弐拾漆
お茶が美味しいなぁ。
正座にはまだ慣れないけど、お茶の味には慣れた。お煎餅も美味しい。
「話聞いてほしいんですけどいいですか?」って訪ねたら、仙蔵センパイは文次郎センパイを追い払って、お茶を入れて迎えてくれた。
和んでいると、仙蔵センパイは「話というのは兵太夫のことか?」と聞いた。

「なんで兵太夫なんですか」
「お前にカラクリを仕掛けてるだろう」

たしかに対外的に見た大きな変化はそれだな。

「それは別に迷惑だと思ってないですよー」

私の日常には娯楽的な刺激が必要だ。
こちらの都合が考慮されないとはいえ、手の込んだカラクリを見たり体験するのは楽しいし、物作りの技術や発想には素直に感心している。
そのセンスには才能を感じるし、根性と向上心は見上げたものだ。

「私は同じものを作れって言われても無理だから、尊敬してます」

逃げるのも壊すのも容易だが、創るのは難しい。
ここは忍者の学校だし、罠の技能が上達するのは良いことだと思う。
私には弟もいるから、年下の男の子が頑張っているのを見ると微笑ましい。
後輩として友人として尊重したい。この学園では自由であってほしい。私が自由でありたいから。

「そうか。……兵太夫はお前に一度でも悲鳴を上げさせたいんだそうだ」
「それは無理です」

生まれたときから拷問まがいの英才教育を受けていた私に、泣いて喚いて取り乱せっていうのは無謀だ。
実家では訓練として敷かれている罠に引っかかるほうが悪い って感じだったからなぁ。埋まろうと縛られようと簡単に脱出できてしまう。
しかもわざとらしいリアクションはかえって反感を買う。
将来性は否定できないが、少なくとも兵太夫の今すぐの実力では無理だ。

「やりすぎないように、とは言ってあるが」
「別にいいのに」
「しかし紫苑が本気で怒ったら学園の誰も手に負えないだろう」

そりゃそうだけど、私ってまだそんな危険人物に見えるのだろうか。
仙蔵センパイは忍務のときの私の様子を知っている。

「だから怒らないようにしてるんですよ」

集団生活に溶け込むようにってずっと気をつけてたから、この学園に来てから手加減が上手くなったし、性格も丸くなったと思う。
わからない授業でもかなり忍耐力はついた。
育ってきた環境から、この学園の誰とも性質が合わない異端な存在だと自覚がある。
箱庭に見合わない力を振りかざしてはいけないと自戒した。

「負担にはならないか?」
「大丈夫です」

その程度の試練はなんでもないって思いたい。
今後何があるかわからない学園でやっていくには、自分の能力を過信することが必要だった。

「そうか、それならいい。では他の相談だな」
「うん……じゃなかった、はい。えっと」

一人では手に負えないからセンパイに相談しようって決めたのはいいけど、なんて言えばいいのか少し悩んだ。
思いつくだけのことを言葉にしたら仙蔵センパイがまとめてくれるかな。

「私はここにいていいのか、いつまでここにいていいのかって考えてしまうんです」
「お前はれっきとした学園の生徒だろう」
「でも私、女だから。みんなに嘘ついてるから」
「……学園長との約束は"周囲に性別がばれたら終わり"だったか」
「そう。そしてこのあいだ、三之助にバレかけました。ごまかしたけど、疑いは晴れてない」

いつかは無理が出ると予想できたことだ。

「そうか。口止めは?」
「してないけど、三之助は言わないと思います」
「信用しているんだな。では紫苑が心配しているのはなんだ?」

たしかに三之助にバレたことがすぐさま学園を追い出される理由にはならない。

「三之助に対して後ろめたい……です」
「三之助だけか?」
「ううん、みんな」
「それは自業自得だな?」
「……はい」

なにを今更、と言われるのもわかる。
自分で自分の首を絞めただけのことなのだ。
情けない相談をしていると思うが、仙蔵センパイはあっさりと案を提示してくれた。

「−−学園長との約束なら、入学したての頃と比べてお前の気持ちが変わったのを正直に伝え、条件を変えてもらうよう頼んでみたらどうだ」

暗い方向に迷い込んでいたから、出口が見えると縋りたくなる。

「条件……たとえば?」
「くのいち教室に編入するか、そのまま男子クラスに残るか。学園長だって出会った頃よりはお前を信用しているさ。生徒に学園から出て行けとは言わないかもしれない。
男子の授業についていく能力はあるし、将来的にもくのいちよりも忍者の仕事のほうが向いていると判断されれば許可が下りるかもしれない」

"かもしれない"ってところがなんとも言えない。

「それって、今の条件が守れなかったって学園長に言わなきゃいけないですよね」
「多少のリスクは仕方あるまい。追い出されたらまた入り直せばいい、お前はそういう奴だろう?」

うん、元の"シオン"だったらそうかもしれない。
最初は学園長を脅してここに入れてもらったくらいだ。
学園に愛着がなかった頃は、追い出されたらまた別のところに行けばいいって気軽に思ってた。
いつのまにこんなに優柔不断になったのかわからない。
罪悪感さえ抱いていなければ、自己中心的な考えができれば、私がいたければ居座ればいいって思えたはずだ。

「でも……それができても、いつかみんなにバレたら」

結局、私を縛っているのは学園長との契約じゃないのかもしれない。
出ていなきゃいけなくなることだけじゃない。
ずっと嘘ついてたから、あわせる顔がない。
居心地悪くなること、みんなの態度が変わってしまうことが怖い。

「あいつらの中のお前を信じてあげなさい」

仙蔵センパイはやさしく言った。
短い間だけど、私にとってかけがえがないほど大切で楽しかったように、みんなにとっても何か残ってくれていればいい とは思う。思うけど……

「嘘ついてること、三之助も孫兵もみんな許してくれるかもしれない。でも私は私を許せないんだ。それにみんなの態度が変わってしまったらそこは別の場所だと思う」
「ならばくのいち教室に編入するという道もある」

それは違う。
私はみんなと一緒に居たい。だからこんなに悩んでいるのだ。
あぁ、我が儘だな。

「お前がどうしたいかだ」

"ここにいたい"という願いはシンプルだ。
『許されない』という思い込みを除いてしまえば、自ら出て行く選択肢はない。
じゃあ"どういう形"でここにいたいんだろう?

できることならこの学園を卒業したい。卒業までみんなと一緒にいたい。
−−紫苑として嘘をついたまま? それは吐きとおすに値する嘘だろうか?
−−"シオン"として新しく出会い直す? くのいち教室に入る? 

……我が儘を言えば 紫苑のまま、けれど嘘をつかず……受け入れてもらえるだろうか。

「少し考えます」

すべてを得ることはできないことくらいわかる。
選択肢は広がった。あとは、たしかに私次第だ。

何も偽らなければ何も悩まなかったのか? そんなことはわからない。
人間関係の中で態度の変化はいくらでもあるのかもしれない。

「もしも」に怯えすぎる臆病さは私らしくない。
なくすのが怖いほど大切な物を手に入れたってことだ。
怖いのに、最初からなければよかったとは思わない。
なくしたら探す、壊れたら直す、新しい物を見つける。そういう努力ができないわけじゃない。
怖さを踏まえた上で手を伸ばせたら、もっとかけがえのない物を得られるかもしれない。

必要なことがなんなのか考えて、まずは一つ目の賭けをしてみようか。


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