ゼロの仮面を被ったスザクの剣が、俺の心臓を貫いた。
悪逆皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの。
胸に火がついたような熱さと共に、身体に悪寒が走る。
呼吸が壊れて、苦痛が蝕む。
悲鳴よりも歓声が背に届く。
嗚呼これでようやく全てが終わるのだ。
目を閉じれば、いわゆる走馬灯が駆けた。
俺は、たくさんのことを急ぎすぎたのかもしれない。
そしてあまりにもたくさん失った。
この手から零れ落ちてしまったものへ、
この行為がどれだけの償いになるのかわからない。
何一つ洗い流せないんじゃないかとさえ、思う。
だって、スザクに呪いを残して逝くのだから。
ナナリーが泣いている。
慰めてやることもできない……俺は、とても悪い兄だったな。
誰もが笑って暮らせるような平和な世界を作りたかったのに、結末がこれだ。
せめてお前の未来に、何か遺せたらいいのに。
もう声は聞こえないけれど、ナナリーに看取られるなら悪くない。
しあわせ、に。
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暗い深淵に堕ちたはずの意識は、
奈落の底に辿り着くと、再び醒めた。
「――さま、ルルーシュ様!」
はっと気がつくと、光に溢れる光景が視界に飛び込んだ。
あまりにも温かく、あまりにも穏やかで、
そこが住処としていたアッシュフォード学園のクラブハウスだと気がつくのに、5秒。
自身の着ているのは皇帝の白い衣装ではなく制服で、
どうやら食卓に座っているらしいと認識するのに、10秒。
そして。
「お兄様、大丈夫ですか?
朝食中に居眠りだなんて、昨夜はよっぽど遅かったんですね」
「あ、あぁ……ちょっと調べ物を」
目の前にいるのは、ナナリーと咲世子で間違いないらしい、
という事実を受け入れるのに……たっぷり2分はかかっただろうか。
ナナリーの顔立ちは僅かに幼く、瞼はかつてのように下りている。
咲世子が訝しげに訊く。
「食事に何か問題が?」
「ああいや、寝ぼけているみたいだ。
今日は何月何日の何曜日だったかな」
そうして返ってきた答えを解析して、
今はまだギアスを手に入れる前、一番穏やかだった時期だと知った。
――これは夢だろうか。
咲世子に落ち着いたことを見せるために、
スープを一掬いして口に運ぶと、素直に『美味しい』と感じた。
味覚が久しぶりに働いたような気がして、泣きそうになる。
記憶に閉じ込めた過去にしてはあまりにも懐かしく、鮮やかだ。
「……ナナリー」
朝食を終えると、彼女の傍に行って、愛しいその名を呼んだ。
これが幻ではないと確かめたくて。
「はい、なんですか。お兄様」
彼女は当たり前のように微笑んだ。
憎しみに顔を歪めることもなければ、涙に暮れて悲痛な声を上げることもない。
その無垢な笑顔は、慈愛に溢れて柔らかな声は、かつて心から兄を慕っていた頃のままだ。
そう、まるで幸せが手に入ったと錯覚するくらいに。
「ナナリー」
「はい」
最期に抱きしめてやることもできなかった、その悔いを晴らすように、
縋るように抱き竦めたその身体は、相変わらず折れそうなほど華奢で、"護ってやりたい"と思った。
その髪は柔らかくて甘い香りがして、腕に温かい鼓動が伝わって、安心する。
これはたしかにナナリーだ。最愛の妹だ。
彼女に警戒心は微塵もなく、兄を拒絶することもない。
「どうしたんですか? 何か悪いことでもあったんですか?」
「夢を――悪い夢を、見たんだ」
そのすべてが夢だったとは思わない。
魔女との出会いも、希望も、絶望も、鮮明に思い出せる。
たしかに俺はあのときスザクに殺されたはずだ。
けれど、どちらも幻でないならば。これは やり直す機会だろうか。罰ではないのだろうか。
絶望に打ちのめされたこの手が、護れるものなどあるのだろうか。
――まずは情報が、いる。
これが俺の記憶通りの過去ならば、正確な時期が知りたい。
カレンたちはテロ活動をしているだろうか。
C.C.が拉致されるのはいつだ。
カレンダー、ニュース、手帳、宿題、学生鞄の中身。
どうにか特定はできるはずだと、思惑を巡らせる。
かつてゼロと呼ばれたときのように。
もう、過ちを犯さないように。