気づけば見知らぬ山の中に座り込んでいた。
ククルーマウンテンよりもずっと標高の低い、ありふれた田舎だ。
気候的にパドキア国内でもない。
仕事で外国に来ていたんだったっけ?

そのとき、ふっと光景が脳裏に蘇った。
……思い出した。
仕事先で、あの嫌な感覚に出会ったんだ。
幼い頃から出会ったなら即座に逃げろと口をすっぱくして教えられた、
時折父さんやイルミが躾で発するような、"あれ"だ。
けれど、逃げる間もなかった。
襲いくるそれに飲み込まれて、そして、どうなったんだろう。

頭痛がする。薬を盛られたわけじゃない。
私は訓練を受けているから、極端に毒が利きにくいのだ。
しいていうなら、乗り物酔いでもしたような気持ち悪さ。

どこにも怪我は見あたらなくて、身体に不自然な違和感もない。
気配を辿っても見張られているようなことはない。
持ち物に変化は……よりによってケータイのバッテリーが切れていた。
ここがどこかもわからないっていうのに、これじゃあ家と連絡が取れない。

途方に暮れたけれど、ひとまず移動してみることにした。
呆けていて何が解決するわけでもない。
人里に出れば現在地くらいわかるだろう。
いざとなれば、サバイバルの経験は豊富にあるんだから、どうかして生きていける。

歩き始めると、途中、獣道に人の通った跡を見つけた。
その脇には明らかに人為的に掘られた落とし穴のような溝があった。
足元の草が結ばれていたり、木々の間にはところどころ罠を仕掛けた痕跡があった。
対獣用にしては殺傷性が低いので、対人の捕獲用罠だろう。
ここは一体どういう場所だ?

しばらくすると川に行き着いた。
流れは澄んでいて、飲めば水は美味しかった。私は運がいい。
喉が潤うと、今度はお腹が鳴った。日は傾きかけている。
こんなときに限って何もお菓子を持っていないのだから、運が悪い。
キルアの部屋の棚からいくつかもらってくればよかった。

そのとき、川に近づいてくる人の気配があった。
禍々しさは感じなかったので、道を訊くことにしよう。
そう思って、待っていると、それは姿が見える前に別の方向に逸れてしまった。
驚いて、思わず追いかける。

「ねえ、きみ」
「ん?」

背後から声をかけると、彼はかすかに目を瞠った。癖で気配を消してしまっていたせいで警戒されてしまったのか、じぃっと眺め降ろされた。
視線が合ったので、愛想よく笑っておく。
私と同い年くらいの、背が高めの男の子だ。
上下黄緑色の服で、頭に同じ色の頭巾を巻いている。
珍しい格好だけど、これが黒だったら映画とかで見たことがある。

「ジャポニーズ・ニンジャなの?」
「じゃぽにいず?」
「あれ、違うの?」
「たしかに忍者の卵ではあるけど」

ニンジャではあるんだ。ジャポンの文化じゃなかったかな。
卵っていうのは半人前とか見習いってことだろうか。

「そっちこそ見慣れない格好だな。南蛮の着物? なんで裏々山に」
「ナンバン? や、私にとっては至って普通の服装だけど」

どうも話が噛み合わなくて、私たちは互いに首をかしげた。
ともかく、自己紹介でもしようか。

「私はシオン。君は?」
「三之助」

やっぱりジャポンっぽい名前だ、と思う。
まるでジャポンの時代劇みたい。

「じゃあサンノスケ。これからどこいくの?」
「作兵衛のとこ」
「友達?」
「ん。ちょっと見ないうちにいなくなってたから」
「迷子なんだ? 大変だね。この山にはなんの用だったの?」
「学園の実習で」
「もしかしてニンジャの学校があるの!?」

サンノスケはこくりと頷いたので、すごい! と、騒ぎ立てる。その学校にはサンノスケみたいな格好した人がいっぱいいるのかな。
サクベーというのもその学園の生徒だろうか。
実習ということは、他にも生徒が来ているのだろう。

「ねえ、私も探すの手伝いたい!」
「別にいいけど……」
「やった!」

ニンジャの学校って面白そうだ。
私は通信教育だったから、そもそも学校に通ったことがない。
同じ年頃の子供が溢れている場所というのに興味があった。

「ところで、ケータイ持ってる?」
「……持ってない」
「そっかぁ。じゃあ私の用事はサクベーが見つかってからでいいや」

そのときサンノスケが返事に妙な間を作ったことに、私は気づかなかった。
人見知りされているというか、どこか距離を作られている気がしていたから、そのせいだと思ったのだ。


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