08.自己満足の何が悪い。この気持ちを誇るのは、誰かではなく自分なのだ。


「"うれしいよ、ルルーシュ。日本占領の時に死んだと聞いていたから……。
いやぁよかった生きていて。どうだい? 私と本国に……"」

平和な思考の兄に、本国には帰らないこと、そしてその理由を告げると、
クロヴィスは俺が手にした拳銃を見て顔を引きつらせた。

「私じゃない! 私じゃないぞっ!」

"前回"は、懐かしさを感じるたり彼の心情を慮る余裕などなかったが、
顔いっぱいに恐怖を滲ませた、かつてこの手で殺めた男を見て、憐憫に似た情が湧いた。

結果として、母さんの件についてクロヴィスは無実だった。
芸術などを好み、政治に関しては無能な男だったのだ。
幼い時にはよくチェスをした。
後から聞いた話では、死んだと思っていた俺たち兄妹のことを偲んでいたらしい。

「ええ、知っていますよ」

クロヴィスが安堵の息を吐く。
本当に安直で、安易で、仕方のない兄だ。

一度目の人生は、ただ足掻いていた。
ナナリーを守りたいという思いの傍ら、ブリタニアへの憎しみも際限がなく、
壊す道しか選べなかったし、母さんの死の真相と突き止めようと躍起になっていた。
しかし、真実は既に手に入れた。
僭称とはいえ、第99代皇帝として即位してからは、
『ブリタニアが憎い』という自分の言葉に裏切られてしまった。

虐殺を命じた時点で、兄に罪がないわけがない。
けれど、俺はそれを罰したいわけではない。
この手が踏みにじった命も数え切れないのだから。
少なくとも一度目は母マリアンヌの死に関連しているという疑惑を持ち、
ブリタニア帝国そのものの罪まで着せていた。つまりは冤罪だった。

"万死に値する"という言葉があるが、
クロヴィスは、二度も弑するに値するだろうか。
俺にはその覚悟と理由があるだろうか。

――皇帝になってみて思ったことだが、
既存の体系を利用することはテロリストとして活動するよりも遥かに楽だった。
ギアスさえあれば、第3皇帝の立場はいくらでも利用のしがいがある。
エリア11を治める総督であり、皇位継承権はシュナイゼルに次ぐ。
現皇帝を引き摺り下ろした後のことを考えると、表舞台に立つ駒は必要だ。

――又、クロヴィス暗殺さえなければ、
枢木スザクが犯人に仕立て上げられるという面倒なこともなく、
手ごわい姉上が総督に就任することも、ユフィがエリア11の地を踏むこともない。

言い訳ならいくらでも出来るが、結局、"身内"なのだ。
母の仇ではないとわかっている以上、前回の罪滅ぼしの意味もあり、できることなら殺したくない。
前回奪った命なら、今度は生かしてみよう と思った。

「信じてくれるのか……」
「兄上がこれから俺の願いに従ってくださるのなら」
「い、いいだろう。なんだ、言ってみろ」
「『約束』ですよ」

殺すのでなく、従わせるギアスを発動させる。
エリア11を統治するための傀儡となっていただこう。
クロヴィスに元々抵抗する気はないようだったが、契約は確実でなければならない。

人の心を捻じ曲げることは、殺戮よりも罪が重いのだろう。
殺さないことが正義だとも思わない。
スザクは『間違った方法』だと厭うだろう。
だが これが最も犠牲の少ない手だ。
誰かを踏みにじってきた兄には、踏みにじられる覚悟もあったはずだ。
ギアスキャンセラーが出来上がれば、いずれ解放することもできる。

バトレーなど、クロヴィスの側近だけを呼び出し、同様にギアスを掛けた。
C.C.を研究していたデータは俺に渡す分を除き、破棄するように命じる。
後日研究施設に案内させ、ギアスキャンセラーの研究に取り組ませるつもりだ。
論理の核なら俺が覚えているから、案外嚮団に頼らなくともなんとかなるかもしれない。

ジェレミアについては連絡先だけ受け取った。
クロヴィスには、この日のために用意しておいた盗聴器・通信機を渡す。
後は追って指示を出すことにする。
"テロリスト"は早く退散するに限るからな。

これから、総督の権限を借ってじわじわとこのエリアを変えてやる。
本当の敵は海外にいるのだから、エリア11内でぐずぐずしている場合ではない。
早急に本国に対抗できるほどの土台を築かなければ。

一から始めたときは積みあがっていく結果に満足していたが、
白紙に戻った今では足りないものばかり数えてしまう。
悪い傾向だ、とは思うが、最短にして最善の道を選べるのならそれもいい。

その後、陣から離れたところで待機させていたC.C.と合流した。

「終わったのか」
「あぁ。"帰る"ぞ」

何気なく言ったそれが意外だったらしく、C.C.は目を丸めた。
そういえば今日が初対面だったな……。
具体的なデータは覚えているが、自分がこの頃どんな態度を取っていたのかまでは思い出せない。

「他に行く宛があるのか?」
「……妙なサービスを期待するなよ、童貞坊や」
「してないさ。"外にいたら補導される"だろう?」

そのために余計な布団を買い足しておいたのだ。
だが結局はC.C.にベッドを占領され、俺がその布団を使うことになってしまった。
電気を消した闇の中で、C.C.が呟く。

「薄気味悪い奴だな。すべて予測していたとでもいうのか?」
「それはお互い様だ」

かつては翻弄されてばかりだったが、
今では俺の方が奴についてよく知っているのだから、不思議なものだ。
ちょっとした優越感に浸りながら、C.C.の弱みに付け込む。

「そうだ、まだお前の願いを聞いてなかったな。契約内容は大事だろう?」
「そのうち言う」

彼女はふいと顔を逸らして布団を被り、それきり沈黙した。

「お前がすべて話したら、俺も全てを話そう。C.C.」



次の日は、カレンに声をかけることもなく、やりすごした。
そしてもう一つの不確定要素を埋めるべく、
レナをクラブハウスのホールに呼び出した。

彼女は二言目に、ギアスをかけてほしいと請うた。


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