18.僕はとても我侭だから、君にも望んでほしい


エリア11は緩やかに、着実に変わっていた。

黒の騎士団が正義を謳って貴族を潰し、
クロヴィス殿下が黒の騎士団を退ける。
そんな絶妙なバランスをルルーシュはやってのけた。

ジェレミア卿は側近として出世し、
ロイド氏はルルーシュやジェレミア卿の極秘機体の整備で忙しい。
スザクは学園で打ち解けて、人脈作りに勤しんでいるし、

カレンは黒の騎士団のエースとしてゼロに従っている。


「テレビで黒の騎士団が映ってた中にいたの、あれってカレンだよね? 」

一つ賭けに踏み込むと、
カレンは秘密を知った者を排除するかどうか一瞬の逡巡が見えた。
今までの努力のかいが実り、「玲奈ならいいか」と私にその信条を明かしてくれた。
私も好意的な反応を返す。

「私はブリタニア人だから活動に参加することはできないけれど、ゼロのいうことは正しいと思う。カレンのこと、応援するよ」
「――ありがとう」

実はゼロの代理人として変装してレジスタンスの基地に赴いたことさえある。

せっかく信用を得たのだから、有効活用したい。
カレンの忠誠心が単なるゼロへの依存でないか、
歪んだ理想を押し付けてないか見張っておきたかった。
そんな、ほんのささやかな裏方のお仕事だ。


大きな出来事といえば、先日めでたくギアスキャンセラーが完成した。

ジェレミア卿に宿ったそれを、手放しで祝福した。
デザインを抑えたとはいえ目立ち、取り外しできない代物だが彼は名誉だと云う。

ギアスキャンセラーが手に入ったということの意味は大きい。
たとえばジェレミア卿がルルーシュにギアスで強制命令されることは永遠になくなった。
惜しいかもしれないが、ただでさえ強い忠誠心が 騎士にまで任じられて裏切ることはあるまい。
念のため、それだけ信頼している証だと唱え、根付かせた。

キャンセラーはギアスユーザーに対する盾になる。
これで皇帝の記憶改竄のギアスを封じることができる。
倒さず話し合いするにしても、身を守る必要があるの同じだ。
ギアスキャンセラーは範囲型だから、発動させればルルーシュのギアスも封じてしまうことが惜しい。
皇帝を倒すにはギアスを封じて武力に頼るしかない。
そのために剣や盾となる有能な駒が要る。
現状が互角なら、何かもう一つ、勝利の天秤を傾ける石ころがあればいいのに。


ただしルルーシュが他の人にかけたギアスを勝手に解除されては困るので、
ジェレミア卿には注意してもらわなくてはいけない。
しばらくキャンセラーはルルーシュの許可なく使わないということになっている。

ルルーシュのギアスはたった一度きりという制限のある能力だが、
キャンセラーにかければ再び絶対順守の命令を下すことが可能となる かもしれない。
ということで念のため私で実験することになった。
ギアスをキャンセルしてもらった時点で、過去に自分がルルーシュにどんな"忠誠心"を語ったのか知って赤面したというのは余談だ。

「どんな命令がいい?」

そんなふうに聞いてくれるルルーシュがいとしくてたまらない。

「もちろんなんでも、我が主のお気に召すまま。
でももしも願いが叶うなら、ぜひ、その名で命じて!」
「……いいだろう」





二度目のキャンセルを受け、命令された記憶を得ながら、私は感涙していた。

『ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる』

ルルーシュは少し低めのゼロの声で、
あの手の振りもつけて、赤い鳥を煌め、私に命じた。

『レナ、茶を入れろ』

というわけでルルーシュは私が無意識下で入れた紅茶を飲んでいる。

「なんで泣くんだ……。どこも痛くなかっただろう?」
「感動して、嬉しくて。でも、あんな簡単な命令でよかったの?」
「ギアスでもそうじゃなくても、レナはたいてい命令に従うからな。あえてギアスである必要がない」
「うん! いつでも、なんにでも従います」

理解してもらえていることがなによりも嬉しい。
たしかにキャンセルにかけて命令時の記憶を戻してしまうし、ギアスをかけることの特長は失われているな。
すでに陶酔しているから、ギアスにかかったかどうか自己申告でしか見分けられなかったのは欠点だろうけど、それでいいとルルーシュが言ったのだから、信頼されている証だ。

