拾漆
さて、三年生以外で私が一番授業を受けることが多く、
そして居心地を気に入っているのが、一年は組だ。
賑やかで騒がしい雰囲気が好き。
学園一の落ちこぼれクラスと揶揄されるだけあって、授業はとってもわかりやすい。
成績悪い生徒には慣れているらしく、土井先生も親切だし、教え方も丁寧。
山田先生の腕前はたしかだし、あの女装だって面白い。

特に私の面倒を見てくれるのは三治郎と虎若で、
なんでも孫兵が委員会のときに頼んでくれたらしい。
孫兵が後輩に頼み事をするなんて珍しいから、それだけ張りきって気にかけてくれる。
今までの授業内容を教えてくれたり、隣で解説してくれたり、だ。
山伏やカラクリや火縄銃の話を聞くのも面白い。
三治郎はいつも笑顔で人当たりがよく、もともとこういうのが得意なんだろうな、と思う。


その反動、というか。
兵太夫は、私のことが気に入らないらしい。

「紫苑、三治郎が呼んでたよ」

そう騙されて、カラクリ部屋に押し込まれたことがある。
床を踏んだら地下に落ちるし矢は飛んでくるし網は落ちてくるし、最終的には大水で池に流された。
畳み掛けるようなえげつない追い討ちはスリルがあってとても楽しかった。
小さいころに放り込まれたアスレチックを思い出したものだ。
すべて兵太夫が作ったと聞いて、素直に感心してしまった。
それがさらに神経を逆撫でしてしまったらしい。
痛めつけられてあげたほうがよかったのかなぁ。

同室の三治郎が世話を焼いてくれる分、その嫉妬というか。
友達を取られたと感じるんだろうな。
私を兵太夫、孫兵を三治郎の位置に持ってくると、その嫉妬も納得できる。
ただしプライドの高い兵太夫は自分が嫉妬を認められずに、憤りを八つ当たりへと向けるのだった。

私自身は言葉遣いにルーズだから、先輩って付けなくても気にしないけど、
それでも、みんな形式だけでも「紫苑センパイ」と呼ぶが、
兵太夫は人のいないところでは私を呼び捨てにする。
態度を変えられると、嫌われているなぁと思い知る。
彼が賢いということは見ていてよくわかるので、知識のない私を馬鹿にもしているのだろう。

難しい問題だ、とは思うけど、三治郎の親切を手放すわけにはいかない。
面倒を見てくれる人がいるのといないのとでは、授業の受け心地が全然違うのだ。
そりゃあ、誰だって頼んで質問すれば答えてくれると思うけど、それが一度や二度じゃないと嫌な顔をする。
よって、八つ当たりを受けることは出来ても、兵太夫の不満は解消してあげられない。

一年い組はもっと居心地が悪い。
どこのクラスよりもエリート意識が高いのだ。
そんな漢字が読めないんですかー、と、何度言われたことか。
私の悪評を作り出すのはあまりにも簡単だ。
兵太夫もそうだけど、彼らは私が南蛮から来たということについてさえも半信半疑だ。
南蛮人は金髪碧眼だと相場が決まっているらしい。
私だって、父さんに似れば銀髪碧眼だったんだけどなぁ。
でも、母さんに似たことを誇らなかったことはない。


そんなふうだから、作法委員会に見学に行ったら気まずいことになるだろう、と予想はしていた。
でも、そのうち見学に行くよ!って藤内に宣言しちゃったし、
この間仙蔵センパイと忍務で一緒して、顔見知りになったから、見学の許可が下りてしまった。
今更断る理由を説明するのも難しいし、できるだけ大人しくしてればそれでいいか。

そうして、作法委員会を見学することに決めたんだけど、
もっと大きな問題が私を待ち受けているのだった。


予想通り、兵太夫は私を見て嫌そうな顔をした。
伝七と一緒になって私を馬鹿にする始末。
私の記憶ではこの二人、そんなに仲が良かったわけではないと思うんだけど、
こんなときだけ息ぴったりじゃなくてもいいのになぁ。

藤内は困ったように後輩を叱った。彼らは怒られて不満そうにしている。
周囲に気を使うって大変だなぁ。
もともと状況を説明しておいたほうがよかっただろうか。
気にしてないよ、と私は手を振る。
しばらくして、委員長の仙蔵センパイがやってきた。

「悪い、実習が長引いた。全員いるか?」
「綾部先輩がいません」
「どうせまたタコ壺でも掘ってるんだろう。始めるぞ」

始めちゃうのか。
アヤベ先輩というのはたしか四年生だっただろうか。
私は、藤内に聞いた話を思い起こす。かなりの変わり者らしい。
仙蔵センパイは、私を見てにっこりと笑んだ。

「じゃあ見学者もいることだし、首実検の作法のおさらいでもするか」

そこで、私は藤内の制服の裾を引く。
いつものことなので、すぐに察してくれて、首実検とは何かを耳打ちしてくれた。
『合戦場で討ちとった敵の首を大将が判定するための作業』だそうだ。
…よくわからない。戦争のスタイルさえ私の認識と違うんだもの。
教科書に記述があったり、忍務の途中で戦場を目の当たりにしたりするから、
ようやくイメージを掴みかけているところだ。

仙蔵センパイは、生首のフィギュアと化粧道具を取りに行くよう、一年生に指示を出した。
私もついていったほうがいいだろうかと悩んで、やめた。
まあ、今日限りなんだから別に仕事を覚えなくたっていいだろう。

「それから藤内、喜八郎を探してきてくれ」
「わかりました」
「あ、じゃあ私も…」
「いや、紫苑はいい」

仙蔵センパイは、にこやかな笑みを浮かべていた。
こんなによく笑う人だったのか。
初対面で忍務中だったから表情が硬かったのか。
藤内も、いつものことだから紫苑は待っていればいい と言った。

そうして、私は仙蔵センパイと二人きりで作法室に残されたのだった。


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