弐拾捌
仙蔵センパイに相談した後、一度部屋に戻ることにした。
「言う」方向に決めたからには緊張する。
きっと飛び込み台の前で後込みしているほうが恐怖は増すものだ。

二人部屋に帰ると孫兵は不在で、ジュンコがとぐろを巻いていた。

「お前はいいね、女の子だけど、孫兵と一緒にいられる」

手を伸ばせば腕に絡まりつくように近づいてくれる。
此処に来てからいろんなことがあったなぁって思う。
今はすっかり慣れてしまったことも全然当たり前じゃなかった。
文字も、食事も、住居も、忍者も。
同世代の生徒がたくさんいることも、友達ができたことも。

「でも、この在り方は私が選んだんだ」

そして、選ぶ。

短期間のつもりだったから成立した男装だった。
このままではいつか性差が現れてしまうのは避けられない。
最後まで――卒業まで一緒に、ここでみんなと学びたい。
そのために声に出して願おう。

「いってくるね」


学園長に面談を申し出ようとヘムヘムに声をかけたら、
ちょうど探していたところだったと伝えられた。
お客さんが来ているらしく、庵に近づくと話し声が聞こえた。
問題児ではないのだから、今日は態度とかしっかり気をつけようと胸に留め、
襖を開けると知らないお兄さんがいた。

「失礼します」
「学園長、この子ですか?」
「うむ。紫苑、中に入りなさい」

礼儀正しくておとなしいふり礼儀正しくておとなしいふり と頭の中で呪文を唱える。

「初めまして、紫苑といいます」
「山田利吉です」

ヤマダ……山田先生の息子さんか!
"利吉さん"って響きもどっかで聞いたことある。
隙の少ない様子を見ると、プロの忍者かもしれない。
利吉さんはしばらく私を観察したあと、苦言を呈した。

「学園長先生、三年生が例の依頼をこなしていたとはとても思えません」

例の依頼……学園長から学費代わりに労働させてもらってるあれか。
たしかに私以外の三年生にはまだ無理だろうな。
学園長を見ると意地悪く笑っていたので、軽く実力を見せることにした。
脅すのには懲りたからやめて、三郎センパイに大好評の分身の術――肢曲を見せることにした。
緩急をつけた歩行による残像で、利吉さんの周りをぐるっと囲う。

「これでもですか?」呆気に取られた様子に満足して、用事が済んだので元の場所に座り直す。

「今のは……?」
「この子は学園に来る前から暗殺者での」
「実力はあると思いますよ」
「……わかりました。では、お話します」

利吉さんの用件はスカウトだった。
最近腕の良い暗殺者が現れたと一部で評判になっており、
とあるお城から調査の依頼があった。お殿様が会いたがっているらしい。
忍術学園の学園長先生なら何か噂を知っていないかと訪ねたところ、
この学園の生徒――つまり私だったと。
しかも五・六年生かと思って待っていたら三年生だったので驚かれているというわけだ。

評判になる程度には客観的に見て私は価値のある人材だということだ。
お情けや脅しで学園長に仕事を貰っているわけじゃない。弱みが一つ減る。

「私が忍務をこなしたりお殿様に認められたら、
学園の名を評判を高めることにもなるでしょうか」
「忍務の内容によっては学園の名を伏せることも多いが、まぁ否定はできんの」

そりゃ暗殺の忍務とか、情報を漏らさないように気を使うよね。
有効に評価されるのは護衛の忍務とか恨みを買わないような仕事か。

「お殿様に会いに行くのはかまいませんが、その前に、学園長先生にお願いがあります」

授業が休みのとき暗殺者個人への仕事として受けたりしたら、
ちゃんと授業料を納められるなぁと思いながら、学園長先生に向かって姿勢を正した。
何かと問われるのを待たないで、床に手をついて頭を下げる。

「私を性別不問で卒業まで忍たまクラスにおいてください」
「性別……?」
「私は女です」

利吉さんはプロ意識ありそうだしこれから仕事するところだし、聞かれても問題ないだろう。
公にしてしまおうとしているんだから、これくらいで竦んでいてはいけない。
それ以上利吉さんは問わず、静観した。

「誰かに悟られたか」
「いいえ。伝えることを許してほしいと思います」

不利なことをわざわざ伝える必要はないよね。
私は学園長先生をまっすぐ見据えて喋る。

「正直、男か女かなんてどうでもいいと思うんですよ。
特に不便に思うこともないし、身体的にはどこも劣ってると思わないし、
いろいろ学んだ上でも私はくのいちより忍者の方が適性あると思うし。
……思います、し。
でも仲の良い友達に訊かれて偽るのが嫌だから、明かしてしまいたいです」

身体能力は大人にも劣らないと自負している。培ってきた技術もある。
侵入調査で男役はできないにしても、他のことで私にしかできないこともあると思うし、
希少価値のある存在になってみる。

「嘘をつくのは苦痛か?」

忍者にとって嘘は必要になることもあるだろうから、必要な資質なのかもしれない。

「必要な嘘、意味のある嘘はつけます。私嘘つきですから。
でもこれは意味も志もない嘘だから、持っていたくないんです」

これは完全に我が儘だし、私の理屈だから共感を得ることは無理だろうと思う。
ひとかけらでも理解してもらえたら、できるかぎり認識してもらえたらありがたい。

「学園に来たばかりの頃と随分な変わりようじゃのぉ」
「私もそう思います。きっとみんなの影響です」

こんなに一つのことにこだわって守ろうとしたことなんてなかった。
なにがなんでも失いたくないって思うくらい大切なモノに出会えた。

「女子(おなご)としての生活をしたいわけではないのだな」
「表面上は今までと何も変わらないままがいいです。無理に変える必要もないと思うし」
「それには他の生徒の協力も必要だとわかるか?」
「……そうですね」

孫兵が嫌だと言ったら同じ部屋にはいられないし、
長屋でも教室でもトラブルが起きるなら私は出て行くべきだ。
学園長先生の許可を貰うのは第一段階でしかない。
みんなも了承してくれなきゃ私が欲しいものは得られない。

「忍たまクラスに女子がいること、急に公表しては混乱が起きるじゃろう。
身近な相手から説得して協力を得なさい。
最終的な確約は同学年の全生徒に秘密を明かして承認を得ることを条件とする。
もちろん学力の出来で落第の可能性はあるが……」
「いいんですか」
「なに、健やかな生徒を応援するのが教師の役目じゃ」

それなら最初からいろいろと条件付けないほうが……とかは口に出さない。
向き合うべきことが終わったわけじゃない。
むしろ今からが正念場だ。

その前にーーこちらの話がまとまったので、
利吉さんに付き従ってお出かけする日程などの約束を決める時間になった。


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