拾玖
くの一教室にも、何人か私の秘密を知って、味方してくれる人がいる。
風呂場とかで鉢合わせしたり、いろいろ。
その都度事情を説明して口止めしている。
さすがにくの一教室がつまらなそうだから、とは言わない。

バレたのがいい性格してる先輩ばかりだから、まだ助かっている。
けっして『性格がいい』わけではない。
学園長とシナ先生が私の存在を承認しているという事実も助けになる。

私の身体を見れば息を飲み、事情があることを察したふうになる。
勘違いしてくれるならそれはそれでいいか、と思う。
味方が増えるのは都合がいい。
気を抜いたらいつか飽和するとわかってるけど、『仕方ない』が増えていく。


* * *


明日の三年は組の授業内容を聞いたら、
女装して遠出して町で情報収集だという。
そして、私はそれに参加する。

「……女装の授業なんてあるの?」
「女装っていうか、変装の授業だね」

私が質問すると、数馬は丁寧にレクチャーしてくれる。
授業外のこういう時間が貴重だったりするのだ。

「変装の基本は、この前も教科書に出てきた七方出なんだけど、
見た目子供で、芸能も習いたての下級生じゃどうにも様にならないでしょ?」
「だけど女装なら年齢は関係ない、と」
「そゆこと」

たしか七方出とは虚無僧・出家・山伏・商人・猿楽・放下師・常の形 だったか。
小テストがあったので暗記した記憶がある。大変だったなぁ。

さて、男装して学園にいる私が授業で女装するということについて。
女の格好をすれば、さすがに女に見えてしまう。
バレたら嫌だなぁ!と強く思っているのに、どう誤魔化していいのかわからない。
深刻な問題なので、味方に引き入れたばかりの、仙蔵センパイに相談してみることにした。

作法へ勧誘の仕方は強引だったものの、仙蔵センパイは頼れる。
『私は味方につけたほうがいいぞ』という言は嘘でなかった、というか。
彼の影響力はすごい。上級生からの表だった嫌味は奥に潜み、陰口に変わった。
しつこく突っかかられないだけ、平穏になったというわけだ。
脅しも冗談だったらしく、あれ以来は私に協力することさえ面白がっている。

そんな仙蔵センパイ曰く、
『紫苑、女だからといって女装が上手いとは限らないぞ
変装は外見だけの問題ではないからな』とのこと。

『どうすればいいと思います?』
『女装するなら徹底的に化けろ。ギャップはあればあるほどいい。
化粧は藤内に頼んでもいいが、今回に限っては特別に私が施してやろう』

その言葉に甘えて、翌朝早くに先輩の長屋を訪れた。
髪を下ろし、サラシの上から胸にも詰め物をして、借りた女物に着替えていた。
先輩は化粧前の私に、「そうしてると本当に女の子だな」と言った。
そりゃあ私だって、自分が男装して生活することになるなんて思ってなかった。
まあ、提案したのは自分なのだけど。

慣れた手つきで化粧を施し、髪も結ってくれた。
髪飾りはおまけだそうだ。
ついでに口調や仕草に関する助言も受ける。
そうして、仙蔵センパイは一つ頷いた。

「完璧だ」

鏡を見せられて、びっくりした。
変わるものだなぁ。
私は、お礼を言って仙蔵センパイの長屋を後にした。

途中、文次郎センパイとすれ違った。
訝しげな顔をされたので、余裕たっぷりに微笑んでみた。
私は、楽しいことが好きだ。猫を被ろう。
今日の私は、誰よりも女の子なのだ。


* * *


「ただいま」
「紫苑、か?」

部屋に戻ると、孫兵は目を瞬かせた。
姿が違うと気分が違う。
気分が違うと、態度も変わる。
たとえば声が一段高くなる、とか。

「似合う?」
「一瞬 誰かと思った」

それを最高の褒め言葉と受け取った。
孫兵の女装も美人に間違いないと思うんだよね。
今度、それで遊びに出かけてみたいなぁ。


* * *


朝食の時間、食堂は騒然としていた。
ご飯を食べたらすぐに出かけるから、つまり三年は組が女装して集まっているのだ。
先輩後輩からからかいを受けることも多かった。

藤内も数馬も、すっかり町娘のよう。綺麗で可愛い。
数馬の化粧も藤内がしたそうだ。仙蔵センパイ直伝でお墨付きだから、さすがだ。
作法って首実検で死に化粧も学ぶし、余った時間は遊んでるんだろうな、と思う。
今度私も教えてもらおう。
ふたりを驚かせて、褒めてもらって、私もご満悦だった。
半分以上は仙蔵センパイのおかげだろうけど。

「誰、だ?」

ろ組も食堂にやってきて、私にそんなことを言うものだから、面白くて余計に微笑む。
声を出すとバレるだろうから沈黙が流れた。

「……紫苑?」
「大正解!」
「うわー! 別人みたいだなぁ」
「似合うだろうと思ってはいたけど……うわぁ」

左門は騒いで、作兵衛は自分の口を押さえた。
三之助は最初に呟いたきり、何も言わない。

「お取り込み中悪いけど、紫苑、時間」
「もうそろそろ行かなきゃ」
「あ、うん」
「頑張ってこいよ〜」
「うん!」

急ぐといっても、歩き方・走り方にも気を使う。
藤内や数馬を見習わなきゃ。
いつもがざつだったつもりはないけど、ギャップはあればあるほど良いらしいから。


* * *


は組が出て行った食堂に、ろ組の三人は取り残された。

「女装した紫苑って三之助の好みど真ん中だよなぁ」

作兵衛は、まだ顔の赤い三之助を笑った。
左門が指摘する。

「作兵衛だって見惚れてたじゃないか」
「あれで男っていうのは反則だろ」
「綺麗だったよな!」

その言葉に、同意せざるを得ない。
美しい、むしろ艶かしいとさえ感じた だなんて、口に出せるはずもないけれど。


 top 
- ナノ -