09.この間違えた世界の中で、唯一違えたくない想いは


私がルルーシュのギアスにかかっている間、思ったよりも時間が経過していたようで、
昼休みも終わりに近づいているし、場を改めるか、ということになったんだけど、
今日の放課後はカレンの生徒会歓迎パーティだから、ルルの都合が悪い。
私はそれくらい待ってもかまわないんだけど、その後の予定は? オレンジ疑惑とか。

「スザクが犯人扱いされることはない。クロヴィスが死んでないからな」
「そうなんだ。今日はそれが聞けただけでもよかった。
それじゃ あらためて明日の放課後、お宅にお邪魔してもいい?」

この場合『お宅』とは、もちろんルルーシュとナナリーの生活スペースのことだ。
ちょっと調子に乗ってずうずうしいことを言いすぎたかもしれない。
欲望に忠実になるのもほどほどにしなきゃね……。
ルルーシュが難しそうな顔をしたから、反省してみた。

「む、無理にとは言わないよ?」
「いや、来ることはかまわないんだが、今俺の部屋にはC.C.がいるからな。
あいつの前ではできない話が多いだろう?」
「……もうC.C.が来てるの? "予定"よりも少し早くない?」

たしかシナリオでは、C.C.がルルーシュの再び元を訪れるのは
オレンジ事件の後……だったはずだ。
それくらいの齟齬はあってしかるべきなんだろうけど、
下手に前知識があるせいでそれに頼ろうとしてしまうから、変更点は正確に把握しなくちゃ。

「契約を前倒しにしたおかげで、奴の所在を見失うことがなかったから、
そのまま連れて帰って来たんだ。もうナナリーとも打ち解けてる」
「へぇ……、ちょっと会ってみたい、かも」
「今後のために、一度顔を合わせておくのもいいかもな」

色好い返事がもらえたから、押し通すことにした。
また明日、この場所で話してからルルのお宅に移動、ということで話がまとまった。
名残惜しいけど今日はここでお別れかな と思っていると、ルルの声が引きとめた。

「そうだ、俺も一つだけ聞いておこう」
「うん、なに?」
「お前はこの時代に来た原因に心当たりはあるか?」

よかった、答えられる。その手の考察なら、一日中しているから。
だってそれくらいしか私にできることってない。
小説の知識とはいえ、トリップモノには免疫がある。
どうして『二重の私』が発生したのか、どうしてルルーシュの意識が過去に来たのか。
人はそれを妄想力ともいう。

「仮定でいいなら、ルルーシュが逆行――過去に来た理由には、心当たりがある」

これが私だけに起こった事態なら、『わからない』と解答することになっただろう。
私はどこにでもいるような並大抵の一般人で、物語の主人公になれないタイプ と言えばいいだろうか。
トリップという状況を体験しても、自分が夢小説のヒロインになったとは思えない。

でも、ルルーシュは違う。
ご存知の通り、眉目秀麗・頭脳明晰・カリスマ性抜群・特殊能力アリの『主人公』である。
何か起こったとしたらルルーシュに決まっているでしょう?
私はせいぜいおまけとか巻き込まれたとか、そんな感じ。

さて、ルルーシュがこの世界に招かれたとして、その意志は誰のもの?
世界を飛び越えて意識を呼び出せてしまうような大きな力と特殊性。
『コード』、『ギアス』、そして、その根本にあるもの。
こちらの世界の神たる、無意識集合体という存在だ。

「ルルーシュって、シャルル皇帝のラグナレクの接続を阻止したとき、
無意識集合体にギアスをかけたんだよね?
"それでも俺は明日がほしい"と願って、無意識集合体はそれを聞き入れた。
それなのにルルーシュは自分の明日を手放した」

きっとそれは、許されない矛盾。
生を望んだルルーシュが死んで、死を望んだスザクが生きるのは罰の形だったんだろうけど、
そんな感情論を飛び越えて、ギアスは強制的に作用する。
明日を願ったときから、生きることが彼の義務になった。

「だから、これはルルーシュにとって"明日"もしくは"明日"へ続く道なんだよ。きっと」

この理論で行くと、バッドエンドになるたびに無限ループするってことになるんだけど……、
まぁ、ルルーシュの『前世』とは世界が変わったんだから、
今の世界には 今の世界の無意識集合体 が いると考えれば、
次にラグナロクの接続を阻止するときにギアスの命令の仕方を変えれば万事解決かな。

無意識集合体に意志があるように解釈するのはおかしいのかもしれないけど、
ギアスがかかったことで何か特殊変化が起こったのかもしれない。

ルルーシュは少し思案して、口を開いた。

「『明日』というなら、過去よりも未来に移動したほうが自然じゃないか?」
「だって、ルルーシュは端的に言えば自ら死を選んだんでしょう?
状況が改善されなきゃ、命だけ戻したって意味がないじゃない。
だからきっと今は、理想の明日を導くための期間なんだよ」

マリアンヌ様の死とか、皇族としての生活とか、
この時点で既に失っていたものは他にもいくらでもあるだろうけど、終戦後に得たものもあるはずだ。
アッシュフォード学園での生活とか、黒の騎士団とか。
きっとこの頃がルルーシュにとって一番やり直しやすい時代だ、と思うのは、
私にとってここが始まりの時点だからなのかな。

「やけに断定的だな」

ルルーシュが指摘したとおり、私の説明には証拠も何もない。
憶測で妄想を、突拍子もない理論を、無限にある可能性の一つを喋っているだけにすぎない。
それなのに、何故か間違いの可能性が高いとは思えなかった。

「あぁ、うん……そんな気がする。
思いつきなんだけど、ひらめきっていうか、降って湧いてきたっていうか……。
私がこの世界に来た理由があるとしたら、
もしかしたらトリップ――そういうことの説明役も兼ねているのかも」

他に価値があるとしたら、たとえばルルーシュの記憶との違いを演出するための要素として、とか。
――私がいることで此処はルルーシュにとっての平行世界ってことが証明されるから、
未来は変えられるってことを示すことができる。

同じ枠組みの過去や未来からじゃなくて、異世界から私を呼んだのは、
異物を混ぜたほうが反応の変化が大きいと思ったのかもしれない。
異世界が私の世界だったのは、アニメが放映されていたからだろうか。
知りえない知識があるというのは、わずかながらにアドバンテージだから。

ここまで考えても、あえて私が選ばれる必要性が見当たらない。
きっと条件を満たせば誰でも良かったんだろう。
私のいた世界の、全国各地数多のルルーシュ信者の中から私が選ばれたことなんて、
宝くじが当たるような確率でも、誰かは当選するわけで、それがたまたま私だったというわけだ。
その強運は有効に使うしかない。

特別になりたいとは思わない。私は願っていただけだ。
彼の安寧な未来のために、ほんの少し、手駒が足りなかったというのなら、
私は、不遇な未来を変えるための、天秤をあとほんの少しだけ傾けるための、石ころになりたい。

私なんかがルルーシュの役に立てるのか、一人の力で何が変わる とか、言われても、
そもそもルルーシュに十分な能力があり、
その上、ほんのわずかなタイミングで未来は変わってしまうのだから、計算づくには意味がない。
特別なハイスペックが必要なわけではない……のだろう、多分。
なによりも結果論。私がここにいるのだから、大丈夫だと判断されたのだろう。
失敗したらループすればいい くらいの実験的な感覚なのかもしれないけど……。

事象がどうであれ、私の理念は変わらない。


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