無限の絶対順守を得て、今後、彼らが組めばどんな無茶もできるだろう。
もっとも、前世では手に入れていたそれをあまり有効活用はしなかったのだけど。

「それで、ナナリーの目と足を治すんだよね?」
「……ああ」

アニメではタイミングが悪くてすぐにはできなかったけれど、ルルーシュが一番に望むことのはずだ。
他の人の怪我なら打算を考えても、ナナリーだもの。
兄心を思えば、治療を望むだろうし、早いほうがいいだろう。

不都合なこともある。
ナナリーの視界が開けば、行動範囲が広がれば、以前よりもルルーシュは秘密を作りにくくなるし、
皇帝のギアスを解除するということは、記憶の改竄を正すことだ。
ナナリーは母の死の真実を知ることとなり、ギアスの謎にも行き着くかもしれない。
選択を迫られている。

母の死の真相はショックが大きいかもしれないけれど、
世界の情勢や皇室の清濁も徐々に学び精神を鍛えられた今のナナリーなら、私は乗り越えられると思う。
ナナリーがその脚で立って逃げることができるなら、それは少しでも早く備えてあげたほうがいい。

ジェレミア卿にはナナリーの身体障害がギアスの影響であることから説明した。誰のギアスかは伏せて、ギアスキャンセラーで治すことができるのだということだけ。


まずジェレミア卿をヴィ家に縁のある従者で味方だとナナリーに紹介した。
考えたくないが、今後ルルーシュにもしものことがあった場合、
ナナリーはアッシュフォードだけでなくジェレミア卿を頼ることができる。
今回の治療はジェレミア卿が資金援助するということにした。

そして彼のツテということで名医を紹介されたことにした。ルルーシュのギアスのかかった医者だ。
不審がないよう、たしかに目と足の障害をそれぞれ治した経歴のある医者なのだが、ナナリーの症状はそんな人たちにも"治せない"はずだった。
最新の技術ならば治すことが可能です、と捏造の診断をする。
医者の都合がつかないからと目と足の手術は連続して行われることになった。

目と足の大掛かりな手術だなんて聞かされれば怖いだろうに、ナナリーは気丈にも「受けます」と言った。
ルルーシュがそれを応援しないわけがないし、無駄にナナリーの身体にメスを入れるなんてルルーシュが許すはずがなく、無駄に巻いた包帯と、最新のレーザー技術で内部だけ正確に治療するとかなんとかいうのでごまかした。

手術――という名の手品は見事成功。
ナナリーが麻酔で眠っている間に行われたのは医療行為ではななく、
たった一瞬の、ジェレミア卿によるギアスキャンセラーの発動だった。





「ナナリー」

手術後、少女はルルーシュに呼びかけられて目を覚まし、その濃紺の双眸に、兄の姿を映した。
憎しみに歪んでいない。涙で滲んでもいない。
ひたすらに澄んだ空は、美しいと感じられた。

「お兄様……」

そのときのルルーシュを、私は一生覚えていたい。
潤んだ目に宿る幸福。彼の幸せは私の幸せだ。

「ナナリー、見えるんだな」
「はい。はっきりと見えます。……なんだかすごく久しぶりにお会いしたような気持ちです」
「あぁ……8年ぶりだ」

ルルーシュは最愛の妹を抱き締める。

「お兄様はお美しくなられましたね。お母様によく似てらっしゃいます」
「ナナリーが可愛いのは昔から変わらないけど、綺麗にもなった。自分で見てみるといい。後で鏡を持ってこよう。
他に見たいものはあるか? 行きたい場所は、会いたい人は?」
「それなら学校に行きたいです。明日も、いつもどおりに」

愛を確認しあう兄妹をしばらく微笑ましく見つめていた。
しかし、ふとナナリーの顔が暗くなる。

「――お兄様。お母様が誰に殺されたのか、思い出しました」

その言葉に身をこわばらせるが、ナナリーの口から出てきたのは「金髪の子ども」という事実だけだった。
幸い、皇帝が超能力を行ったということまでは記憶と認識が結びつかなかったらしい。
9年も前のことだ、無理もない。
ジェレミア卿は重要な手がかりだと言うが、探るのはあとでルルーシュが窘めるだろう。

脚も動かせるようになっているはずだが、こちらは目と違い、長年使わなかった筋肉が衰えているせいで、ナナリーはすぐに立ったり歩いたりはできない。
今までのルルーシュと咲夜子さんの努力のかいあって、骨に成長の不備がないのが幸いだ。

しばらく車椅子のまま、座った状態で足を動かしてみる練習から始めるようだ。
もちろんリハビリにルルーシュは全面協力で、反逆を放り出してしまいそうな勢いだった。
平和なことに心を傾けていられるならそれが 最良だ。


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