15.私は祈らない。祈りは無駄だとあの日思い知らされたから。


人間は偶然が三回重なると運命だと感じるらしい、というのは恋愛商法のコツだ。
異世界トリップを経験してから、いろいろと勉強して得た知識の一つである。
徹底的に人心掌握するため、おまじないだろうが心理学だろうがなりふりかまわない。

恋愛をしたいわけではないが、似たようなものだろう。
悪女は案外容姿に優れているわけじゃなかったりする。
私には地位も名誉も高貴な血もないが、
人というのは 見ず知らずの貴族よりも、目の前の友達や親友や家族が圧倒的に大切なはずだ。
私情を挟まないのが理想の軍人とはいえ、事実として隙は生まれうる。

世界を動かしているのは案外、英雄の私情だったりする。
ルルーシュだって今までどれだけナナリーのために、スザクもどれだけユフィのために行動したことか。

北風よりも太陽が旅人のコートを剥ぐこともある。
心にそっと寄り添うことは、きっととっても有効だ。
スザクなんて理解者がいない環境で荒んで暴走していたように見える。

監視と相互理解。
スザクに聞く耳を持たせることが、ルルーシュにもらった私の役目だ。
親しくない相手や嫌いな相手の意見なんて誰も聞かない。
そのためには少しでも懐に入り込んで"特別"になっておいたほうがいい。
できればアニメにおける生徒会役員たちより一歩踏み込んだ立場にありたい。
いざというときだって好かれているほうが残酷で便利だ。

なれるものならば悪女になりたい。
出る杭にならず凡庸な顔をしたままで人を誑かしたい。
悪徳業者ほど甘い言葉を吐くものだ。
敵対した暁にはこっぴどく罵ってあげても、しおらしいまま弾丸を遮る盾になってもいい。
ルルーシュを想えば、軽蔑されるような人間にだってなれる。
信念もプライドも尊厳もいらない。私は私を道具として使う。

ただし好かれる相手に自動的になれると思うほど自惚れてはいない。
特別な魅力も能力もないから、小細工をする。
ビジネスと割り切って徹底すれば人の心を得るのは難しくない、らしい。
どこまでできるかわからないが、倣ってみたい。
本当の愛じゃないから、怖れないし傷つかない。

ユフィだって偶然の出会いから再会の流れだったし、方針としては間違ってないと思う。
あんな魅力はないから一目惚れにはならないし、地道に積み重ねる。
マイナスにならない努力ならどんな塵でも積もらせればいい。
上手な育て方は知らないから、種をたくさん植えることにした。
植えすぎるとすべて育たないというなら、剪定はルルーシュに任せる。

そういえば、ユフィ……ユーフェミア皇女殿下にも、
私はルルーシュの味方になってほしいと思っている。
彼女は地位を捨ててまでルルーシュの味方をしようとしたので尊敬しているし、皇族の味方は後々助けになるだろう。
まぁ、それはまた別の話だ。

偶然を三度作り出すのは難しいことじゃない。
1度目はジェレミア卿に届け物をするという口実を以て軍部で道を聞き、2度目は街で暴力を振るわれそうだったところを助けてもらい、お礼をし、
(余談だが相手にはルルーシュのギアスがかかっていたので失敗しても私に危険はなかった)
3度目は編入先のクラスメートとして、微笑んだ。

「転校生の枢木スザクくんだ」

いくら校風で銘打っても、名誉ブリタニア人で軍人という特殊な存在に教室がざわついた。
今のスザクは、皇族殺しの冤罪をかけられたこともないただの軍人だ。
名前さえ偽ればこんな問題は起きないのに、それをしないのは誇りの問題かな。

ルルーシュが『屋根裏部屋で話そう』のサインをスザクに送るのが見えた。
皇族を隠していることなど、話を合わせなくてはいけないことは多い。
あとでやりとりの内容を聴かせてもらおうと思う。
私たちは、お互いボイスレコーダーを持っている。

クラスメートが遠巻きにして、ルルーシュも静観している中、私は愚鈍なふりをして声をかけた。

「また会ったね! この前はありがとう。まさか転校してくるなんて」
「君は……レナ?」
「そう。何か縁を感じるね。せっかく同じクラスだし、困ったことがあったら行って」

