13.くだらなくなんかない。貴方が笑ってくれるなら。


クラスメートたるカレンとふたりきりになったとき、
最近活動の仕方を変えたテロリストの話題を出して、こっそり告げた。

「内緒なんだけど、実は私半分日本人なの。
そっちの名前は玲奈。戸籍は複雑なんだけどね」

だから特区の情勢に興味を持ってしまうの と理由にした。
完全に嘘っていうわけじゃない。
戸惑うカレンに「冗談でこんなこと言うと思う?」と念を押し、
最後には「誰かに言いたくなったの。聞いてくれてありがとう」とお礼を言った。

一方的に秘密を開示しただけで、何か要求をするわけじゃない。
カレンの事情を知っているからリスクはほとんどないけれど、カレンから見ると違う。
信頼している証に見えるかもしれないし、親近感を抱いてくれるかもしれない。
種を蒔いて、しばらくは様子見だ。

カレンは優秀なパイロットだから、武器を与えて敵に回すには厄介な相手だし、
ルルーシュの駒になってくれたら"使える"と思うけど、
信用に足る人材かというのは微妙なところだ。

――カレンにとってゼロとは『正義の味方』という羨望の記号だった。
信頼を預ける一方で、妄信し、理想と違えば騙されたと言う。
自らの選択に対しての責任をルルーシュに押し付けたようなものだ。

私は信用していないから、
黒の騎士団に流しているナイトメアには緊急停止装置がついている。
そんな酷いこと――土下座する勢いで提案して押し通した。
遠隔から作動する、そのスイッチを握るのはもちろんルルーシュだ。
成り上がる前に翼をもいでしまわないなら、毒にも薬にもなりうる。

酷いことはたくさん言った。ルルーシュの知人を侮辱する発言もあっただろう。
画面の向こうからいくら叫んでも届かなかったこと
こうも目の前に本人がいて直接言えるとなるとつい喋りたくなってしまう。

今もゼロは紅月カレンにとって味方だ。私はまだシュタットフェルトであるカレンの立場から味方に入り込みたいと思っている。

「最近、ゲットーにはこんな噂があるみたいで――……」

弘法筆を選ばず。
優れたコックなら道具と食材でもそこそこ上等な料理を作るだろう。
しかし実際には弘法は慎重に筆を選んだという。
優れた道具や食材用いたほうが、回り道せずにより上等な料理を作れるはずだ。
けれど私はそんなもの知らないし持っていない。
私はせめて鈍った包丁で、ルルーシュが手の回らない範囲の下ごしらえを手伝いたい。
願わくは、刻まれてすり潰されて茹でられることを。





披験を終え、オペレーションルームで休憩を取る。
今からジェレミア卿が来るそうだ。

軍人貴族と一般平民の差は否めないが、ジェレミア・ゴットバルト卿とはルルーシュに仕える者同士、仲間意識のようなものがある。数少ない反逆仲間だ。
ジェレミア卿はルルーシュにかかわる全てのモノに敬意を持って接していらっしゃる。
テレビ画面の前で爆笑したことがあるのがちょっと申し訳なくなるくらいだ。
ルルーシュと出会ってからまだ日が浅いこともあるのか、緊張の混じった固い態度だと思う。
この前伝えたこと、実行してくれただろうか。

「陛下、肩でもお揉みしましょうか」

皇子は殿下(ハイネス)だが、陛下(マジェスティ)とまで言ってしまうと皇帝への不敬罪だ。
でもいいの。私の唯一皇帝、魔王陛下だから。
その日の気分や語感重視だったりするけど!

「いい。それより、基地内では陛下でも殿下でもいいが、外では気をつけろよ。ナナリーにも怪しまれただろう」
「はぁい」
「お前な……」

返事が間延びしてたせいか、ルルーシュは呆れ気味だった。
そんなルルーシュも素敵!(以下略)

「だいたいお前は何に仕えているつもりだ?」

陛下と殿下の違いはブリタニア人にとっては大きいよねぇ。きっと皇族ならなおさら。
レナはブリタニア人だから皇族を敬う気持ちがあったけど、玲奈としては実感が薄い。
そのへんはただのミーハーな日本人なんだと思う。
カレンはゼロに仕え、ジェレミア卿はルルーシュ・ヴィ・ブリタニアに仕えている。
シャーリーはルルーシュ・ランペルージに恋をし、魔女は共犯者たる魔王を尊重し、妹は良い兄を慕う。

「あなたに、だよ」

身分じゃなくて、立場じゃなくて、一面じゃなくて、この人に仕えたい。
それができたらいいと思う。

「失礼致します」

数々の認証を通ってジェレミア卿が入ってきた。
来ていることは認証段階で把握済みだ。

「ああ、例の件だが――……ブハッ!」

くるりと椅子ごと回って入り口を向き、その姿を見てルルーシュは吹き出した。
あんまり見事に噴出してくれたので、反応を見るために場所を移動して本当によかったと思う。
ジェレミア卿は――カゴいっぱいのオレンジを抱えていた。

「どうかなさいましたか?」
「……そのオレンジはどうした」
「差し入れでございます。レナにルルーシュ様の好物だと聞いたのですが、違いましたか?」

キーワードを知らないジェレミア卿は私とルルーシュを比べて首を傾げる。
私は片手でOKサインを出した。意表をつく作戦大成功だ。
これは今のジェレミア卿の堅物っぷりがあってこその意外性だと思う。
ルルーシュに睨まれるのに気づき、にこにこ笑みを返した。

アニメ世界でこれをやったらいくら本人が名誉と言ってても不謹慎になってしまいそうだけど、
この世界でのジェレミア卿には果物のオレンジとなんの因縁もないのだ。
それじゃ私が寂しいので、接点くらい作っておくのもいいと思った。
苦手とかタブーって避けると本当に心身で毛嫌いするようになってしまうから、あえてわざわざ触っておく。

あの世界とこの世界は、違う。違うように、変えていく。
わかっているつもりでも、無意識の齟齬がまだいくらでもあるはずだ。
こちらもあちらも、ルルーシュとっては紛れもないリアルだ。
全力を尽くし、最期には死を以てまでして世界を最善へと導いたからには、前の世界への思い入れも深いかもしれない。
忘れろとは言えないけれど、別物と考えてほしい。
あの世界におけるルルーシュの罪は死をもって償った。後のことは残された者たちがどうにかするしかない。
正真正銘"終わった人生"、彼はまさに‘ゼロ’なのだ。
こういうのもありってことにしたかったし、それを示したかった。
ルルーシュに肩の力を抜いてほしかっただけとも言う。
あのとき、咄嗟にオレンジって単語が出たルルーシュもなかなかのものだと思うし、何がきっかけだったかは知らないけど、好物ってことで押し通しちゃってもいいかなと思った。
どさくさに紛れてオレンジさんって呼べたりしないか隙を伺っている。

「いや、好物だ」

困惑気味のジェレミア卿に、ルルーシュは不敵な笑みで応えた。
フォローしてくれたことが嬉しくてたまらない。大好き。
受け取りながら口元が緩んだのは、何か思い出しているのだろうか。
前の世界のジェレミア卿を懐かしんでいるのかもしれない。
切ない記憶は消えなくても、あたたかい記憶で包むことはできるはずだ。
思い出の品は上書きできる。親戚だとでも思えばいいんじゃないかなぁ。
この世界でも彼らはきっとよい主従関係を築いてくれるだろう。

それ以来、ジェレミア卿は基地に来るたび高級オレンジを持ってくるようになったので、"オレンジさん"が叶う日も近いかもしれない。


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