21.壊れない世界を願う


『敵のギアスを察知しました。跳ね返しますか?』
→YES
 NO

実際にこういう文章が表示されるわけじゃないんだけど、選択肢が与えられる感覚がある。
常にギアスをオンの状態にしているけれど、ルルーシュ以外のギアスを察知したのはこれが初めてだ。
放課後の街角で、何者かのギアス圏内に入ったらしい。おそらく範囲型。

相手のギアスの権利を1回分奪う。
と同時に、これがなんのギアスなのかという理解を授かった。

――『人の思考を読むギアス』

(「静かになった!? 人通りがあるのに!」)

遠くから思考の声が聞こえる。
同じギアスってそう多くはないだろうから、これは多分マオだ。

――なぜマオがここにいるのか。

今までの経験上、改変の手を加えなかった予定はそれなりに再現される。
不便で理不尽だとは思うけど、今回もきっとその類だろう。
C.C.がなんのメディアに映ったかはわからないけど、
黒の騎士団の活動に立ち入っているからには起こりうることなんだ。

マオが実害を及ぼす前に発見できてよかったと思うことにしよう。
思考には、C.C.の声のイメージも混ざっている。
(「ヘッドフォンを外しても聞こえない! ギアスの暴走が終わったのか!?」)

「マオが他人の思考を読むギアス」を跳ね返すと、
「私がマオの思考を読むギアス」になるわけか。
マオには周囲の人の思考が聞こえておらず、私にはマオだけの思考が聞こえているらしい。
一人分の思考は騒音というほどじゃなく、その他大勢の中に紛れることもない。

耳を澄ませて、あるいはそういう気持ちで。
マオの思考を探りながら、200mほどの距離を少しずつ詰めていく。
彼は私の存在を認識していないし、この現象に原因があることもわかっていない。情報収集には最高の条件だ。
心が筒抜けだから、姿が見えたり声が聞こえる位置でなくとも尾行が成立する。
慎重に慎重に。近距離で頑張れば深層意識も読めるかもしれない。
プライバシーの権利なんてものは、ルルーシュ以外の人類に必要ない。

 ――C.C.と過ごした日々の想い出。

 マオがC.C.をテレビで観た瞬間の回想。
 C.C.が黒の騎士団にいると思っていること。
 人の思考の中から黒の騎士団やC.C.の手がかりを探ろうとしたこと。
 これからどうするつもりか。

粗方探り終えて、さてどうしようかと悩む。
マオのギアスはたしか集中して最大500mってことだったから、
その範囲を出れば否が応でも私のギアスの効果も切れてしまう。

マオの動向がわからなくなれば何をしでかすかわからないし、
たとえばルルーシュがマオの傍を通れば心を読まれることもある。
それは絶対に、意地でも防ぎたい。
ルルーシュの権利はひとつとして誰にも踏みにじらせない。

アニメの展開を思い返しても、マオは思想も言動も危険すぎて、野放しにできない。
このまま放置して、もしもシャーリーやナナリーに危害を加えたら、ルルーシュに敵意を向けたら。
リスクを回避するため、いっそ今のうちに亡き者にしまうという手もあるけれど。

(「C.C.、僕がいい子にしてたから悪い呪いが解けたよ!」)

……それにしても この子C.C.のことしか考えてないなぁ!
ちょっと親近感というか既視感というか、同族嫌悪の恥ずかしさというか。

C.C.はルルーシュの共犯者だから渡せないけどね。

殺すにしろ、拘束するにしろ、今すぐに私ひとりの力ではどうにもできない。
せっかくギアスという王の力を授かっても、
他人に対して自発的に何かできるわけじゃないんだから皮肉だ。
これはこれで役に立つ場合もあるんだと思うけど、
単純に同い年の男の子相手だ、力づくになったら勝てるわけがない。
この往来じゃ武器があれば良いってものじゃないし、持ち合わせてもいない。

足止めするかどこかに誘導するか、ルルーシュの判断を仰ぐことにした。
安全に連絡を取るため、いったんマオから離れる。
元のように数百メートルを取っても、見失わない自信はあった。
何を考えているか、どこに行こうとしているかまでわかるし、
マオにとって「人の思考が聞こえない状態」というは手放したくない現象だろうから。
4コールでルルーシュは電話に応じた。
現状を報告し、相談し、指示を受け、了解する。

