そろそろ夕食の時間だと教えられて、急に空腹に気づいた。
そうだ、そういえばお腹が減っていたのだった。
書き上げた書類の中から、とりあえず仮編入届けと、それにまつわるものを持って、食堂に向かった。

すれ違う生徒からはじろじろと視線を浴びるが、孫兵はもともと慣れているらしく、平然としていた。
食堂には知っている顔が座っていた。

「紫苑! ……お前、男だったのか」

制服を着た私を見ての作兵衛の第一声がそれだった。
三之助がガタリと椅子を鳴らし、瞠目した。
私は、にぃっと意地悪く笑って、嘘をつく。

ちなみに女子の制服は上下ピンクの忍装束だ。
悪いけど、着ることにならなくてよかったと思ってしまった。
似合っている子はかわいい。

「女だと思ってた?」
「どっちだ、とは思ってた」

神妙に頷かれて、うまく騙せていると内心でほくそ笑んだ。
二人を騙すためには、たしかに口調を変えなくてよかったと思う。

「なあ、それ誰だ?」

彼らと共に座っていた男の子が首を傾げた。

「編入生の紫苑だよ」
「よろしくね」
「私は神崎左門だ」

カンザキ・サモン。この場合もやはりサモンのほうが名前なんだろうな。
あとで孫兵に字を教えてもらわなきゃ。
人の名前にある字のほうが覚えやすいと思うんだよね。
『まごへい』も『孫兵』も、自分の名前も、三之助と作兵衛の名前も、もう書ける。
あとは家族の名前の字も覚えてみたい、かな。

「それにしても、ほんとに編入したんだな」
「まだ仮だけどね。しばらく授業見学してみて、決めるよ」
「い組か?」
「人数の関係で孫兵の部屋にお世話になるんだけど、授業はいろんな組に混ざっていいって」
「じゃあろ組にも来るかもしれねぇんだな」
「そうしたらよろしくね」

迷惑かける気満々だから とは言わなかった。
近くに席が空いていなかったので、私は三人と別れて孫兵と座った。
孫兵がA定食を選んだので、なんとなくB定食にした。
A定食もB定食もそれぞれ、見知らぬ形式でライス、スープ、おかずが並んでいる。
スプーンとフォークが見当たらなくて、きょろきょろと探した。

「どうした?」
「スプーンとフォークは?」

聞けば、孫兵の顔が曇ったので、私はまたもや嫌な予感を察した。
それは孫兵も同じようで、すでにこのやり取りに慣れてきているらしかった。

「今度はなんだ?」
「え、じゃあどうやって食べるの? 手づかみ?」
「箸を使う」

孫兵は、おぼんに載っていた、2本の鉛筆くらいの棒切れを取った。
これ? と聞けば、そうだと返ってきて、孫兵は「頂きます」と手を合わせて、
箸を上手に使って玉子焼きを口に運んだ。

「わ、凄い! なにそれどうやるの?」
「まず箸をこう持って…」

教えてもらって、実践してみるが、これが中々に難しい。うまく掴めなくていらいらする。
ついに諦めて、おかずは箸で刺して口に運んだ。
けれど、ライスは箸を刺しようがない。持ち上げると抜けてしまう。
そもそも味がない、ドレッシングが欲しい!と駄々を捏ねると、おかずと一緒に食べろと切り捨てられた。
悪戦苦闘していると、孫兵は食堂のおばちゃんに『れんげ』を借りてきてくれた。
それはスプーンのように、具やスープをすくって食べるのに使う道具だという。

「私が欲しかったのはそういうのだよ!」
「時間がかかるかもしれないが、ちゃんと箸の使い方も練習するんだぞ」
「うん、するする」

なんだか孫兵は私の保護者になったみたいだと思った。

「ね、孫兵って世話焼きさんなの?」
「生物委員だからな」

つまり、私は手のかかるペットが増えた扱いということか。
孫兵がペットを大切にしているの知ってるから、喜んでいいのかどうか。難しいところだ。


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