12.強く、強くと願うほどに、ただ固く脆くなっていく


被験を終えて、休憩がてらルルーシュの執務スペースにそっとお邪魔する。
根を詰めすぎるのが心配だから、ルルーシュも休憩してほしくて紅茶とお菓子の準備をする。
受け取って飲んでくれたので、話しかけた。

「ね ルルーシュ、今度ノート貸して」
「なんの?」
「なんでもいいんだけど、沢山書いてあるノートがいいな。筆跡覚えたくて。
何か役に立つかもしれないし、課題の代筆とかもできるでしょ?」
「かまわないが、そこまでするのか」
「気にしないで、趣味だから」

ルルーシュが書いたノートとか、へたな宝石より触るの畏れ多いよね。楽しみだ。
いざというときのために、どうなるかわからないんだから保険が多いに越したことはない。
"最善のものを希望せよ、しかし最悪のものに備えよ"って云うでしょう?
ルルーシュなら正確に伏線を張れるのかもしれないけど、
私にできるのはぼんやりと布石を敷くくらいだ。
宝くじを買い続けているような些細な抵抗でも、いつか当たるかもしれないから。

ルルーシュは紅茶を飲みながらもモニターを睨んでいるので、
「今は何をしているの?」とつい聞いた。
「腐敗した貴族を押さえ込む策を講じている」らしい。

現在エリア11が抱える大きな問題は二つ。
イレブンによるテロ行為と、腐敗したブリタニア貴族による搾取だ。

反逆の足がかりかつ住処であるこの地域は安定しているほうがいいし、
基本的にルルーシュって良い為政者だから、
出来る能力がある限り政治の正常化を望むのだろう。

[途上エリア]から[衛星エリア]に昇格すれば、
日本人の生活も向上するし、クロヴィス殿下の功績になる。

前回ルルーシュは差し迫られてテロリストと手を組む道を選んだが、
彼の目的は日本解放ではない。
別の経路と手段を選んだのだから、方針も変わってくる。過去の知識でテロリストの身元も活動場所もほとんどわかっているから、ルルーシュにとってテロリスト弾圧は簡単だ。

けれどもクロヴィス殿下は政に興味のない、傀儡の皇子で、実質的な権限は強くなかった。
内部の情報を集め、制度を改正・内側から浄化するには貴族が隔たりとなるらしい。
ルルーシュがやろうとしていることは貴族に不利な政策だから、
下手を打つとクロヴィス殿下が暗殺されるかもしれない。
内側には秩序があり、縛り付けにもなる。
改革が簡単なら善良な為政者は誰も苦労しない。

ジェレミア卿を使うにしても、彼は"純血派"だから、
イレブン/日本人にやさしい政策とは主義主張が正反対を向いている。
勢力のある"純血派"を操れる現在の地位を壊してしまうのは惜しい。
どちらかと言えば反対の意見を言わせてから納得させるパフォーマンスや、
反対派貴族の援助を集めるのが有効な使い方らしい。酷な役割ではある。

――外側から壊すのも難しかったが、
内側からは、きっと壊すだけでは駄目なんだ。
壊さずに変えるというのは長い時間がかかる。
両立できたらいいのにって思う。

「それなら、黒の騎士団を作って……そうじゃなくてもレジスタンスに外側から壊させたら?」

あれは序盤で貴族の腐敗を洗い出していた。
黒の騎士団が使い方次第で強力な武器になることはわかっている。
手駒は多いほうがいいだろう。不都合が生じたら乗り捨てればいい。
いつか皇帝と戦うことを考えると、使えるパイロットを確保しておくのもいい。

「シンジュクで窮地を助けた前歴があるし、匿名で情報を入れたり指示を出すこととかできそう」

彼らがテロリストであってルルーシュが国政に携わる限り、
何らかの形では関わるから、把握できたほうがいい。
利用しようとするのは前回も同じだったはずだ。ある意味彼らもルルーシュを利用していたんだからお互い様だと思う。
前回は等価交換として彼らの目標も叶えようとしていたけど、今回はわからない。

