02.これが始まりだとするならば、僕らはどこへ行くのだろう


ゼロの仮面を被ったスザクの剣が、俺の心臓を貫いた。
悪逆皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの。

胸に火がついたような熱さと共に、身体に悪寒が走る。
呼吸が壊れて、苦痛が蝕む。
悲鳴よりも歓声が背に届く。
嗚呼これでようやく全てが終わるのだ。
目を閉じれば、いわゆる走馬灯が駆けた。

俺は、たくさんのことを急ぎすぎたのかもしれない。
そしてあまりにもたくさん失った。

この手から零れ落ちてしまったものへ、
この行為がどれだけの償いになるのかわからない。
何一つ洗い流せないんじゃないかとさえ、思う。
だって、スザクに呪いを残して逝くのだから。

ナナリーが泣いている。
慰めてやることもできない……俺は、とても悪い兄だったな。
誰もが笑って暮らせるような平和な世界を作りたかったのに、結末がこれだ。
せめてお前の未来に、何か遺せたらいいのに。
もう声は聞こえないけれど、ナナリーに看取られるなら悪くない。

しあわせ、に。





暗い深淵に堕ちたはずの意識は、
奈落の底に辿り着くと、再び醒めた。

「――さま、ルルーシュ様!」

はっと気がつくと、光に溢れる光景が視界に飛び込んだ。
あまりにも温かく、あまりにも穏やかで、
そこが住処としていたアッシュフォード学園のクラブハウスだと気がつくのに、5秒。
自身の着ているのは皇帝の白い衣装ではなく制服で、
どうやら食卓に座っているらしいと認識するのに、10秒。
そして。

「お兄様、大丈夫ですか?
朝食中に居眠りだなんて、昨夜はよっぽど遅かったんですね」
「あ、あぁ……ちょっと調べ物を」

目の前にいるのは、ナナリーと咲世子で間違いないらしい、
という事実を受け入れるのに……たっぷり2分はかかっただろうか。
ナナリーの顔立ちは僅かに幼く、瞼はかつてのように下りている。
咲世子が訝しげに訊く。

「食事に何か問題が?」
「ああいや、寝ぼけているみたいだ。
今日は何月何日の何曜日だったかな」

そうして返ってきた答えを解析して、
今はまだギアスを手に入れる前、一番穏やかだった時期だと知った。

――これは夢だろうか。

咲世子に落ち着いたことを見せるために、
スープを一掬いして口に運ぶと、素直に『美味しい』と感じた。
味覚が久しぶりに働いたような気がして、泣きそうになる。
記憶に閉じ込めた過去にしてはあまりにも懐かしく、鮮やかだ。

「……ナナリー」

朝食を終えると、彼女の傍に行って、愛しいその名を呼んだ。
これが幻ではないと確かめたくて。

「はい、なんですか。お兄様」

彼女は当たり前のように微笑んだ。
憎しみに顔を歪めることもなければ、涙に暮れて悲痛な声を上げることもない。
その無垢な笑顔は、慈愛に溢れて柔らかな声は、かつて心から兄を慕っていた頃のままだ。
そう、まるで幸せが手に入ったと錯覚するくらいに。

「ナナリー」
「はい」

最期に抱きしめてやることもできなかった、その悔いを晴らすように、
縋るように抱き竦めたその身体は、相変わらず折れそうなほど華奢で、"護ってやりたい"と思った。
その髪は柔らかくて甘い香りがして、腕に温かい鼓動が伝わって、安心する。
これはたしかにナナリーだ。最愛の妹だ。
彼女に警戒心は微塵もなく、兄を拒絶することもない。

「どうしたんですか? 何か悪いことでもあったんですか?」
「夢を――悪い夢を、見たんだ」

そのすべてが夢だったとは思わない。
魔女との出会いも、希望も、絶望も、鮮明に思い出せる。
たしかに俺はあのときスザクに殺されたはずだ。

けれど、どちらも幻でないならば。これは やり直す機会だろうか。罰ではないのだろうか。
絶望に打ちのめされたこの手が、護れるものなどあるのだろうか。

――まずは情報が、いる。

これが俺の記憶通りの過去ならば、正確な時期が知りたい。
カレンたちはテロ活動をしているだろうか。
C.C.が拉致されるのはいつだ。

カレンダー、ニュース、手帳、宿題、学生鞄の中身。
どうにか特定はできるはずだと、思惑を巡らせる。

かつてゼロと呼ばれたときのように。
もう、過ちを犯さないように。


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