、なんてツッコミを入れる人はこの学園にはいない。

ルルーシュの手を取って、立ち上がって、広いスペースまで歩む。
それだけのことが、ナナリーには本当に特別な意味を持っているのだ。

優雅なステップで踊る、二人とも心から幸せそうな笑みで、
ああこの光景を見守ることができてよかったと、見ていただけの私が涙ぐんでしまった。
彼の幸せに、すべてが報われる。

「踊らないの?」

私のいる壁際にスザクが来て、問いかけた。
踊っていない生徒もそこそこ多くいて、私は気にかけてもらうほどじゃない。
病弱設定を理由にダンスの申し出を断っているカレンには男子生徒が入れ替わり立ち替わりひっきりなしに話しかけている。

「うん、得意じゃないし、見てるだけで楽しいから」

踊りたい相手なんて一人しかいないのだけど、私と踊って、と言えるような立場じゃない。それは仕方ないことだ。
誰か相手を適当に見繕う気にもなれず、それよりは幸せそうなルルーシュをこの目に焼きつけたかった。

「そう。僕も踊りは苦手なんだ」

スザクは同意して、壁を背にして私の隣に立った。
そのまま私のそばにいることにしたらしい。
スザクと話すなら集中しないと演技が綻びる。
ルルーシュから視線を外さざるをえなくて、少し残念だ。

「一緒だね」

ダンスに馴染みがないところは日本人同士という感じで親近感が湧く。
レナ・ファルトンも平民だから、舞踏会には馴れていない。
スザクは運動神経抜群だからやればなんでも上手くできそうだけど。

「うん。レナ、そのドレス、似合ってるよ」
「ありがとう。スザクくんも、狼の耳がかわいいよ」

少し前の私ならここはカッコイイって褒めてたかな。
ささやかだけど、異性として意識していないってアピールするのは、スザクとの距離感に調整が必要だと感じるからだ。

ルルーシュ=ゼロを受け入れた時点で、スザクは私の要求を満たし、作戦は一段落した。
私も徐々にやることが増え、スザクだけに時間を割けないから、そろそろ片手を離したい。
近づくばっかりだったから、少し牽制するくらいがいい。

『私はスザク君のこと、本当に友達だと思ってるよ』
『友人として、応援してるからね』
『ずっと友達でいてね』
『気にしないで。友達なんだから』

好かれていると感じることは多分思い過ごしじゃない。
好かれるようにこれまで努力を積み上げてきたのだから、ありえないとは言えない。
あからさまなくらいの好意を感じるのは、これまでの作戦が功を奏した結果かもしれない。
思い過ごしなら、それはそれでいい。

親密度が増すと共に、スザクに好意を告げられそうな気配にひやひやするから、向ける笑顔の質は変えないまま、予防線を張る。
スザクは無駄に勇敢だから、もしも思い立ったらすぐに告げそうで怖い。
恋人のふりまではするのはとても難しくて無理だし、振ってしまうことになっても気まずい。
裏切られたと思わせたり、突然冷たくするのは論外だ。
後で騙されたって思われないように、勘違いさせないように。
察してくれることを願っているんだけど、スザクはかえって積極的になっている気さえする。
さすが体育会系は打たれ強いというか。

ーー牽制がスザクの自覚を促しているとは、思いもよらなかった。

「何か飲む?」
「じゃあオレンジジュースを」
「取ってくるよ」
「ありがとう」


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