二人の仇を取るべく、左門は私を見据えた。
素手と素手だから、組み手ってことになるね。
さっきとはまた違った楽しみ方が出来そう。
左門が繰り出す拳は速くて重かった。その上、動きは身軽。
私とは背丈が同じくらいだけど、体格差のある相手とも戦い慣れているのだろう。
低くから鋭く蹴りあげてくるのは筋がいい。
拳を捌きつつ、隙を見て胸ぐらを掴んだ。投げ飛ばす。
左門はすぐに立ち上がろうとするけれど、押さえつける。
身構えた、左門の頭を私はわしゃわしゃと思いっきり撫で回した。
「なにするんだ、やめろ!」
「わ、やっぱりすごい、 サラスト!気持ちいい、くせになりそう」
「やめろって言ってるだろ、馬鹿。試合中だぞ」
「触るんじゃなくて、撫で回す!ってのをやってみたかったんだ。
これも相手に精神的ダメージを与える攻撃の一つってことで」
っていうのは今考えたんだけど。
左門は真っ赤になって私を振りほどこうとする。
ふたりが止めに入って、ようやく左門は解放された。
結局私の三戦三勝、ということでいいのかな。
彼らは悔しそうにしているから、きっと負けず嫌いなんだろう。
好戦的っていいことだと思う。
「じゃあ、三人まとめてかかってきなよ!」
これからが本番! と、私は三人を煽った。
彼らは顔を見合わせた。多勢に無勢を躊躇っている?
私のことを無勢だと思ってるんだろうか。
「まだ見くびってるの? 卑怯かどうかは、三人がかりで倒してから考えなよ」
構えを取ると、彼らの目にもそれぞれ闘志が宿った。
第二ラウンド開始。
* * *
「疲れたー」
彼らは連携プレーで乗算的に強くなる。
さすがの私でも息が乱れて、額から汗が滲む。
「紫苑は強いなー」
「特技だからねー」
もう勝ち負けはどっちでもいいというふうに、三人は地に倒れていた。
そんな中、三之助がむくりと起き上がった。
「風呂行こうぜ、風呂」
「いってらっしゃい」
ふたりも立ち上がったので、
手でも振って見送ろうとすると、彼らの歩みを止めてしまった。
「あ、そうか。身体に傷があるん…だっけ?」
「うん」
三之助に頷くと、作兵衛が呆れたように言った。
「そんなの、いいじゃねぇか。傷があっても入ってる奴はいるし、
俺らだって気にしねぇよ。紫苑だって汗流したいだろ?」
「寮生活じゃさっさと割りきったほうが楽だぞ」
左門まで、そんなことを言う。
身体に傷痕があるのは本当だから、"気にするな"という言葉は嬉しい。
だからこそ、笑うと胸が痛んだ。
「私が気にするから」
「…ま、無理にとは言わねぇけど」
作兵衛も諦めてくれたようなので、今度こそ三人を見送った。
バレるわけにはいかない。ここにいられなくなる。出て行かなくちゃいけなくなる。
最初はバレたらバレたで、驚かせればそれでいいなんて、思っていて、
ここにいることを決めたのも安易な選択だったのに。
孫兵も藤内も数馬も三之助も作兵衛も左門も、みんな優しくてあったかくて、
あまりにも居心地がいいから、私の中に未練が根付いてしまった。
「困るなぁ…」
ひとり呟いた言葉は、風に流されてはくれなかった。
真実を告げられないのは、『騙していたのか』と糾弾されることが怖いからでもある。
嫌われたくない。事実は変わらないっていうのに。
友達に嘘をつき続けることが苦しい。偽りでしかいられないことが。
私に罪悪感なんてものがあっただなんて、知らなかったよ。