19.魔法の鏡


世界が明るくなって、ナナリーは無邪気に明るい。
たくさんの人と再会の儀式を終え、
いろんなものを見たがる、会いたがる、知りたがる、学びたがる。
ルルーシュは反逆を少し休んで時間を割いて、ナナリーの望むようできるかぎりサポートした。

ナナリーの脚のリハビリに付き合いながら、いろんな話をしたようだ。
今はアッシュフォードの世話になっているが、それがいつまで続くかわからないこと。
いつ暗殺者に狙われるかわからないこと。
今まで「大丈夫」で済ませていたのは、そうしなければ絶望を見ることになるからだ。
希望を抱ける今なら、ナナリーを現状と向き合わせることができる。
何かあったときの対策をきっちり考えることができる。

ギアスのこと・反逆のこと・並行世界のことまだ伏せているようだ。
いきなり多くを並べても混乱させてしまうからね。
ルルーシュが「どこか」に出かけて「何か」していることに聡いナナリーは気付いていて、歩けるように……走れるようになったらすべて教えてほしいとルルーシュに言ってきたらしい。
"何かの約束"を聞きつけたミレイ会長が、ナナリーの快癒祝いのダンスパーティを提案した。
緩やかな曲なら走るほどの負担にもならず、華やかで楽しめる。企画好きな会長らしい。

訝しんだのはC.C.だ。
ルルーシュが政治的な手腕をいくら振るっても黙って見守っていたC.C.だが、
ギアスに関しては知識も経験も格段に勝ると自負があったのだろう。
ギアスキャンセラーなんて見たことも聞いたこともない、と不機嫌に言った。
数年後に偶然誕生する技術だが、それを作ったのは嚮団だった。
ギアス初心者のルルーシュが作り出すにはよっぽどあやしいっていうのはわかる。

ルルーシュは未来から来たことを明かした。
反逆の顛末、ゼロ・レクイエムでの死、異世界から来た古戸玲奈という私の存在。
C.C.の契約内容もV.V.の存在もアーカーシャの剣のことも知ってるんだから、冗談ではないのは明白だった。

「他人の心を渡るギアスがあるんだ、時間を渡るギアスがあってもおかしくないか……」

C.C.は思案顔だったが、さすが長くCの世界と付き合ってきただけあって、
タイムスリップ自体については理解にそれほど抵抗がないようだった。

ルルーシュが基地に向かってから、私を呼んだ。

「レナ、力をやろうか」
「それは……ギアスのこと?」
「ああそうだ」

C.C.の口ぶりがルルーシュと契約したときに似ていたから言ってみたら当たっていて、突然の提案に少なからず困惑した。

「いいの? それは"王の力"でしょう。私なんかに」
「かまわないさ。ギアスユーザーを量産している嚮団もあるからな。私には誰でもいい」
「でも、どうして急に」

今までそんな話をしたことはなかった。
ギアスの存在を知っている人にでも、安々と与えるものではないんだと思ってた。

「だって、お前らの話によると、ルルーシュは死んだんだろう?
私との契約内容を知って、条件を守れる状態で」

……そういう受け止め方があるのかと腑に落ちた。
たしかにルルーシュのしたことは契約違反だったはずだ。
アニメの世界のCCが納得済みのことでも、
今ここにいるCCは事実だけ伝え聞いたことになる。
体験と伝聞は違う。"物語"に心動かされなくても無理はない。

「そうだけど……」
「私は契約をたしかなものにしたいんだ。お前はすでにこの業を知っているし、どちらにせよルルーシュの願いを叶える助けにもなりそうだ。どうだ、結ぶか?」

異世界トリップをしてきた私は、たしかにすでにこの世界の理からは外れているのかもしれない。
悩む私に、C.C.は契約を唱える。

「お前に力をあげる。そのかわり契約をすればお前は人とは違う理で生きることになる。異なる摂理、異なる時間、異なる命。王の力はお前を孤独にする。――その覚悟があるのなら」

力は、喉から手が出るほど欲しい。けれどその代償は大きい。
C.C.と契約するということは、彼女の不死身の因果を引き継ぐ覚悟を持つということだ。反故にすることを前提とした約束などない。
永遠の長さは、重みは、私にはわからない。
一時の浅はかさで一生苦しむことになるのかもしれない。