困惑のまま彷徨っていたマオは、
一定の場所から離れると再び他人の思考が鳴り響いてしまうことに気付いた。
"ここから先はうるさくなる"という程度の理解だけど、
ギアスが完全になくなったのではなく、限定的な現象だと理解したようだ。

(「この場所だけ特別なのか? なぜ? いつまで? 嫌だ嫌だ! このままがいい! このまま静かなのがいい!」

まるで駄々っ子のような声。
周囲の人の思考が聞こえ続けるって壮絶な状態だから、脱したいのはわかる。
だからこそ今このタイミングで接触することが重要だ。
彼にとって衝撃的な存在であることが。

「静かな世界をあげようか」

背後から忍び寄り、努めて明るい声をかけた。
振り向いた彼に笑顔を向ける。
できることなら穏便に、女神に成り代わるようなつもりで。

「はじめましてマオ。私はレナ。
あなたに静かな世界をあげるから、一緒に来て!」

心の声が聞こえない静かなC.C.を求めているなら、
すべての心の声を聞こえなくさせられる私は、救世主になれるかもしれない。





「私もあなたと同じ。ギアスを持ってるの。
他の人のギアスを打ち消すことができるギアス。
嘘だと思うなら私から離れてみればいいよ。範囲より外では無効だから」

これじゃギアスキャンセラーの説明だけど、
マオの思考を聞いてることを伏せるために、嘘を混ぜる。
自分のギアスが無効になっているから、マオは素直に信じている様子だ。
心が筒抜けじゃなければ嘘をつけるんだって忘れてるんだろうな。

ゼロに仕えていることを説明し、C.C.の元へ案内するということにして、
ルルーシュの指示した場所にマオを誘導する。
私がC.C.の契約者であることを明かし、
それによってルルーシュが第一の契約者だということは伏せた。

「ここで少し待ってね。一緒にいるから」
「わかったよ、レナ!」

使われていないビルの中。
マオは尻尾を振って喜ぶ犬のように無邪気だ。
聞こえる声はC.C.に会える期待と私へ好意。
静かな世界に戸惑いながら喜んでいる。

本来のマオはどんな子なんだろうなぁ。
アニメではナナリーを誘拐したりC.C.にチェーンソーを向けたりと狂気の沙汰だったけど、
境遇を思えば歪んでしまうのもしかたないところがある。

その同情点と「仕方なさ」を抜いて、どんな人間になのか、
今から変わることができるのか、私にはわからない。
"根は悪い子じゃない"なんて言える判断材料がないのだ。

幼さゆえの残酷さも等しく、ルルーシュの不利益になるのなら容認できない。

数分後に、ゼロの装いをしたルルーシュが到着した。

交渉要件は
"そのギアスを封じてやるから、C.C.のことは諦め、二度と近づくな"

ギアスをギアスで封じるのは、可能なはずだ。
ルルーシュの絶対遵守のギアスは「忘れる」など無意識の領域にも働きかけられる。
シャルル皇帝がルルーシュの記憶を奪った空白の二年間ルルーシュはギアスを使えていなかっただろうし、ナナリーも忘れさせられることで身体の機能を失っていた。

ギアスキャンセラーの存在、極めつけが私のギアス。
"心の声を聞くな"と命じれば、マオの脳が他人の思考の声を無視するようになるはずだ。

前の世界でマオと対峙したときにはまだなかった知識と経験が、今のルルーシュにはある。
「こうすればよかった」って思ったことは、全部叶えてしまっていいの。

まずはまっとうに対話する。決裂すればすべてギアスで命じることになる。
マオが本心かどうかは思考を聞けばわかる。
念のためジェレミア卿もといオレンジさんも呼んでいるので、ギアスのかけ直しは可能だ。

ギアスユーザーとして、ギアスのサンプルとして、駒として。
利用価値がないわけではないけど、思想の危険のほうが大きい。
望みを尊重しようとしても、踏みにじることになってしまう。
リスクを負いながらわざわざ命令して傍に置くよりは、遠ざけるほうが安全だ。

C.C.とは引き離すことになるけど、
他人の心は聞こえなくなるんだから、人間関係は築きやすくなるはずだ。
誰かと手を取り合って、祖国で普通の人生を歩めばいい。

いつか、あなたにも。
別のかけがえのない誰かが現れる。


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