弐拾玖
学園追い出されてどうにかなりそうだし、さてプレッシャーの時間です。
孫兵が長屋に戻ってくるなり、正座した。

「孫兵、聞いてほしいことがあるの」
「どうした?」
「実は私、女なんだ」

立ち止まると二度と進めそうになかったから、ガラスを地面に落とすようにあっけなく壊した。
たった一言。それだけのためにどれだけ思い煩ったかわからない。

「……そうなのか」

それだけだと反応薄いように聞こえるが、瞠目して驚いている表情だ。

「だからジュンコと仲良かった、のか?」
「最初は嫉妬されてたけどねー。今は仲良し」

嫉妬じゃないっていうの、本当に懐かしいな。
理屈をつけて納得しようとしてくれているみたいだ。
孫兵は初めて会ったときから親切で、何もわからない私に優しくしてくれた。
おかげで私は不自由することなくとっても楽しく過ごせたんだ。

「性別を隠してたんだけど、もう隠さないことにしたの。
最初に言うなら孫兵がいいかと思って、聞いてもらった」
「それを言って紫苑はどうする?」
「堂々と、心置きなく、ここにいたい。孫兵が嫌じゃなければこのまま生活したい」

異性と同じ部屋が嫌だ・知らなかった騙されたっていう主張があるなら、正当だと思うから、
孫兵の意思は尊重したい。同室の協力は不可欠だ。
だめって言われたらどうしようかな。くのいち教室の長屋から通えるかな?
でも望みが叶うなら、私はやっぱり孫兵がいいなぁ。

「嫌じゃないさ。隠し事を言ってくれてよかった」
「よかった……っ! 孫兵大好き! 詳しくは後で説明するからみんなをここに呼んでいい?」

了解を得たから、他の5人も呼びに行った。
みんなに聞いてほしいことがあるの と伝えて、ちょっと時間がかかったりもしたけど全員集まってくれた。
なんの話だ?とざわめいている中で、三之助の耳にそっと口を寄せる。

「"むかついたら殴っていい"からね」

それを聞いてどういうことだと三之助の視線は鋭くなる。
今から説明するよ って笑えるのは、孫兵という味方が心強い分の余裕だ。
視線を集めて、なにから喋ろうか迷ってしまったので、関係ないところからいってみる。

「えーっとね、私、映画が好きなんだけど、」

すると"映画"という単語が通じなかったので、お芝居のことだよ と注釈を入れる。

「特に学園モノとか友情モノとか大好きで!
私の育った環境ってちょっと特殊で、訓練ばっかりだし仕事もあるし、
学園に来るまで兄弟ともなかなか遊べないし、兄弟以外の同世代の子とほとんど会ったことなかったんだ。
だから、多分『友達』って言葉に憧れてたんだよね。
この学園に来て、初めて友達ができて……できたと私は思ってて、すっごく嬉しかった」
「紫苑……」

友達って宝物みたいだと思った。
信頼を盾に取ればどんな嘘をつくことだって可能だ。
友達が欲しくて、友達を騙す。それじゃあ意味がないと気づいた。
初めて信頼に執着して、真摯に、対等に付き合いたいと思った。
みんな、大好きだよ。

「まぁそんなことはどうでもいいんだけど」

恥ずかしい前置きがぐだぐだ長くなってしまったので ばっさり切ると、みんなずるっと拍子抜けしていた。
本題、本題。
今度はちゃんと吸った息をそのまま吐けそうだ。

「実は私、女なんだよね」

綿くらいに軽くで言い放つと、一瞬空気が止まった。
一拍置いて、「え!?」とか「はぁ!?」とか「本当に?」と驚きの声が飛ぶ。
約二名は黙って私を見ていた。
全員真っ向から否定はしないから、隙だらけの男装ごっこだったなぁ。

「本当本当。脱ごうか?」

それがわかりやすいだろうと思ってさくさく制服の上衣を脱いで、サラシと前掛けだけになろうとしたが止められた。
今まで見分けがつかなかった程度のものだが、
作兵衛がはっとして「脱ぐな!頼むから」と顔を真っ赤にして懇願するのでやめた。
「あー……」と納得のような声も上がる。

「騙された……」
「ごめんね?」
「いや、……紫苑は知らないかもしれないけど、騙されるのはくのたまで散々慣れてるんだよ。
忍たまなら見抜けなかったほうが悪い……けど、うわぁーってなってる」
「あれだけ強いの見たら女だとは思わないよな」
「たしかに最初見たときは女の子っぽいと思ったのに、普通に一緒に生活してる中で違和感なくなったんだよなぁ」
「それって女としてどうなんだ」
「今更だよ」

くのいちだけじゃなく、忍たまにも人を騙す課題があるとか。
私もそのうち取り組むことになるのかな?
山本シナ先生や三郎先輩は顔の素顔は誰も知らないし、性別も許容範囲らしい。

