10.真に大切なものならば、失う前に気づかなければならない


翌日の放課後、待ち合わせどおりに会ってから、様々な話をした。
主に今回のシンジュク事変の流れや出来事について。
大きな変更点については昨日聞いた通りだったから驚かなかったんだけど、
逆に、変更点の少なさに違和感を覚えた。

『コードギアス』を知っている私は、今まで当然だと思い込んでいたけど、
ルルーシュが再びテロに巻き込まれることがどれだけ稀有な確率か。
あらためて彼の話を聞いて、その異様さに気付いた。
その件に関してはルルーシュも不思議に思っていたらしい。
一度目の偶然はともかく、二度目には必然性の意志を感じた。

たしかに、私とルルーシュ以外の人物の持つ記憶や行動力は多分"物語"のとおりなんだし、
ルルーシュも、できるだけタイミングを合わせる努力はしたのだろう。
まさか完璧に合致するとは思っていなかったようだけど。

いくらこれを異世界トリップの一パターンとして解釈するとしても、
"シナリオ"を基準とした「世界の修正力」なんて言いたくも信じたくもない。
機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)なんていうのはようするにご都合主義ってことだ。
小説やら物語ならともかく、そんなものに自分が巻き込まれているなんて思いたくない。
あぁ、でもこの世界、無意識集合体っていう形の『神』の意志があるんだからいいのかなぁ?

『運命』と冗談で片付けるには、度が過ぎている。
万物は帰結する場所が決まっているとでもいうの?
世界って、石を蹴飛ばしただけで巡りめぐって未来が変わるような流動的なものだと思ってた。

――いろいろ言ってみたけど、
私が何を信じるかとか、快不快とか、世界の真実とか、
運命論者かどうかとか、そんなことはどうでもいいんだよね。
哲学がしたいんじゃなくて、今後の心構えのために、現状を解釈したい。
異世界トリップを体験中である以上、
超常的なことも、縁や巡りあわせも信じないとは言わない。

ただ、不思議なのは、
"物語"に沿おうとする形状記憶合金みたいな復元力があるとしたら、
手を加えなければルルーシュの記憶に従おうとするのなら、
『私』がここに存在するはずないということだ。
レナ・ファルトンという、ルルーシュの記憶にない女が生まれてから今まで17年間外界に介入して、
ルルーシュのクラスメートというわりと手近な位置に存在して、
シナリオからずれていないことは、異常な奇跡だ。

……あぁ、逆か。
私がいて、それでもシナリオに乗るようにするために"復元力"が強められた?
なんて自己中心的な解釈かと思うけど、そう考えたほうがしっくりくる。
そこまでしてなんで私を!?って思うけど、それはわからないし、結論が出ないから保留。

とりあえず、ルルーシュの『こうしたい』という意志による改変は受け付けるみたいだから、まぁいい。
ルルーシュが殺さなければクロヴィス殿下は死ななかった。それで十分だ。

 (( 彼女はきっかけだ。はじまりのきっかけであり、終わりのきっかけでもある ))





「お帰りなさい、お兄様」
「ただいま、ナナリー」
「お邪魔します」

ルルーシュのお宅にお邪魔すると、
リビングでナナリーとC.C.が一緒にお茶を飲んでいた。
さすがに馴染むのが早いなぁ。
聞き覚えのない声に、ナナリーが不思議そうな顔をしたので、
すかさずルルーシュが紹介する。

「ナナリー。こちらは俺のクラスメートのレナ・ファルトンさん。
今日は一緒に課題をやる約束なんだ。レナ、妹のナナリーと、C.C.だ」
「レナさん。はじめまして」
「はじめまして。ナナリーちゃん、C.C.さん」
「ふうん……お前彼女がいたのか」
「そうなんですか? お兄様」
「違う! クラスメートだと言っただろう!?」

当然のこととはいえ、真っ向から否定されるとなんとも言えない気持ちになる。
C.C.にからかわれるのは慣れているだろうけど、ナナリーの手前 誤解は避けたいようだ。
残念ながら、ナナリーは既に誤解していた。

「そうですよね、お兄様はC.C.さんと将来を約束されているんですものね」
「だからそれも違う! 冗談だと言っただろう?」
「私は愛人でもかまわないぞ?」
「話をややこしくするな!」

ルルーシュって、本人は女性に無頓着だから、
周囲から見るとからかいたくなるんだよね……。
っていうかC.C.が愛人とか洒落にならない。
こんな美少女と競わせるのはやめてほしい。