アプローチの仕方は違ってくるだろうし、
テロリストを組織的にまとめて利用できれば、
黒の騎士団/ゼロという形にこだわらなくてもいい。

ルルーシュは少し考え込んだあと、悪い手じゃない と言った。
特にリフレインがイレブンに蔓延していることなど、
解決させることが彼らにとっても有益な案件はある。

「お前はカレンと仲良かったな」
「それなりにね。カレンに何か情報を流すことはできるよ。
なんなら私が日本人ってことにして信用の理由を作ってもいいし、
頑張ればレジスタンスに潜り込むこともできる……はず」

そのうちもう一歩突っ込んだ情報収集をしようとは思っていた。
私はブリタニア人の外見だけど日本名も持っているし、カレンと同様だ。
過去のエピソードは適当に捏造すればいい。
潜り込むときだって盗聴・盗撮・通信機を装備すれば、ルルーシュの指示が得られる。

ゼロを作り上げてトップに据えるには現状ではリスクのほうが大きいらしい。
ブリタニア人の元皇子がイレブンの中に正体を隠して入るいうのは片手間でできることじゃない。
切羽詰まった目的があるなら話は別だけれど……。
彼を一度裏切った集団にあまり近づけたくない という私の本音もある。

「それと、反逆のこと 折を見てナナリーに話そうね」
「……何故だ?」

ずっと思っていたことをついでに言っただけなんだけど、
ナナリーの名前にルルーシュは過敏に反応する。
ちゃんと話せば一番味方になるはずの子だと思う。

「C.C.に私たちの話をするのとどっちが先かわからないけど、
どうせ巻き込むなら、説明したほうがきっといいよ。
嘘をつくくらいなら理解される努力をしたほうが悲しくない」
「俺はナナリーを巻き込まない」

その決意が固いことはよくわかる。
けれどそのせいで悲劇は起こったんじゃないの。

「巻き込みたくなくても、巻き込んでしまうことだってあるでしょう?
ルルーシュはそれだけ大きなことをしようとしているんだから」

私はルルーシュには自分の幸せのために生きて 反逆をしてほしいし、
それを伝えたはずなんだけど、その願いはまだ届かない。
良い兄でいたいから、手を汚す自分を見られたくないのかもしれないなぁ。

非情な行いをするから誰にも理解されなくていいなんて、
罪や罰を一人で抱えればいいなんて、そんなことは私が許さない。
そんなの、私が望む幸せじゃない。どうか繰り返さないで。

「ギアスキャンセラーが完成したらきっとナナリーの目と足を治すんだよね。
そうしたらもうあの子は籠の中の鳥じゃなくなるんだよ。
事情を知っていれば、いざというときナナリーは自分の足で逃げて身を守ることもできる」

まだ仮定の仮定の話だけれど、
死の間際で全てを知って後悔させるような悲劇は起こしたくない。
ルルーシュは、隠したままでも次はうまくやれるとでも思っているのだろうか。
どうにか説得しようと焦ってしまった。

「ナナリーを物理的以上に盲目にさせたのはあなたなのよ。
ナナリーは小さな牢獄の小さな窓から世界を見ている囚人のようなものだわ。
そこから得た情報しか頼りがないの。歪んでしまったとしたらあなたにも責任が」
「黙れ。お前に何がわかる…!」

急な怒声と共にルルーシュが私の胸ぐらを掴む。
息苦しいと思うと同時に、感情に任せて余計なことまで言ったと後悔した。
もっと優しく遠回りな言い方だってあったはずなのに、酷い言い方で傷つけた。
ルルーシュは女に暴力したことに対して後悔と嫌悪を顔に滲ませた。
謝られる前に言葉を紡ぐ。

「……ごめんなさい」

それだけのことをしたと思うから、怒りは甘んじて受ける。
気が済むならいくらでも殴っても首を絞めてもいいけれど、
私なんかに罪悪感を持ってもらうのは勿体無い。
罰せられるくらいのことを言ったし、そのくらい覚悟はあった。

