弐拾参
『オレは紫苑がほんとは女なんじゃないかと思ってる』

言い当てられ、不覚にも一瞬声を失った。
訪れた沈黙に慌てて、息を吸い直す。
三之助の問いは、真剣でありながら、たしかに一瞬揺れた。
それで、確証を持っているわけではないのだろうと判断し、苦笑いを作って誤魔化す。
きっと まだ 大丈夫だ。

「何を今更。そりゃあ私は女顔だけどね?」
「ごめん。でも、本当に女の子に見えるんだ。
化粧なんかしなくても、そうやって髪を下ろしただけで」

雨で、髪をほどいたことを後悔した。
けれど、それがすべての悪因という話でもない。
私は怯えながら楽観的で、だからこそ怯えていたのだけど、
『絶対にばれない変装』をしてきたわけではない。
平然とした態度と言葉で押し通して、実力行使は返り討ちにしてきた。
ゲームのように始めたそれを、どうやって終わらせればいいのか、繋ぎとめればいいのか、わからない。

「髪なら、仙蔵センパイのほうが綺麗でサラストだけど」
「紫苑と立花先輩は全然違うだろ。オレ、あの先輩苦手なんだけどさ。
それに紫苑ってなんか、良い匂いするし」
「それは多分くのいちの子にもらった匂油使ってるから……」

くのいちの風呂場を使ってるから、とは言えない。
事情を知っているくのたまの先輩が、使っていいと言ってくれたのだ。
いろいろとカルチャーショックもあって困っていたから、髪の扱い方についてタカ丸先輩に聞いたりもした。
……そんなことを今思い出しても、なんの解決策にもならないんだけど。

「それから、紫苑が女に間違えられても怒らないことも、
時間ずらして風呂に入ってることとかも、それっぽく思えてきてさ。
慣れてるって言ってたし、痣があるっていうのは聞いたから的外れなのかもしれないけど、
一回思ったら、そういうふうにしか思えないんだ。だから」

脱いだ制服の水分を絞る私の手には、まったく力が入っていなかった。
死刑宣告のようなそれを、呆然と聞き入る。

「悪いけど、もう一回はっきり教えてくれる?」

――男だと言えば、三之助はそれを信じるのだろうか。
――女だと言えば、三之助は私を受け入れるのだろうか。

仮に私が男だったなら、この質問はかなり失礼な部類だ。
だからこそ彼は殴ってもいいという前置きをしたのだし、
私が本気で殴ったら痛いではすまないことは承知済みだろう。
三之助の確信はおそらく80%近い。
間違っていて、私が本気で怒って、たとえば土下座しろと言われればきっとする覚悟なんだろう。

――真実は決まっている。
けれど、それが私にとっての正解とは限らない。

自業自得だとわかっていても、私は三之助に知られたくない。
一部の上級生や先生、くのいち教室の子に知られるのと、
忍たまの三年生に知られるのは、天と地ほども違う。
だって私は、彼らのことを対等な友達だと思っているから。

先輩やくのいちの子は、私と常に一緒にいるわけじゃない。
気が向いたときに面白がって協力してくれるというだけ。
むこうの気が変われば、かかわらないようになるだけだろう。
嫌がらせで後輩の秘密をばらすほどあの人たちは暇じゃない。

でも、同じ学年の友達に知られたなら、それはゲームオーバーだ。
三之助が秘密を守ってくれないと思っているわけじゃない。
単純に知られたくない相手であり、態度が変わるのが嫌なのだ。

たとえ他の人には黙っていてくれるように頼み込んだって、傍にいれば、態多少なりとも女扱いになる。
秘密を共有して、気を使わせるようなことを友達に強いたくない。
一人にばれたら芋ずる式に他の人にもばれてしまいそうで怖い。
だったら、みんなにバレてしまう前に、私は、此処を出て行く覚悟を決めなくちゃいけない。

だからこの質問は私にとって致命的だ。
けれど、まだ、足掻くことはできる。誤魔化す術はある。
それが結論を先延ばしにする、なんの解決にもならない策だとしても。
嘘を上塗りするたびに、息苦しくなるだけだとしても。

「三之助が私のことどう思ってるのかはよくわかった。
でもさ、私、三之助より背は低いけど、三之助より強いよ」
「……だから?」
「見かけで判断するな、ってこと」

偉そうに、空っぽな言葉を吐く。
実力を振りかざすのは卑怯だけど、それしか拠り所がない。
騙すことも正直になることも怖くて、質問に答えず笑ってごまかす。

たとえば怒って、殴ってみせれば、パフォーマンスとしては最適だ。
だけど、グーでもパーでも、殴れるはずがない。
三之助は何も悪くないし、間違ってもいないのだから。

「間違えられるたびに怒ったほうがよかった?
基本的に私って凶暴だから、できるだけマジギレしないように心がけてるんだ。
だから大丈夫、三之助に対してだって、それくらいじゃ怒んないよ。いちいち怒ってたらきりがない」

これは何割か本当。
キレると相手を殺しそうになるから、沸点は高く置くようにしている。
大抵のことは、軽くあしらっていれば済むことだ。

「風呂の時間をずらすのも、仕方ないと思ってもらうしかないなぁ。
見てるほうも気分がいいものじゃないと思うけど。拷問の痕って。
でしばらくして痣が薄くなればやめるかもしれないけどね」

拷問という単語に、三之助が息を飲む気配がした。
これも完全な嘘ではない。
敵に捕まったとかじゃなくて、家庭の拷問訓練でついた痕だけどね。

「証明として、どうしても見たいっていうなら、見せてあげるよ。ただし、勝負して私に勝ったらね」
「それは、卑怯だ」

私と三之助の、単純な体術としての実力差は、まだかなりある。
一朝一夕で覆るものでないのは明白で、追いつかれる予定もつもりもない。

「卑怯で結構。
私にも、譲れないところはあるけど、譲るところもあるから勘弁してよ」

少し危険な橋を渡らなければ、この場は収まらない。
着替えるついでに、胸のサラシを巻きなおした。いつもよりもきつく、固く。
その上に、湿ったままの制服を着直した。
髪も、汚いながらに無理やり結い上げて、いつも通りという名の防護壁が完成。

喋りながら、大木の反対側に回って、三之助の手を引いた。
そのままその手を、私の心臓の辺りに押し当ててみせる。

あんまりこういうことは言いたくないけど、私に谷間などない。
同い年のくのたまと比べても……っていうか、くのいち教室の子たちが可愛くて大人っぽすぎるのだ。
元々発育していない胸、きついサラシ、制服、位置も中央で、胸よりも少し上。
はっきり言って、これだけじゃ性別の判断なんてできないだろう。
重要なのは、私に証明する意思があるっていうのを示すこと。

パンパンッと軽くはたくように三之助の手を動かさせてから、元に戻す。
こんな手段に出るのは予想外だったらしく、三之助は何も言わない。

「……ね?」

必死さを覆い隠して笑ったつもりだったんだけど、
三之助の目にはどう映っていたんだろう。


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