「わかりました、これが『修羅場』というものですね」
「ナナリー!!? 」
「はい、なんですかお兄様」
「誰だ、お前にそんな言葉を教えたのは!?」

言葉を知っていることは構わないんじゃない?と思いながら、
もはや私に関係なくなった話題を傍観する。
ルルーシュはシスコンだからルルーシュだと思う。

「あぁもう! レナ、お前も誤解をとけ」

私としては嬉しいくらいの誤解なんだけど、
ルルーシュの命令には素直に従う。

「イエス・ユア・ハイネス」

冗談めかして言ったら、ナナリーとC.C.がはっと驚いた顔をした。
なんだろう……と考えて、それが貴族や皇族に対する礼だと思い至った。
二人は皇族であるという事実を私が知っていることに驚愕しているのだ。
ルルーシュが私を睨む。

「どうかした?」

何にも気付いていない、ただの冗談だったというふりをした。
ナナリーは何か言いかけて、墓穴を恐れて口を噤んだ。
これはこれで結果オーライかもしれない。
相手に隠し事をしてもらったほうが、こちらも隠し事をするのが楽なのである。

「おい、ちょっと来い」

C.C.がルルーシュの裾を引いた。
私についての確認、というところだろうか。
平行世界のことや私たちの関係については、
今のC.C.にはまだ話さない ということで合意している。
彼女はまだルルーシュに契約内容さえも明かしていないのだから。
信頼されていない段階で重要な秘密を明かすのは危険なだけだ。

ふたりきりになった隙に、ナナリーに近づく。
誠実さを示すために、そっとその手に触れた。
嘘をついて脈が乱れているとしたら、ナナリーの方だ。

「仲のいい兄妹で羨ましいわ。
ルルーシュは本当にナナリーちゃんのことが好きなの」
「えぇ、私もお兄様が大好きです」

お互いさえいればいい と語った兄妹は、
片や 妹のために世界に反逆し、片や そんな兄に追い討ちをかけるような敵対宣言をした。
偏った見方だとはわかってるけど、そんな悲劇を二度と繰り返したくない。

「その言葉に覚悟はあるかしら、ナナリーちゃん」

ナナリーはきょとんとした顔をした。
初対面でこんなこと言われたくないよね、わかってる。
せっかく猫被ろうと思ってたのに、とまらなくなってしまった。
嫌われても引かれてもいいから、これだけは伝えたい。

「ルルーシュはきっとあなたにかっこいいところばかり見せようとするし、
あなたを不安にさせないように尽力するけれど、人間なんだから、
情けない部分やあくどい部分、悩み苦しむことだってあるわ。でも真実優しい人。
たとえ世界中の誰もが彼の敵になったって、あなたは味方でいてくれるかしら。
他の誰の言葉よりも、ルルーシュを信じてあげられる?」
「……はい。もちろんです。ずっと昔からお兄様と一緒にいるんです。
失礼ですけど、レナさんより私のほうがお兄様のことを知っていると思います」

今は気軽な肯定でもいい。
いつか、いざというときに少しでも残っているくらい、
彼女の心に響いてくれることを信じよう。

「そうね。失礼なこと言ってごめんなさい」
「いえ……こんなに想ってくださる方がいるなんて、お兄様は幸せ者ですね」

花のように笑う。白魚のようなこの手が、
何億という命を奪ったのを私は知っている。
少なくともルルーシュの過去では。
そしてそれを、決してこの現在に続く『未来』として実現させないと誓った。

――私が思うに、ナナリーの性格は生来のものではない。
本来はもっと快活なのかもしれない。
この子には芯の強さがあると、実際に話して確信した。

置かれた状況のせいで、ルルーシュに頼ることが当たり前になってしまった。
子供は、甘やかされれば甘えてしまうものだ。
兄を慕ったがゆえに、『優しい子に』という、兄の要望に応えようとした。
その慈愛は、ユフィと違って、魂からの性質ではないのだ。

だからどうというわけではない。
誰かが悪いわけじゃないし、ふたりがそれで満足しているのならかまわない。
ただ、そのわずかな齟齬を、しっかり把握して調節しよう と思っただけだ。

ルルーシュは結果主義で、言い訳をするのが苦手だ。
カリスマ的才能で合理的かつ打算的に大衆を動かす秘訣を知っていても、
目の前の状況によって動くのは人の心の表面であり、内面や本質を変える気はない。
変わらないと見切っているのかもしれない。
優秀すぎて、人に何かを期待するよりも自分でやったほうが早いから、
凡人はその考えにしばしばおいてけぼりにされる。
そのフォローを、できたらいいなぁ と思う。

なかったことにはできない複雑な出来事を、覚えているのは私とルルーシュだけ。
『共犯者』を名乗りたいところだけど、その称号はC.C.に譲ろう。
だからといって、ルルーシュの『共謀者』なんて、すごく賢くないと務まらない。
何が出来るかはわからない。すべきことは、これから探すのだから。
ルルーシュの明るい未来のために、なんでも協力しようと誓った――私はただの"協"謀者だ。


協ノ章 fin.


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