「三之助、ごめんね?」

一人 黙りこくっている三之助に詫びを入れる。
なんか軽い響きになってしまったけど、ほら、もしかしたらこっちのほうが殴りやすいかもしれない。

「……いいよ。隠してたんだろ」

騙して、欺いて、真摯な問いも無下にしたというのに。
あのとき私が紡いだ"いいよ"とはまるで重みが違う赦しをもらった。

「そうなんだけど、悪かったって思ってる。みんなも嘘ついててごめんね」
「なんで三之助に?」
「三之助には見抜かれちゃってたんだー」
「一番気付かなそうな奴に負けた!?」

作兵衛が大げさにショックを受けている。
みんな笑うばかりで、私を責める様子はない。
私も一緒になって笑ってていいのかなぁ。

「それで、なんでくのたまじゃなくて忍たまになったんだ?」
「だって最初は三之助、作兵衛に会って楽しそうだと思ってついてきたんだもん。男女別だなんて聞いてなかったし、向かないと思った」

そういえば私の名前に漢字を宛てたのって作兵衛なんだよね。
今では別の字を宛てることも不可能じゃないって知ってるからこそ、名付け親みたいだ。
文字の読み書きができるようになったのは努力の賜物とみんなのおかげ。

「元々長く滞在することも決めてなかったから、
学園長先生とはもし誰かにばれたら学園から出て行くっていう約束で」
「っ! じゃあなんで僕たちに喋ったんだ!」
「隠しておきたくなくなったから。それに、学園長先生が」

新しい条件を出してくれたから。そう言うより早く、三之助が立ち上がった。

「俺、学園長先生に頼みに行ってくる」

すると「私も行く」「僕も」と次々立ち上がって、止める間もない。
いやだから新しい条件を出してくれてね、みんなが受け入れてくれたからもういいんだよ、仙蔵センパイにはけっこう早くにバレちゃってたしね?
って言うのは、良い予感がしたのでやめた。

「俺も――おい ちょっと待て 左門!三之助!そっちは違う方向だ。ああもうこんなときに」
「あははははっ」

いつもどおりすぎてついに声を上げて笑ってしまった。
お前のことだろ!?と睨まれて、さっきの種明かしする。
迷子捜索手伝うから。あとでふたりにはまたちゃんと謝るから。
なんなら甘味おごるから、今はいつもどおりでいられる幸せを味合わせて。

「紫苑、いいか。お前も方向音痴なんだから絶対離れんなよ!みんな見張ってろよ!?」
「はいはい。手分けしたほうが早いと思うんだけどねー」
「やめろ!」
「あ、さっきの話の続きだけど、質問とかあればどーぞ。今日はできるだけ本当のこと言うよ」
「できるだけって……」

意識しないでついてる嘘もあるんだから、まったく嘘をつかないって難しい。

「紫苑が南蛮出身っていうのは本当?」
「どこから来たのかわからないのが本当。
それが南蛮なのかはわからなくて、便宜上使ってた。多分海の向こうだと思うんだけどねー」

みんなが複雑そうな顔をした。
この言い方だとなんか可哀想な子みたいになっちゃった?
作兵衛は間違いなく方向音痴=迷子=帰り道がわからない の図式を描いてるよね。
方向音痴以外は否定できないけどさ、私はあのふたりほど酷くないと思うんだ。

「あとは、んー……実家が殺し屋で私も元はプロの暗殺者ってことも言ってないねぇ。
別に見せたくないってこだわりはないけど、
身体に訓練の痕がついてるのは言い訳と見せかけて本当なんだよー」
「…………」

今では痛む傷はほとんどなくなってきたし、愛着も忌々しさも感じていない。
私のはこういう身体だ。
ただ くのいちとかに向いてないなって思うだけで。

「どうしたの?」
「そっちのほうがびっくりした」
「あらま」

言って喜ばれる話じゃないとは思ってたからなんとなく隠してたんだよね。
でもこれは私にとって嘘をついてもいい話題っていうか、
暗殺者の分別として仕方ないことだから罪悪感もなかった。

「別に学園のみんなには危害加えないよー。むしろ守る守る」
「……紫苑はあれだけ強ければ忍たまの授業も実習も平気だよね」

楽勝 というおごりは胸の中にだけ留めておく。
嘘つきと同じように、「忍者を目指せばいつかは人殺しになる」からという理屈で覚悟はあるらしい。
どの程度なのかは知らない。
目の前に血まみれの手を突きつけられたわけでもないから、強がりかもしれない。
それでも、そう言ってくれるのは嬉しかった。

「あ、もう一個言い忘れてた。
私ね、訓練受けてるからたいていの毒効かないんだよー。
だからジュンコに噛まれようが治療しなくて大丈夫なの」
「それは早く言え」

孫兵に小突かれた。
毒が効かないってどういうこと?と訊いてくるのは数馬だ。
もしかしてそのうち保健委員会の薬の被験者にされるかな?
効かないからあんまり意味ないんだけど。

「左門!」
「三之助!」

見当外れの場所にいたふたりを無事捕獲した。
そもそもの元凶はみんな学園長先生に抗議しようと飛び出してくれたことって考えると、とても嬉しい。
彼らが友達で、打ち明けられてよかったと心から思った。

何か変わってしまうかもしれない。
けれど、ここで生きて行こうと思った。


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