じいちゃんの趣味で、うちには畳の和室もあったので、庵にはちゃんと靴を脱いで上がった。
学園長と呼ばれたそのおじいちゃんは、…うん、若い頃にはそれなりに活躍していたのだろうと見て取れた。
座りなさいと言われたのでその場に胡坐をかくと、目を細められた。

「おかしな身なりじゃのう」
「んー…そう?」

すでに反論は諦めていた。
これでも仕事でいろんな国に行ったことがあるのだけど、
ここは私が今まで生きていたのとは遠い場所のようだ。
順応性の高さには自信がある。

「名は」
「シオン」
「どこの者じゃ」
「パドキア。って言ってもどうせわからなそうだけど」

やはり、学園長は聞き覚えがないらしい。
大きな国なんだけどなぁ。
そして、この人は年長者だし、学園長だし、常識はありそうなものだけれど。

「この忍術学園に入学したいと?」
「うん、まあ。ちょっと見学してみたいっていうか」
「見学のう……入学金を払えば入学は許可できるが」
「そう? よかった。じゃあとりあえずお試しってことにしといて」

馴れ馴れしい口調が気に障ったのか、学園長は片眉を動かした。
敬語は堅苦しくて嫌いなので、あらためる気はない。
年齢を聞かれて、十二と答えると、三年生と同じだと言われた。

「三年生ってサンノスケやサクベーと一緒だよね?」
「ああ、じゃが、おぬしは女子(おなご)じゃろう?」
「うん」

中性的でわかりにくいらしい私の性別を、
はっきり当てたことで少し学園長を見直す。

「では、くノ一教室ということになる」
「なにそれ」
「くノ一とは、すなわち女忍者。男女では特性が違うからのぉ」
「授業の内容も違うってこと?」
「ああ」
「えー! 男女差別じゃん」

男兄弟ばかりの中で育ったので、男の子に混ざることには抵抗ない。
そして一人だけ特別扱いされるのが嫌いだった。
自分が女だという自覚はちゃんと持っているけれど、
暗殺者の訓練は同等に受けるわけで、劣っているとは思わない。
いまさら演技以外で"おしとやかに"はないだろうと思うわけだ。
遊ぶときも、一人だけ動きにくい服を着せられるのが嫌で、母さんの趣味に逆らっていた。
スカートを履かないわけではないけれど、だって、母さんの趣味ってひらひらしているのだ。
私の抵抗の反動が弟のカルトに向けられたことについては申し訳ないと思っている。

「見学するなら男子クラスがいいな」
「とは言ってものぉ…」
「女子の特性を磨く訓練なんていらないよ。
それに私は、そこらへんの男の子に身体能力で負けたりしない」

天下の暗殺一家、ゾルディックを舐めるなよ、と思う。
ニンジャの卵とは言っても、私の目から見ればサンノスケもサクベーもまだまだだった。
さらに男女差別されている女子クラスに、私が馴染めるとは思えない。
年頃の、普通の女の子の集団に入っていく自信も経験もない。
街中ですれ違うような黄色い声に混じる……ダメだ、想像できない。
どうせ世間知らずの箱入り娘ですよー。

学園長は苦笑した。
私の言葉を、思い上がった戯言と受け取ったのだろう。
それが、燻っていた私のプライドを刺激した。

「こんなふうに」

一瞬だけ本気を出して、学園長の背後に回りこんだ。
人体操作して爪をナイフのように鋭く、首の傍に伸ばす。
殺気も出していないし、さすがに手加減した脅し方だけど、
とっさには目で追うこともできなかったようなので、悦に入る。

「おぬし…何者じゃ」
「暗殺者」

身の上を明かすと、学園長は死を覚えたらしく、ごくりと喉を鳴らした。

「ああ、勘違いしないで。
私はあなたを殺す仕事なんて請けてないし、殺すつもりもないから。
とにかく、私が男の子に劣らないっていうのはわかってもらえたよね?」

だからくノ一は嫌。そう告げると、それ以前の問題だと指摘された。

「これほどの危険人物を学園に入れることができると思うか?」
「なにそれ、さっきと言ってること違うじゃん。
むやみやたらに殺したりしないし……。うん、約束してもいい。
私は味方につけたほうが得だと思うよ」

『約束』というのは私にとってそれほど重い言葉ではなかったけれど、
問題を起こすつもりがないのは本心だ。私は少しこの場所で楽しみたいだけ。
お願いをしていたつもりが、これじゃ脅迫だったので、殺気を取り払う。
手も下ろして、爪のナイフも仕舞い、元の場所に座る。
軽いとはいえ、私の殺気に耐える学園長は立派なものだ。
学園長は、考え込んでから、私に問うた。

「普段は、その殺気をしまっておくか?」
「うん、もちろん。
能ある鷹は爪を隠すっていうでしょ?
ニンジャと同じで、暗殺者も自分が暗殺者だってばれたら失格だよね。
ここでばらしちゃったのはある意味、私なりの誠意っていうか」
「学園内の人物を殺害することもないな?」
「ない、ない」

私が即答すると、学園長は黙った。
庭から小鳥のさえずりが聞こえる。
長い間があってから、学園長は観念した。

「武器となるものはすべてこちらで預かり、手裏剣等にも許可なく触れるのは禁じる」
「いいよ。見てのとおり、武器なんかなくても強いんだけど」
「……学園では学園のルールと、わしも含めた先生の言うことに必ず従いなさい」
「りょーかい」

ここの生活や規則がどれだけ厳しいか知らないけれど、お試しだからいいや。
いざとなったら見つからない程度に破ってしまえばいい。
ルールは抜け道を探すためにあるのだ。
私は調子よく頷いていき、学園長は深く溜め息をついた。

「今までで一番厄介な生徒となりそうじゃのぉ」
「ご愁傷さま」
「それにしてもおぬしのような年でこれほどの暗殺者とは」

学園長は目を細めた。もしかして、私は同情されているのだろうか。
上には上があるというから、探せばきっと世界には私よりも年下で、私よりも強い子供もいるだろう。
そういうものだ。そして、それ相応の修行や訓練を受けてきた。


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