『忍術学園』に辿りつくと、
出てきた事務員さんに入門表へのサインを求められたので、さらさらとサインすると、
後ろから見ていた二人に、汚すぎて読めないと文句を付けられた。
失礼な。いつもどおりに書いたのに。
しかたなく、崩し字をやめ、ハンター文字ではっきりと名前を書く。
それなのにサンノスケに「これって暗号?」と訊かれてショックを受けた。

「ふつうのハンター文字だけど」
「なんだ、それ。南蛮の言葉?」
「えっ……」
「"シオン"ってこういう字じゃねぇのか」

サクベーは、私から入門表を取り上げて、枠外に『紫苑』という文字を綴った。
カクカクしてて画数の多いそんな文字に、私は見覚えがあった。

「これって漢字…だよね? ここの公用語なの?」

たしかに、漢字はジャポンで生まれたと聞く。
けれどここはジャポンではないとサンノスケが言っていたし、その名称を挙げるとやはり知らないと言われてしまった。
かっこいいから、Tシャツのデザインなんかではよく見かけるけど、日常的に使う言語という認識はない。
『忍術学園』と看板があったのは、じいちゃんが和室に掛け軸をかけているようなものだと思っていた。

「意味わかんねーな。文字は普通、仮名と漢字だろ?」
「うわぁ……通訳よろしく」
「マジで言ってんの?」
「ちょーマジ」

仮名に至っては聞き覚えがあるようなないような、だ。
民族文化はあるにしても、ハンター文字って世界共通語だと思っていた。
ああ、もう。カルチャーショック大きいなあ。

私は、サクベーが書いたのを真似して、自分の名前らしきものを書いた。
ふたりは先生に報告に行き、私は事務員さんに学園長室に案内されるらしい。
事務員の小松田さん(名前を聞いた)も、色は違うけどニンジャスタイルだ。

「あ、その前に電話貸してください」

一応、生きているという報告を家に入れたほうがいいだろう。
サンノスケとサクベーは二人揃って携帯電話も持っていなかったけれど、
どれだけ田舎でもこの建物に備え付けの電話が一台くらいあるに決まってる。
けれど、小松田さんがきょとんとした顔で首を傾げたので、私は嫌な予感がした。

「電話って、なに?」

は、と 驚きが声に出そうになって、私はサンノスケとサクベーの妙な反応を思い出した。
まさか、電話という単語が通じないほど隔絶された田舎なんて、存在したのか。
外部と連絡が取れないという焦りは、……しかし、私の中で別のものに成り代わった。

――これってむしろ好都合じゃないか?

私から連絡が取れないということは、家からも私に繋がらないということだ。
ケータイのGPS機能も、バッテリーが切れていては役に立たない。
こんなド田舎なら、探されたって見つからないんじゃないか。

――家から、解放される?

『帰りたいか』と自分に問うて、『帰りたくない』と答えた。
帰ったらまた、仕事と過酷な訓練を繰り返す面白味のない日々が待っている。
「いつかこんな家、出てってやる」と常々言っていたのはキルアだったけれど、私が先に叶えてしまったってかまわないはずだ。
見つかったら後が怖いけど、だって、この状況は元々不可抗力のようなものだ。
仕事に失敗した未熟な自分を恥じはするけれど、あのとき、死んだと思えば。

――よし、好きなことをしよう。

おーい、と目の前で手を振った小松田さんに笑顔を向けて、私は、学園長室に辿り付いた。


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