――でも。

ギアスキャンセラーは私のものにならなかった。
だから、まだ何かできるはずなのだ。
身も心も使っても、まだ足りなくて前借りする。
"もうひとりの私"に恨まれようと、未来の自分に憎まれようと、全力を尽くすと決めた。

不老不死の苦しみは想像できないけれど、
最後、ルルーシュにたった一言頼まれさえすれば私はどんなことも後悔しないだろう。
たとえ独りになったとしても、その確信だけは持てる。
絶望は、淵に追い込まれたときにすればいい。

得られる手段を得ずに最善を尽くさずにこの日々を過ごそうとすることが、なによりも怖い。

「私が、覚悟すればいいのね……」


そして。

「ねえルルーシュ。もう一度私にギアスをかけて。かけられるかどうか試して?」
「……何を企んでいる?」
「それは後で。ね、お願い!」

唐突な私の提案は
何か考えあってのことと知ってくれて、
溜め息をついてからでも応じてくれる。
そんなところもかっこいい。

「いいだろう。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる……――」

ルルーシュの右眼で赤い鳥が羽ばたいた。
それを剥奪して、すばやく唱える。

「レナ・ファルトンが願う! ルルーシュ、紅茶を入れて」
「――わかった」





「うん。美味しい」
「……? 俺はお前にギアスをかけたか?」

私がテーブルに座って紅茶を飲む前で、
彼は狐につままれた顔をしている。
私はカップを置いて、深々と頭を下げた。

「えーっと、あのね、C.C.とギアスの契約を結びました。今のはそのギアスです。ルルーシュに紅茶を入れてもらいました。勝手なことしてごめんなさい」
「お前がギアスを? ……なぜ相談しなかった」

ルルーシュは険しい顔で私を睨む。
我が儘ばかりで、ごめんね。

「C.C.の気まぐれなら逃してしまうのが嫌だったし、契約に生じる責任は私自身が負いたかったから」

ギアスに伴うのは便利な能力だけじゃない。
いつか後悔するとしても、その苦しみを、ルルーシュに命じられたせいにはしたくなかった。
私が自分で選びたかったし、ルルーシュにもそう思ってほしかった。

「……それで、なんのギアスだ」

ルルーシュに命令したことで、ある程度の予想はつくと思う。
これが私の新しい手段の一つ。

「"ギアスを跳ね返すギアス"なの。
さっきはルルーシュが私に絶対遵守のギアスをかけようとしたのを跳ね返して、私がルルーシュに命令して紅茶を入れてもらったんだけど……覚えてないよね。
ギアスキャンセラーかけてもらうと命令されたことが思い出せるのかな」

イメージは光を反射する鏡だ。
オンオフの切り換えは鏡を頭上に掲げるかどうかという感じで、
オン状態のときは相手が私にギアスをかけたとき、自動的にその能力を一回分奪い取ることができる。

「跳ね返し……。どんなギアスでも跳ね返せるのか?」
「まだ実験や検証をしてないんだけど、多分できる。
自分にギアスがかけられるのを察知して、その主導権を奪う感じなの。
だから自分がギアスの対象じゃないとできない……と思う」

検証するにしても、ギアスユーザーの知り合いはルルーシュしかいないから、難しそうだなぁ。
性質からいって、跳ね返すギアスによって勝手が変わってきそうだ。

「まったく、奇妙な力だ」 ベッドにもたれかかったC.C.は言った。
「ギアスというのは王の力だ。少なくとも私はそう学んだ。
だがレナのギアスはひとりでは何も出来ない。
ギアスを持たない敵に囲まれてもなんの対抗策もない代わりに、
ギアスユーザーがギアスを使ったときにだけ跳ね返すことができる」
「私の願いは魔王様に仕えることだからね」

ひとりでは王になれない、ギアスユーザーに対する力。
これがあれば、シャルル皇帝に対抗できる、
何かしらの駒となることができるはずだ。
他のギアスユーザー、マオやロロに対してもそう。

私は剣にも盾にもなれない。ならば鏡になろう。
明日を映す鏡に。


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