「でも黙らないわ。
あなたには絶体遵守のギアスがあるから、物言わぬ駒ならいくらでも手に入る。
だから私は物言う駒になりたい。あなたにだけ責任を負わせることはしない」

絶体遵守ということは、諌められる者が誰もいないということ。
すべて自分に責任があるということだ。
そんな孤高、許さない。今は手が届く位置にいるんだから。

「あなたがどういうつもりでも、伝えなければ、
伝わらなければ、言葉を授かって生まれた意味がないわ。
自己満足の自己犠牲なんて許さない」

言葉は語り手がどのような意図で発したかよりも、
聞き手がどのように受け止めるかのほうが重要だ。
ルルーシュが説明や言い訳をしなかったために生じた不理解はいくつもある。
相手の忠誠心不足を責めたい気持ちもあるけど、
ルルーシュにも、裏切らせない努力をしなかったところがあるかもしれない。

「お前は俺に従うんだろう?」
「そうだよ。決めるのはルルーシュ。でもね、ナナリーにはあなたしかいないの。
いつか時期が来たとき何も知らなかったから というくらいなら、今から教えればいい」

本来は皇族なんだから、帝王学だって必要なはずだ。
反逆が完了した後、将来の道を決めるのはナナリー自身のはずだから。
ユフィだって同じ。必要なのは人材育成だ。
道筋次第ではルルーシュの味方になってくれそうな人は何人もいる。

たとえば血を流している人に対して、
「大丈夫?」と声をかけるのは"やさしい"のかもしれない。
同情して心を痛めて、けれど現状は何も変わらない。
それは"優しさ"というよりも"易しさ"だ。手段がなければ、偽善になってしまう。
どうせなら応急措置の方法でも覚えておけば怪我人を治療できるし、
結果として自分も心を痛めることがなくなるのに。

「無力を痛感してからじゃ遅いの。
子供には魚を与えるより、魚の釣り方を教えろっていうでしょう。
いつか一人で歩けるように。教育って、きっとそういうことよ」

反逆を伝えることだけじゃない。
ルルーシュはナナリーを独り立ちさせるべきだし、
それによってルルーシュも妹への依存を改善すべきだ。
仲が良いのは美しいことだが、危うい均衡の上に成り立っているのは不幸だ。

言いたいことを言い終えて、満足したがすっきりはしない。
こんな説教じみたこと、私なんかに言われたくはないだろう。
ぶん殴ってくれてもかまわない。

私だって、自分が正しいなんて思ってない。
十人十色の意見があるうちの一つにすぎない。
けれどもしかしたらこの視点が役に立つかもしれない と思うと、提供したくなる。
どれだけ混乱させるようなことを言っても、
最終的な決断をする力がルルーシュにはあると思うから。

胸倉を掴まれた痛みよりも、嫌われることが痛くて痛くて涙が滲みそうだけれど、
わかっていても必要だと思った。
十分の一でも伝わって、何か変わればいいと思った。

「お前は……本当に俺のために動くんだな」
「信じてなかったの?」
「知ってはいた」

たしかに好きか嫌いか、その二択を伝えることは容易くても、
愛の大きさを全部伝えるってたしかに難しいのかもしれない。
この心の中を覗いてもらう以外に根拠となるものはない。

「――たとえば、俺がお前の親を殺したらどうする?」
シャーリーはかつて 憎んで許して庇ったんだよね。
比較されているっていうか、私が裏切るパターンを探られているのかな。
この世界で何よりもダントツで大切なのはルルーシュだ って思うんだけど、
それをどうにか表すために、言葉を尽くす。

「私は彼らの純粋な娘じゃないから、許すとか許さないとかの資格はないよ。
ルルーシュが必要だというならいつでもギアスをかければいいし、
この手で殺すのだって厭わない。
罪は一緒に背負いたい。あなたが忘れられない罪があるなら、私も覚えていたい」

ただ一つ、私の誇る身分。
私はルルーシュの協謀者だ。


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