拾陸
この忍術学園という組織を平和に維持するためには、
時に外敵の処理や密約の締結といったことも必要になる。

もちろんプロの忍である教員の担う役割も大きいが、
彼らの仕事はあくまでも教えを授けることだ。
人数にも限りがあるし、長期に学園を留守にするわけにはいかない。

そこで、上級生が活躍する。
実習として学年もしくは学級全体で動くこともあれば、
優秀な生徒が個人的に忍務を賜ることもある。
六年生ともなれば就職も目前、経験は多く積めば積むほどいい。
危険は伴うが、実力が認められた証で、……内申書にも書かれる。

立花仙蔵は、六年生でも特に優秀な生徒だ。
彼がじきじきに学園長から呼び出されたのだから、
それだけ骨のある忍務だという証拠だった。

――だが、
学園長の庵では、萌黄色の制服の生徒が座っていた。
「失礼します」障子を閉じて、仙蔵は目を細める。
学園長は何食わぬ顔をしているから、何か誤りがあるわけではないのだろう。
接点を持つのはこれが始めてだが、存在は有名だから知っている。
斉藤タカ丸同様の編入生だ。名はたしか紫苑。姓は記憶にない。
なぜ、学園の門を叩いて間もない三年生が、此処に。
うむ、と学園長が頷いたので、その場に腰を下ろす。

たとえば、今回の忍務が彼の実家にかかわりがあるのだろうか。
そうでもなければ、まさか見学させろということはあるまい。

「はじめまして、私は紫苑。えーっと、先輩は?」
「六年い組、作法委員長の立花仙蔵だ」
「作法ってことは藤内の先輩だね」
「これ、敬語を使わんか」

くだけた物言いの紫苑を、学園長が叱責する。
「あ、はーい」と応えるのには悪気も誠意も感じられない。

「ところで、忍務の内容を聞いても?」

本当は紫苑の存在から問いただしたかったが、判断は後だ。
学園長は一つ頷いて話し始めた。
要はとある城から情報を盗んでくるのだが…
一人で忍び込むには、たしかに警備が少々厳しい。
それで、紫苑を囮に使えというのだ。

「敵の数を減らすんだったら任せて」
「待ってください。それは彼に死ねと言っているのですか」
「死なないよ」
「うむ。紫苑は事情が特殊でのぉ。忍者としての知識は皆無じゃが、
その高い戦闘能力・暗殺者としての腕はわしが保証する。
おぬしなら巧く使いこなすじゃろう」
「暗殺者……」

学園長は、まるで忍具の一つのように紫苑を言いしめた。
紫苑も、それに反感を覚えている様子はない。

仙蔵はふたたび紫苑を見る。
女子のように綺麗な顔、長く艶のある黒髪、小柄な体格……
そんなもので侮るべきでないことは、自身が一番分っているが、それでも。
一人の後輩を囮にするほど落ちぶれたつもりはない。

「遠慮してるんですか?」

黙っていると、紫苑が覗き込むように言う。
むしろ、挑発するかのように。

「こっちだって仕事なんだから、わりきってくれなきゃ。
私が使えるかどうかは、その場で判断してくれればいい。
簡単にくたばったりしないって証明し…、ますよ、先輩」

敬語を誤魔化しながらも、その瞳には鋭い覚悟が宿っていた。
なるほど、一筋縄ではいかなそうだ。
興味が沸いた。私は謹んでその忍務を承った。

女子の『ように』というよりは、むしろ。
だからこそのイレギュラーか。

結果として、彼――いや、紫苑は予想以上の、信じられないくらいの働きを見せた。
たとえば、見張りが侵入者の存在に声を上げる以前に絶命させる、等々。
外聞はどうしようもない劣等生のはずだったが、どうやら認識を改めなければならないようだ。
数少ない追っ手をも全滅させ、返り血も浴びず隣に並んだ紫苑に仙蔵は問う。

「そういえば、以前文次郎に会っただろう」
「誰ですかそれ」
「隈の濃い男だ」

そう伝えれば、紫苑は、ああ、と頷いた。
それで伝わってしまうのもどうかと思うが。

早朝に、まだ髪から湯気が立ち上る状態で、くノ一教室の塀を越えてきたところと鉢合わせしたそうだ。
文次郎のほうは委員会明けだったか自主練明けだったか。
とにかく、『まだ忍者の三禁の意味も理解していないんだろうが、けしからん』と憤っていた。
まあ同室の仙蔵に愚痴をこぼしただけで、そんな醜聞を言いふらすような男ではない。

だが、逢引などではなく、もっと別の意味がありそうだぞ と、
仙蔵は内心で笑む。
もちろん、こんな面白いことを人に触れ回るわけがない。


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