弐拾陸
三之助はよそよそしくなった。
好奇心に目を光らせるのではなく、ぱっと視線が合えば目を逸らす感じ。
喧嘩したのかって言われるけどそうじゃない。
なんて声をかければいいのかわからなくてよそよそしいのは私も同じだ。

嫌われたのかと思ったけど、そうじゃないのは、行動の端々に優しさを感じることからわかる。
ぎこちないだけで、避けられているわけじゃない。
視線が合うってことはそれだけ見られているってことだ。
今までみたいに体術の試合をしてくれなくなったり、重いものを運んでいると手伝ってくれたりする。
まるで「女の子扱い」だ。私がそんなにカヨワクないってわかってるはずなんだけど、
納得が追いつかないというか、距離を掴みかねているみたいだ。

証拠があるわけじゃないし、私を気遣ってくれているから、わざわざ他の人に吹聴するようなことはしないと思う。
ただ、無意識な分だけ隠すのが下手だから、戸惑いが生じる。

ほら やっぱり変わってしまう。
性別なんて些細なことだって断言できないの。

私の本来="シオン"と、男装しての"紫苑"としての生活は全然違う。
忍術学園に来てから生活が一変して、性別と一緒に性格まで偽っていたような気がする。
自然体の範囲内だけど、少なからず「女の子っぽい行動」は避けるように努力してた。
人を殺すばかりの生活じゃなくて、友達がいるあたたかみのある日常になった。
環境が変わって、秘密を作って、意識が変わって、自分を偽っていたから、まるで別人だって言っても差し支えない。
女の子扱いされたら、"紫苑"が崩れてしまう。

せっかく偽りの自分が受け入れられているように感じるのに、それを手放すことなんてできない。
"シオン"という女して「はじめまして」からやり直して、同じように好かれるとは思えない。
だって初めてできた友達なんだよ。すごく大切なの。
本当に苦しいのは、嘘をつく罪悪感 よりも 素の自分を好きになってほしい けど 好かれるはずがないと思い込んだ葛藤かもしれない。

「うわっ」

悲鳴が聞こえて、思考を中断した。
行ってみたら校庭に穴があいていて、覗き込むと底で数馬が苦笑いを浮かべた。

「だいじょうぶー?」
「紫苑!ごめん、手貸して」
「うん」

制服を少し土で汚した数馬を地上に引き上げる。

「怪我してない?」
「大丈夫。いつもごめんね」
「お安い御用だよー」

数馬はよく穴に落ちたり、罠にひっかかったりする不運さんだ。
保健委員には不運な生徒が集まりやすいらしい。
転んだりばらまいて散らかしたり、保健室に行くとたびたび愉快な光景に出会う。
私自身が怪我することは少ないけど、実習の後に余裕があって怪我人を保健室までつれていくことがよくある。

委員会の話をすれば、作法委員会は罠を仕掛ける側だ。
あの落とし穴は喜八郎先輩が掘ったものだろうし、兵太夫もいる。

「数馬、ちょっとそこで待ってて」

踏んだ廊下の床には違和感があって、平均的な幅で飛び退けば、すぐ目の前を複数の矢が通り過ぎる。
仰け反って避ければ、地面すれすれに張られた縄に足を掬われる。
そのまま後ろに手をつけば、頭上から網とタライが降ってくる。
横に転がって避ければ、その先の地面には落とし穴が……。

一つ発動させれば、二重三重に連結していて、確実に相手を追いつめていく。
シンプルだけど想像力に富んで、良い仕掛けだ。
きっと三年生が実習に出かけている間に仕上げたんだろう。
だんだん隠し方も巧妙になってきた。

兵太夫の、作る罠は確実に洗練されている。
たぶん、私のせいだろう。

最初は別に鍛えてあげようとか思っていたわけじゃないんだけど、
芽を摘んでしまうのは悪い気がして、好きなようにさせていたら、結果として協力しているかもしれない。
わざわざカラクリを見つけ、順序に乗っ取って発動させて、それでも自分が怪我をしないくらいの余裕が私にはある。

完全に無視して罠を避けるって選択肢もあるけど、そうすると罠が発動・回収されなくて、次に通る人が危ない。
この学園にいる人はみんな忍者か忍者の卵なんだから一年生の仕掛けた罠くらい大丈夫かもしれないんだけど、兵太夫は私向けに遠慮なしの罠を張るから、素直に私がかかるのがシンプルだ。
私が通るタイミングで発動されるように調整してるみたいだしね。

リスクやめんどくささは少なからずあるけど、楽しんでいるのもたしかで、何か、この学園の役に立てるなら、技術を残せるなら協力したい と 思う程度には私は好意的なのだ。
三郎先輩との技術交換をきっかけに、実家で培った暗殺技術をお遊び程度に手品みたいなレベルでひけらかすことには抵抗がない。

きっと『あまり長居できない』って思うのと関係しているんだ。
明るい顔でここにいるための努力を続けると同時進行的に、いつここを去ったらいいのか、ってタイミングを窺ってる。
本当は早い方がいいのにって思いながら、決断できなくて罪悪感を抱えている。

憎まれ役のターゲットでも、『私にしかできないこと』って日課があるのは精神的に救われる。必要とされている気がして。
止めたほうが兵太夫のためになるかもしれない、絶対に間違っているのに、放置するのは結局私のエゴなのだ。
楽しいことだけ選んで、苦しい決断は先延ばしにしてしまう。
楽しさだけ感じて生きていけたらいいのに なんて甘ったれた願望を抱く。
私がいないほうが、たとえば兵太夫だって気を煩わせることがないのにね。


誰か、私を許してくれないかな。

−−違う。

許してくれる人はきっとたくさんいるのに、誰に許されたら私の気持ちは楽になるのだろう。


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