侮蔑で好奇でもない、人種の壁など存在しないような笑みを浮かべる。
『玲奈』にとっては日本人が同胞みたいなものだからイレブンに苦手意識はない。
偶然が不自然でも、まさか話しかける口実を作るためにわざわざ仕組んだとまでは思わないだろう。
無駄の多い行為は計算を感じさせないという点で価値がある。
今のスザクは英雄でもナイトオブラウンズでもない。
味方をしても、取り入っても、打算だとは思われにくい。

「レナ、知り合いなの?」
「街で怖い人に言いがかりつけられて困ってたときに助けてもらったの。親切で頼りになる人だよ」

二度も会っているのは偶然がすぎるから、二件目だけ説明した。
シャーリーはそれを聞いて絡まれたという私を心配してくれる。
他のクラスメートは非友好的だけど、"恩人"には多少親切にしてもしかたないよね?
その場は次の授業の進行状況を伝えて離れ、また休み時間に近づいた。

「次は移動教室だよ! 一緒に行こう」

転校生には一人くらいこういうお節介を焼く人が必要で、クラス内でそれが私になるのは自然なことだ。
不自然じゃない程度の親切で公平な対応を目指した。
友人にも恩を返すだけだからと、ちゃんと言い訳してある。
廊下を歩きながら、校舎の配置を説明する。

「――レナ、あまり僕にかまってくれなくていいよ。君まで悪く見られる」
「私の評価は私の問題だから気にしないで。この間は本当に怖かったから、とっても助かったんだ」
まだ周囲はスザクに対して硬く、理由をつけたとはいえ親しげな私の態度は浮いている。
正直今の私は学校生活なんて些細なことだと感じられるのだけど、"レナ・ファルトン"が築いた人間関係をすべて壊してしまうのはさすがに勿体無くて申し訳ないから、今後立ち回りには一層気をつけることにする。

「恩を売るために助けたわけじゃないよ」
「私が勝手に買っちゃった。名誉ブリタニア人の編入生って、偏見を解消する良い機会だと思うんだ。自分で理不尽を受け入れちゃだめだよ。スザクくんは日本人で名誉ブリタニア人になって軍にいて、編入するにも名前や身分を偽らないんだから、きっと誇りと志があるんでしょう。同い年で軍の訓練してるってだけですごいと思うもん。それは胸を張っていいことだよ」

人を決めつけるのって間違いが怖いけど、アニメを知ってるからある程度正確なことが言える。
そうじゃなかったら私からこんな言葉は出て来なかっただろうなぁ。説教臭くて何様って感じだし。
言い負かすことと説得することは違う。心に入り込むステップが必要だ。
最初は同調から。褒め讃え、認め、同じ意見を語り、頷き、彼を肯定する。
承認欲は誰でも持っているものだと思うんけど、どうかな。
言い当てた驚きと運命性くらい感じてくれてもいいな。

「……ありがとう。そんなふうに言われたのは初めてだよ」
「本当? もったいないね」
「勿体無い?」
「人のいいところに気付かないのは勿体無いよ」

あぁとりあえず会話しようと思ってテキトーすぎることを言ったかもしれない。
会話の予習は十分してきてるんだけど、へたにアドリブ入れるもんじゃないな。
話題転換、話題転換。

「聞いてもいいかな、スザクくんはどうしてこの時期に編入なの?」
「上司の提案なんだ。今の仕事を務めるには教養も必要だからって」
すらすらと答えてくれたけど、軍の内情についてはさすがにぼかした言い方だ。
私たちの企みを踏まえて解説すると、
ナイトメアのパイロットはエリート教育を受けたブリタニア人であることが多いので、
ランスロットに乗るため、軍部で馬鹿にされないためには最低限の教育が必要だろうという理屈だ。ひいては成り上がるためでもある。
出動命令がなくて暇だからってニュアンスもスザクは受け止めているのかもしれない。
私としては、平和ぼけしてくれないかなって思ってる。

「そうなんだ。仕事と勉強の両方って大変だね」
「授業の内容がさっぱりで正直困ってる」

茶化したように笑うスザクを見て、最初の壁は壊せたんじゃないかな と思う。

「まかせて。放課後は時間ある? 明日以降の教科も、どこを予習したらいいか教えてあげるよ」
「30分程度なら余裕あるから、お願いしていいかな」
「うん。じゃあ終礼後に教室で」


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