07.追いかけ続けると誓ったあの日から


過去――レナ曰く俺にとっての並行世界 に 来てから、一週間が過ぎた。
日々は驚くほどに穏やかだ。
ナナリーも、シャーリーも笑っていて、生徒会で騒いで。
メディアで見る限り、ユフィもクロヴィスも生きて元気そうで、
カレンや扇グループとは面識がないし、C.C.とも出会っていない。
ゼロが存在する前で、スザクは俺を憎むどころか所在さえも知らない。

あまりにも出来すぎていた。
もしもこんな夢を見た朝は、目覚めてから自己嫌悪に苛まれるだろう。

けれど、喪ったものが戻ってきたからといって、
立ち止まって、この仮初の幸せに浸かっていては、また失ってしまう。

かつて全てを喪ったとき、もう誰も特別扱いしないと決めたのに、
目の前にナナリーがいる。俺に笑いかけてくれる。
やはり いとしい、護りたいと思う。
それだけで、再び反逆の狼煙を上げる理由に足りる。

"平行世界"というものに対して、前世の記憶がどれだけ役に立つかはわからないが、
日常の会話や小テストの内容を見聞きした分には、たしかにこうだったと思うことばかりだった。
ついでに、会長が忘れていた各部活の予算配分を早めに済ませておいた。

護るためには力が必要だ。
一度修羅の道を選んだからには、世界が変わっても潔白にはなれない。
皇帝に対抗するためにも、ギアスは必要だ。

確実にC.C.と接触するには、シンジュク事変を再び起こすべきだ。
幸い、印象深い事件のことは今でも詳細に覚えている。
この一週間、まず、当時の記憶と照らし合わせ、シンジュクゲットー周辺の地図を徹底的に研究した。
時間を配分し、当日、リアルタイムの情報が手に入るように環境を整えた。

幾重の偶然が積み重なった結果を、すべて再現することは困難極まりない。
カレンたちの乗ったトラックが間近で事故を起こすなど、秒単位の一致が必要だ。
だが、やってやろうじゃないか。奇跡を計算づくで起こしてこその"ゼロ"だ。
シナリオを再現できることが理想だが、
最低限C.C.の居場所だけは把握し、回り込んで接触したい。

そして迎えた当日。

リヴァルが迎えにきた頃合も、チェスの代打ち中の光景も、
帰路にすれ違った車のナンバーも、不気味なほど記憶と重なった。
もっと誤差が大きいほうが正常だと思うくらいだ。
まるでレールの上を動いているような気分だった。

そこで、これは本当に過去なのだ、と改めて思った。
俺とレナだけ時間の流れが違っていて、それ以外は正常に――俺の記憶どおりに動こうとする。
磁石のN極が北に引き寄せられるように、大した小細工をせずとも、
流れに身を任せているだけで予定に沿うことができた。

だが、あらかじめ携帯電話の電源は切っておいたのも、
事故を起こしたテロリストのトラックに近寄ったのも、たしかに俺の意思によるものだった。
トラックに乗り込むとき、"見つけた"と C.C.の声が耳を掠めて、笑みを浮かべる。
見つけたのはこちらだ。彼女は俺の反逆を最初から最後まで見届けた共犯者だった。

車内で装置を見つけ、すぐに開け方を模索した。
輝かしい光ともに、それは開いた。
現れた緑髪の女に、懐かしさが込み上げる。
近寄って口の拘束を外した。

「さっきの声はお前か?」

初対面ということを考慮した態度を取る。
解放された直後であるせいか、C.C.は喋らなかった。
こうしてずっと黙っていれば可愛いものを。

「軍が動いている。このままじゃ二人とも危険だ。
どうにかならないか? この騒ぎの原因はお前なんだろう」

我ながら白々しいが、無知な学生としては許容範囲内だろう。
悠長にしている時間がなかった。
できることならスザクと出会う前に契約を済ませておきたかったのだ。
安全を買うために、早いに越したことはないが、
それ以上に、奴に俺を庇って撃たれさせるわけにはいかない。

前回どういうカラクリで生きていたのかは知らないが、
同様の奇跡の生還は頼りにならない。撃たれ所が悪ければ死ぬのだ。
前世では憎しみあったりもしたが、現時点で奴はただの一等兵で、俺の幼馴染だ。

C.C.はただ黙って俺を見つめていた。
王の力を与えるには見定め足りないということか。
そうこうしている内に、時間だけが過ぎる。
焦燥に駆られて、C.C.の腕を掴み、半ば脅すようにして、
三度目の契約はこちらから持ちかけた。

「まもなくシンジュクゲットーの壊滅命令が下される。時間がないんだ!
俺に、この状況を打開する手立てを寄越せ。
俺には やるべきことがある。ここで終わるわけにはいかない」

条件が揃わなければ、前回は回避できた危険にさえ飲み込まれるかもしれない。
"知りすぎている"ことについて、少しくらい怪しまれてもかまわない。
どうせC.C.にはいずれすべて話すのだから。
今度こそ、誰もが笑って暮らせる世界を作って、できれば見届けると決めた。
ナナリーを護って、C.C.の願いも叶えて、何一つ毀れ落とさずに、未来を。

「ならば、契約するか?」

C.C.冷えた視線のまま俺を試すように笑みを浮かべた。
その言葉を待っていたと、俺も唇が緩む。

「"力をやる代わりに私の願いを一つだけ叶えてもらう。
契約すればお前は人の世に生きながら、人とは違う理で生きることになる。
異なる摂理、異なる時間、異なる命…。王の力はお前を孤独にする。
その覚悟があるのなら……"」

それが記憶と寸分違わぬ言葉で、可笑しかった。
車内が大きく揺れる。ギアスにしろ、過去に戻ったことにしろ……。

「人の理なんてとっくに外れている」
「何?」
「結ぶぞ、その契約」
「……いいだろう」

C.C.が了承し、契約が完了する。
――そのとき、くだんの一等兵からの蹴りが飛んできて、殺意が沸いた。
なんて空気の読めない奴だ。
テロリストと間違えられて説得されても知ったことではない。

黙っていると、スザクは俺が"ルルーシュ"だと気付いた。
覆面を外されたため、ギアスをかけることはできるが、無駄遣いはしない。
再会を分かち合うのもそこそこに、話題は移る。

「これが毒ガスに見えるのか?」

C.C.の入っていた装置と彼女を見比べて、スザクは異常を察する。
まもなくブリタニア軍がトラックを包囲した。
スザクが上司から命令違反を咎められ、自害を命じられたとき、
囁くような声で、密かに軍人に対してギアスを発動させた。
『枢木スザクを不問にし、特派の手の及ばぬ任務につかせ、自害しろ』、と。
軍人に対し、同情心は沸かなかった。

「ずいぶんと手際がいいな」
「まぁな」

二人きりになった地下で、C.C.が不思議そうに俺を見上げる。
『怪我した女性を病院に送り届けるから午後は休む』とリヴァルに連絡を入れてから、
適当な相手からナイトメアを奪い、反逆を開始した。
もちろん、C.C.も乗せた。

ランスロットの参戦がないため、こちらの有利が続くと思われたが、
遅れながらもスザクが特派と合流したらしく、立ちはだかった。
どこまでも憎たらしい奴だ。変えられなかった、か。
深追いは無駄だと考え、すぐに撤退の指示を出した。

そして。

「お久しぶりです、兄さん。
今は亡きマリアンヌ后妃が長子、第17皇位継承者、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアです」

腹違いの兄である、第3皇子クロヴィス・ラ・ブリタニアと対面した。


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