22.嘘つきと詐欺師


ナナリーは手術した事実を公にもお披露目し、徐々に日常でも歩くようになった。

車椅子を手放して、杖を使う。
椅子に座る休憩も多く取るけれど、歩く訓練という意義がある。

マオの件があってから、やはり対ギアスの護衛が必要だということになって、軍部ではジェレミア卿が、出先や騎士団の活動ではできるだけ私がルルーシュの傍に付くようになった。
ジェレミア卿を昇進させて位を与え、クロヴィス殿下の近衛隊長とした。
私はカレン経由で表から来ることもあれば、変装してゼロの代弁者を名乗ることもある。特にゼロがパフォーマンスで表に出るようなときはそっと傍に控える。

ジェレミア卿だけじゃなく、政府の人事移動・人材登用が行われ、組織の泥を吐き出して清浄化へ向かわせた。
ルルーシュはクロヴィス殿下の政策として表と裏から工業活性化・企業誘致・産業奨励を推し進め、エリア11を経済的に繁栄させた。
労働力が足りなくなったことでイレブンもこれまで以上の条件で雇われるようになって、最低所得が底上げされた。豊かになれば人の不満は減る。エリア11の治安は劇的に改善し、生活環境も整った。
それで、イレブンはブリタニア人と同じ職場で働くようになったけれど、依然差別は残る。
働く日本人のために、立ち上がったのはもちろんゼロだ。
ゼロとクロヴィス殿下の公式謁見が実現し、イレブン側の訴えが黒の騎士団を通じて政府に伝えられた。
それを実現させた、"ゼロは政府にとって無視できない存在だ"と客観的に思わせるだけの働きをしたルルーシュが凄い。
会見の場でゼロはクロヴィス殿下に敬意を払い、両者に理があるような話を持ちかけ、取引をした。
対等なイメージを植え付けるためのパフォーマンスだ。

黒の騎士団はレジスタンスから正義の味方、弱き者の代弁者へと、順調にクリーンなイメージの組織に近づいていた。
それはナナリーに見せられる仕事、スザクを招ける組織を目指してのことだった。

そろそろ頃合いだ。





「スザクくん、ルルーシュ……ルルーシュ・ランペルージの正体について何か知らない?」
「――正体って?」

いつもの密会。ふたりきりの屋上で、私は勝負に出た。

「皇族について調べてたら写真を見つけたの。
ルルーシュは幼い頃の第11皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下に、ナナリーもナナリー・ヴィ・ブリタニア皇女殿下にそっくりで、名前も同じ。
調べてみたら開戦時に日本人 へ留学……実質上の人質で、枢木……スザクくんの家に預けられている。
戦時に亡くなったことになっているけど、あまりにもできすぎているから、スザクくんなら何か知ってるんじゃないかって」

情報の順序を入れ替えただけで、見える世界はまるで違うものになる。
私が知っていて気まずい事実は私の責任にせず、伝えるか伝えないかという悩みをまるごとスザクに押し付けてしまうことにした。
必要なのは、主導権を得ること。
騙していたのね!って私が言ってしまえるくらいの状況を積み上げていく。決してそれを言わせない。
選択を迫っているようで、その実は糸を引いて操っているような。

言い出しかねるように俯いていた顔をそっと上げると、スザクと目が合った。
ゾッとするような眼に、血の気が引いた。
――殺される?
一瞬、本気で生命の危機を覚えた。狂気、殺気。蛇に睨まれた蛙。
優れた軍人である彼の手にかかれば、私なんて枯れ枝よりもたやすく手折られてしまう。それを実感した。

「それは、他の誰かに言ったの?」

スザクの声は低く強張り、冷え切っていた。
親友であるルルーシュの危機をどう始末しようか悩んでいるらしい。
本人に脅している自覚があるのかどうか。
ここで回答を間違えればただでは済まないと、私でなくても感じたはずだ。

