16.棘のない蔓に絡めとられるように


「先週はここまでやったから、次はここから。
演習から入ると思うけど、その時間に基本問題を解くのがいいんじゃないかな」
「そうするよ。全教科予習する余裕はないから」
「大変だよね」

放課後の教室でスザクと話す。
軍事訓練の上に学園に通うというのは大変だろう。
手を回した私のせいでもあるが、アニメでもそうだったので悪びれない。

「うん。授業も毎日来られるわけじゃないんだ」
「じゃあ連絡先も交換しよう。もし課題が出たら教えてあげられる。
わからないことがあったらなんでも訊いてね」

にっこりと笑う。敵を騙すにはまず”自分”から。
私はスザクに惚れているようなつもりで接することに決めていた。
そういう心持ちのほうが親切を行いやすい。本人にも、対外的にも、そう見えるように。

とはいえ、便利屋になってしまうつもりもない。
尽くす相手のことは軽んじるようになるものだから、
"してあげる"ばかりじゃなく、対等にならなくてはいけない。
私はスザクにどう思われようとかまわないのだが、目的を果たすための一ステップなのだ。

「電話に出られるタイミングは限られると思うんだけど」
「メールでいいよ。私が勝手に送るし、返信も忙しかったらしなくていいから、余裕があるときに見てくれたら嬉しい」
「助かるよ」

自分のことを好いている相手というのは、そうでない相手よりも心を開きやすいものだ。
惚れるのに理由はいらない。誰も否定の材料を持たない。理由なく"味方"ぶることができる。
周囲に触れ回るほどのことではないけど、いざというときの言い訳にはなる。
ルルーシュに首ったけだった私が今は学校であまりその態度を出さないから、真実味も増すだろう。

「いいえ、これくらい。軍のお仕事も忙しいでしょう。怪我とか、しないでね?」

心配している人がいる(ことになっている)というのを覚えておいてほしい。
感情に訴えたいという打算もあるし、死にたがりのままでいてもらっては困る。

たしかルルーシュは結果主義、スザクは過程主義だったと思うが、
私は、過程の機微によって結果は変化する、切っても切れない関係だと考えている。
手段にかかわらず、それによって生じた人間関係も重要な結果の一つだ。
本質は変わらないけれど、気分が変わる。気分が変われば行動が変わることもある。
雨粒が石を穿いたのと、ドリルで刳り貫いた跡はまったく違う。

「今は技術部にいるから、そんなに危なくないよ」
「そう……それならいいけど。スザクくんはさ、どうして軍にいるの?」
「自分の、志のためだよ」

返ってきたのは曖昧な答え。
それはそうか。出会ったばかりのクラスメートにひけらかすような志では困る。
でも私にとっては、世間話するだけのクラスメートの立場に収まるのも、困る。
懐への入りが浅いときは、たまに思いきって踏み込んでしまう。

「気になってたんだけど、"枢木"って苗字、日本最後の首脳と同じだよね。親戚か何か?」

突然そんな話題を出したのでスザクは驚いていたが、
いくらかの沈黙のあと、静かな声で教えてくれた。

「枢木ゲンブは僕の父だ」
「そうなんだ……ごめん、無遠慮だったね。珍しい苗字だと思って、つい」
「いいよ、もう7年も前のことだから。レナは日本のことに詳しいの?」

戦争は歴史に刻まれているから、日本最後の首脳の名前は教養として知っていても、
日本人にとってどの苗字が珍しいかまで把握してるブリタニア人はそんなに多くないだろうな。

「日本人で親しい子がいるの。それにしてもそんな人がなんでブリタニアの軍に……」

カレンには味方意識と親近感を持ってもらうため"半分日本人"を明かしたが、
スザクにとっては"ブリタニア人に認められる"ことのほうに価値があると思ったので、言わないでそのままにしておく。
カレンに言ったことがスザクに伝わったところで、隠したことは不自然でもない。

「あ、ごめん! 人のプライバシーに口出すものじゃないよね……」

対話は慎重に進めなくてはいけない。
不快でないか、会話を続ける気があるかどうか、スザクを観察する。
どこか一つ間違えて、開き直られたり見限られたら、もう言葉は届かなくなってしまう。
スザクは困ったように私を見ていた。言い逃れ方を探しているみたいだ。

「でも……これは独り言なんだけど、ブリタニアには選民思想があって、名誉ブリタニア人といっても待遇はそんなによくないだろうから、スザクくんが心配で。
元首相の息子なら他に道もあったと思うから、どうして軍人を選んだのかなって思ってしまうの」

スザクの意見を否定しないように、できるだけ近い意見を語るよう意識する。
意見が近ければ話の分かる相手だと思われるかもしれない。
彼が己を語りやすいように、言葉を選ぶ。
事前知識があるから、言い当てることができる。

「僕はブリタニア軍を内側から改革したいんだ」

ようやくその言葉を引き出すことができて、ほっとする。
階段は一つずつ上っていくしかない。
皮肉なことに、クロヴィス殿下を傀儡とした"内側からの改革"はルルーシュが目下実行中だ。

「内側から……?」
「うん。間違った方法で得た結果に価値はないと思うから、ブリタニアに従ってでも正当な方法で日本を取り戻したい」
「そうなんだ! 志を持って、それに従って努力できるの、すごいね。今はどんなことをしているの?」

