拾参
結局うちのクラスに編入した紫苑は、一言で表現すると変わった奴、だと思う。
この忍術学園には変わった人物なんて数え切れないほどいるけど、その中でも少し毛色が違う。
文字が読めないことよりも、出身が南蛮だと言われたときのほうがビックリした。

女かと迷う綺麗な顔立ちで、艶のある長い黒髪と黒い瞳は日本人に見える。
俺は委員会で美形に免疫があるつもりだけど、
人見知りしないその笑顔には思わず見惚れてしまった。
……というのは、内緒だ。

「藤内助けて、予習終わらなかったの!」

授業の前に教科書を見せられて、簡単な漢字の読みを聞かれた。
ああほんとにわからないんだ、と実感する。
教えると、「ありがとう!」と無邪気にお礼を言われた。
『忍たまの友』に眼を通すにも辞書を引いたりしなきゃいけないだなんて、
ようやくひらがなは表なしでわかるようになってきたくらいだというから、本当に大変だと思う。
喋っている分には言葉が通じるから、異国人だという認識はあまりピンとこない。

紫苑は授業の後半になると うつらうつらしてきて、たいてい居眠りを始めてしまう。
わからないと眠くなるのはしかたないかもしれない。
困るのは紫苑だと思うから頑張って起こすんだけど……。
そういうときは一度寝ると起こしても絶対に起きない。
揺さぶっても、呼びかけても、先生が怒鳴ってもびくともしないのだ。
いったいどれだけ図太い神経なのかと呆れてしまう。
『鋼鉄の眠り』とまで言われるようになった。

俺と数馬は彼の両脇の席で顔を見合わせて、どうやったら起きるか相談しあう。
一番は、紫苑が眠くならないように、寝そうになる前に、
こまめに話しかけたり、わからないところを教えてやることだという結論に至った。

食事に箸を使う文化にも馴染みがないらしく、練習中だという。
だから、メシを食べるのにもいちいち時間がかかる。
時間がないときはおかずに突き刺して、ごはんを口に掻きこむ。
けれど、目標は伊賀崎のような箸使いだそうだ。

――紫苑は伊賀崎と同室で、仲が良い。
それを意外だと思ったのは俺だけじゃないはずだ。
毒蛇のジュンコにも臆さず近づくどころか、頭を撫でて親密に笑っているのだから信じられない。

伊賀崎が、ていねいに紫苑の焼き魚の骨を取ってやっていたことはもっと信じられない。
なんだか兄弟を通り越して保護者のように見えてしまった。
毒虫野郎にペットが増えたと揶揄する者さえ、いる。
俺はそれが気にかかったけれど、当の本人たちはまったく気にしていないようだ。


さて、今のところ教科が壊滅的な紫苑の本領は、実技で発揮された。

体術のテストで、一瞬で組んだ相手を地に捻じ伏せた
彼の動きを、俺は眼で追うことができなかった。
どちらかといえば小柄な体格のどこにそんな力を秘めているのだろう。
組み敷き方にも隙が無く、相手に身動きを取らせなかった。
――もしかしたら相手は気圧されていたのかもしれない。

誰もが呆気に取られているのを見て、紫苑は にぃっと笑った。
文句なしの合格だった。

続く手裏剣のテストでも、彼は投げ方の説明を受けて、
しばらく他の生徒を観察し、何度か投げるふりをしてみると、一発で的の隅に当ててみせた。

「わ、これ難しいね。真ん中に当たんない」

これは命中しやすい八方手裏剣だし、
そりゃあ三年生ともなれば、多くの生徒が真ん中に近いところに当てるのだが、
編入して幾日かの紫苑にそれをやられてしまったら、立つ瀬が無い。
才能なんて反則だ と呟くと、紫苑は苦笑した。

「私に才能があることは認めるけど、
それを開花させるために文字通り血の滲む訓練を受けてる。
藤内たちみたいに一年生二年生を体験してないけど、
その分、他の場所で別の体験をしてたんだから」

どっちが劣っているということはないのだ、と彼は言った。
俺は認識を改めることにした。
たとえば、四年生にタカ丸さんという編入生がいるが、
あの人だって、髪結いとして働いてて、俺たちの知らない体験をたくさんしているのだ。
秀でていること・足りないことを補い合っていけばいいのだと教えられた気がした。

そういえば、風呂場で見かけたことがないのは、
体に傷があるから人のいる時間帯を避けているのだと伊賀崎が言っていた。
紫苑はどんな人生を歩んできたのだろうか。


いくら実技のほうが得意でも、圧倒的に弱い教科の補習ばかり受けることになった。
タカ丸さんのように、一年生の授業にもよく混ざっているらしい。
教科書にひらがなが多くてちょっとはマシだ、と言っていた。

それでも、所属は三年は組だから、こっちで授業を受けることだって多い。
だんだんと授業中に舟を漕ぐ回数も減ってきているだろうか。
予習復習やわからないことを俺と数馬の部屋によく質問しに来る。
同室に学年トップがいるけれど、その伊賀崎に質問するだけじゃ足りないらしい。
さすがに邪魔ばかりしてちゃいけない、と思うのだそうだ。

目立つということは反感も買いやすい。
同級生にも上級生にも、よく思っていない生徒はいるけれど、
俺は紫苑に好感を持っていた。

「ねえねえ、藤内。作法委員会って何をするとこなの?」
「首実検とかの作法を勉強したりとか……なんで? 」
「んー、委員会何にしようか考えてて」

ジュンコとは仲良くなったけど私は孫兵みたいに世話好きじゃないから生物委員は却下、
保健委員になると不運がうつるからやめておけって孫兵が言ってた、
会計は計算して帳簿に書くとかどう考えても私には無理だよね面倒だし、
と、指を折って紫苑は数える。

「作法の活動ってよくわからないから、藤内に聞いたの。
手っ取り早く、今度見学に行くからよろしく!」

俺は委員会の先輩後輩と紫苑を並べてみて、違和感がないと思った。
彼ならすぐに馴染んでしまいそうだ。
また集団の個性が強くなるかもしれないと思うと、少し恐ろしかった。


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