「誰にも言ってないよ! スザクくんだから話したの。こんなこと他の人になんて……」

涙目になったのも声が掠れたのも、演技ではなく恐怖と緊張の結果だった。
怯えた私を宥めるように、スザクの表情が緩む。

「よかった。これからも誰かに言ってはだめだ」

諭すような声に、ほっと安心した。
――私も、よかった。

「うん、でも、誰にも言わないから、真実を教えてほしいの」
「それを知ってどうするつもり?」
「ただ知りたいの。だって殿下なら、今までの非礼を詫びたいし……」
「ルルーシュはそんなこと望んでないよ」

実際にこんな「気づいてしまった」クラスメイトがいれば、私なら闇討ちを仕掛けようとするだろう。

「殿下とよく知った仲なら、スザクくんにはもっと他にできることがあるんじゃないの」
「友達を利用するつもりはない」
「案外利害が一致するかもしれないじゃない。それに、なぜ殿下はこの環境にい続けるの?」

スザクはルルーシュの秘密守るために、一瞬私を亡き者にするかどうか考えた。
私よりもルルーシュのほうが大切で、少なくとも親しい女の子よりも優先することができて、けれど無傷で逃がされる程度に私も地位を稼げているってことだ。
だから私は彼をルルーシュの親友として信頼することにした。

「僕の口からは言えない。――本人に直接聞きなよ。必ず他に人のいないところで」
「……スザクくんも一緒に来てくれないかな。心強いから」

これは口実。スザクに話を聞かせること自体が目的だ。
スザクは、しかたないなって、甘やかす顔を見せた。好かれているのを感じる。

「いいよ」
「ありがとう、スザクくんは本当に頼もしい」

私だって、この世界に来るまで自分がこんな悪女みたいな駆け引きをする日がくるなんて思いもしなかった。
突飛な状況によって変身した気分で、まるで舞台の上にいるみたいに振る舞える。
それならいっそ、幕が下りるまで、踊り続けよう。





「知られてしまったならしかたないな。レナなら、いいだろう」

スザクに言ったのと同じことを、今度はルルーシュもいる場で語り、ルルーシュは険しい顔をする。
さすが役者。お互い嘘つきだね、ってルルーシュに心の中で笑いかける。とんだ茶番だ。
そこそこ親しいクラスメートに向け、ルルーシュはあらためて己の経歴を語った。

「……そして、アッシュフォード家に匿われてこの学園に身を寄せている」
「話してくれてありがとう、ルルーシュ。そして殿下、これまでの大変なご無礼をお許し下さい。このレナ・ファルトンは誓って殿下の不利になるようなことはいたしません」

深く礼をする。
スザクの前で私は、女子にしては軍や政治に興味関心を持ち、貴族皇族にも詳しい。
だから、これくらいの態度のほうが自然だ。
私が立ち入ったことを調べていたからわかったんだよ、普通の学生はそんなことしないよってフォローした。

教室での距離感が役に立って嬉しい。
身内同士よりも他人同士の証言のほうが信用されるものだ。
口裏を合わせているとは、まさか思うまい。

「よしてくれ、今はルルーシュ・ランペルージなんだから。今までどおりクラスメートとして接してくれ。ナナリーとも今まで通りに」
「……わかった。よろしくね」

頭を上げて、教室で喋るような態度に直して、握手をする。
スザクはその様子をただ見守っている。
ここからが更なる作戦の肝だ。

「ただ、誰にも言わないことだけは誓ってくれ」
「もちろん、誰にも言わない。……そうだ、ルルーシュが殿下なら、私も秘密を預けましょう」
「僕は席を外そうか?」

"秘密"と言ったことで、スザクは気遣って問うてきた。
いやいやスザクに聞かせることが目的だからね? ついでに信頼アピールだからね?

「スザクくんならいいよ。どうせいつか言おうと思っていたから。大丈夫だから、一緒にいて」
「――わかった」
「秘密というのは?」

ルルーシュに促され、私は話し始める。

「この世界にはギアスという、他者の思考に干渉する特殊能力があります。それは王の力。物によっては世界を変えてしまえるほどの能力です。
私はそれの所有者なんです。
もっとも、他のギアスを跳ね返す能力だから、普段何かできるわけではないのだけど、昔、見知らぬ人に貰ったんです。
ギアスの存在、そしてそれに少しかかわっていることが、私の秘密です」