間違った方法とは何か というところにつっかかりたいところだけど、我慢する。
カウンセラーのつもりで、全肯定しながら適宜質問をし、意見を吐き出させて結論の誘導を目指す。
否定しない分、ひたすら提示する。有益な情報提供者だと見なされたら御の字だ。

「どんなことって……」
「スザクくんの味方っていうのかな、革命を起こすには同士を集めるところからだよね?
数も大事だけど、ブリタニアはどうしても貴族や皇族の発言力が大きいから、いかに地位の高い人に味方してもらえるかのほうが大事かなぁ」
「……僕は誰かに頼らない。自分の力で成し遂げるつもりだ」
「それじゃあ革命ってどうするの?」
「手柄を上げて陛下に僕の考えをお伝えする」

いやそれは無理だろう、という言葉を飲み込む。
理想は悪ではないが、実現に向かわない理想は悪だ。

「……さっきも言ったけれど、名誉ブリタニア人が成り上がることはきっととっても難しい。
手柄をあげれば褒美に意見を聞き届けてもらえることもあるかもしれないけれど、
貴族や皇族の意に反しない範囲、皇族を不快にさせない範囲でしょう。
今の皇帝の主義と正反対の意見は通らないんじゃないかな」
「そうとは限らないし、やってみなきゃわからないよ」

スザクは根からの体育会系というか、
ひたすら頑張って根性でどうにかなると思っているところがある。
努力に我慢は必要かもしれないが、我慢は努力じゃない。
方法が間違っていれば成果は上がらない。
歯を食いしばって耐えることで、すべては片付かない。

「たとえば今台頭してる"純血派"だって、生粋のブリタニア人しか認めないってものでしょう?」
「レナ……なんで君はそんなに軍の事情に詳しいの?」

スザクは少し訝しげに眉を寄せたので、用意していた回答を述べる。

「軍には遠い親戚がいて、話を聞くことがあるの。
ほら、スザクくんと初めて会ったときも軍の基地だったでしょう?
あれはその知人に届け物をするところだったの。あとは単純な興味かな」
「そうなんだ。交友が広いんだね」
「まぁね。ここで聞いたことは全部内緒にするから、スザクくんもそうしてね?」

秘密の共有とは美しいことだ。
ただ、約束は守るつもりのある相手にしか有効でない。
この会話は最初から録音している。

「わかった」
「出世の話だったね。受け売りの話になってしまうけど、参考になればいいな。
たとえば騎士公という爵位もあるけれど、
名誉ブリタニア人はそもそもナイトメアフレームのパイロットにはなれないでしょう?」

言い負かしてばかりでもいけないので、
知っていることをわざと間違え、スザクに指摘の機会を与えてみる。
全部知っているっていうのも不自然だしねぇ。

「なれるよ。僕は専用の機体の適性があって、パイロットの訓練を受けているし、実戦に出ることもある」
「そうなんだ! それはすごいね。……うん、本当にすごい。
ナイトメアフレームのパイロットなら、一番地位が高いのは皇族の騎士かな?
特に皇帝の騎士、ナイトオブラウンズ。その中でもナイトオブワンは1つの植民エリアの統治を任されているし」
「それ本当?」

今の……1期の時点でのスザクがナイトオブワンの特権を知らないという仮説は正解だったようだ。
だって1期でその地位を言ってるの聞いた記憶がないし、それなら安易にユフィの騎士にならなかったと思う。

「うん。もちろん今の皇帝のナイトオブワンはもう決まっているから、スザクくんが目指すなら次代以降だね。
皇族の騎士を目指すってだけでもなかなか無謀なことだけど……。
もしも交流のある皇族に見込まれて、なることができて、その皇族が次の皇帝になったなら、ナイトオブワンになれるかもしれない」
「そうか……」

普通に考えれば、ここで皇帝・皇族という名詞まで登場するなんて、一般兵に語るには飛躍しすぎだ。
実際アニメでスザクは皇女ユーフェミアの騎士になり、彼女亡き後はナイトオブラウンズになってみせたのだから、大したものだ。ルルーシュが騎士になってからはナイトオブゼロという位も賜った。
いくらなんでも主を変えすぎだろうとツッコミしてはいけない。よくも悪くも、スザクはブリタニア人じゃない。見よう見まねの似非騎士精神なのだ。

今のスザクはユフィと出会っていないし、しばらく出会わせるつもりもない。
親しい皇族といえばルルーシュとナナリー……と、直結はしないだろうなぁ。
スザクにはルルーシュを巻き込むつもりがないだろうから。

「このアッシュフォード学園だってブリタニアの良家の子息令嬢ばかり通っているわけだから、うまくやれば何かツテができるかもしれないね。
ちなみにうちは平民のサラリーマンだから力になれないけど。
とにかくもっと周囲を頼ってね。
一人じゃ難しくても、人の力を借りたほうができることは増えるんだから」
「わかった。いろいろありがとう、レナ」
「ううん。勝手に口出してごめんなさい。」

今日はこのくらいにしておこう。すぐに出る結論はあてにならない。
たくさん情報を提示したから、じっくり考えてくれればいい。
そして気の迷いでも、こちらに傾いてくれたらいい。時間をかけて修正していく。

それからも、スザクに用事を作ってこまめにメールで連絡した。
今日もお疲れ様。そんなふうにいたわりの言葉をかける習慣をつける。
毎日挨拶を欠かさないというだけでもうっすらと人間関係はできるものだが、
そんなに希薄で不確かなものでは足りない。
数えきれないほど些細な伏線を張って、用意をして、台本を作って、いくらの成果が上がった。


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