経緯をまるっと隠蔽したこの供述は、スザクにとってギアスという存在のハードルを下げるためと、私がルルーシュに操られているわけじゃないって示すためだ。
私のギアスは、持っていること自体にはそれほど衝撃がなく、一般人に警戒心を抱かせない能力だ。これによってルルーシュが絶対遵守のギアスを持っているってことの特異さも少し紛れてくれたらいい。

「ギアス……本当にそんなものが?」
「――そうか、」

新事実に動揺するスザクと、冷静なルルーシュ。
正確には一瞬動揺したけれどすぐに冷静さを取り戻したという演技をするルルーシュ。

「奇遇だな」

私とスザクは、皮肉げに笑うルルーシュに目を向ける。
ルルーシュは私に向けて、スザクに聞かせるために語り始める。

「ブリタニア皇帝もギアスユーザーだ。記憶を改竄するギアスを持っている」
「そんな!? まさか!」
「本当だ。ナナリーの眼と足も皇帝のギアスが原因だった」

ナナリーの回復は常識では説明できないところがあるので、カラクリを知った気分になれば、納得の手助けになるかもしれない。
皇帝がギアスユーザーであることによって、世界は既に不公平であることを示す。『正しい手段』が通用しないことを。

「それだけじゃない。皇帝はCの力を使ってラグナレクの接続を企んでいる」

ラグナレクの接続が成されれば、明日が来ないということ。
私たちというかスザクにわかりやすいように、ルルーシュは噛み砕いてその危険性を説明する。

「それは必ず阻止しなくてはいけない。だから俺もギアスを得て、皇帝に対抗できる環境を整えた。――ゼロは俺だ」
「ルルーシュが、ゼロ?」

スザクの目が驚愕に見開かれた。
ルルーシュは黒の騎士団を組織したときの話や今後の展望を、この場にふさわしい形で語る。
クロヴィス殿下の同意と協力も得ていること、イレブンにとって暮らしやすい環境を整備したこと。

さて、どう出る?
お膳立ては整った。私が伝えるべきと思ったことはすべて伝えた。
ルルーシュが優しい世界を作るために戦っているの、わかったでしょう?
いざとなれば、ルルーシュのギアスでこの話をなかったことにするという手段もあるけれど、これまで蒔いた種はどれくらい芽吹く?

「レナ、スザク。お前たちも協力してくれないか。優しい世界を作るために。明日を迎えるために」
「何をすればいいの?」
「たとえばスザクが軍人として俺を捕らえ、レナと共に直接皇帝に突き出す。レナのギアスがあれば皇帝のギアスを封じられる。そこで俺が皇帝に、ラグナレクの接続をやめるようギアスをかける」

まるでかつて、1期と2期の間にスザクがルルーシュを突き出したように。
そのビジョンに近づけたのは、可能性があるからだ。
皇帝がルルーシュにギアスをかけられるほど直接対面できる可能性が。
いくら軍事力や政治力を強めても、要は皇帝本人を改変させられるかどうかにある。
仮にジェレミア卿でやろうとすると、キャンセラーの発動やマリアンヌ后妃への思い入れを知られていることなど弊害が多い。
スザクなら功名心からということにできる。その場に連れていくことによって用心棒にもなる。
スザクが必要な計画にすることによって、味方に引き入れる口実にしたかったというのもある。

「いいよ、やる。協力する」

真っ先に承諾した。
私としての答えはわかりきっているけれど、スザクの友人としての私が引き受けるのは、スザクにとって意味が大きい。

「――スザクくん、やろう。私たちにしかできないことだもん」
「駄目だレナ、危険だ。犯罪者として引き渡されるなんて」
「たとえばの話だよ。でも、もし本当にそうなったら、いざというときはスザクくんが守ってくれるでしょう? ルルーシュに協力すれば、スザクくんがやりたかったことも、きっと叶えられるよ。二人なら、きっと。……スザクくんがやらないって言っても、私はやるから」

とんでもなくずるい言い方だ。
スザクに断られても私はルルーシュに協力するって、つまり自分を人質にするということ。
この邪道を納得させるために手を尽くしてきた。
スザクは逡巡する。自分の正義と、理念と、目標と、友情。そして、

「わかった、協力するよ」

成った。


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