ろ組の授業は実技が楽しかった。
作兵衛が眼を離した隙に、勝手に動き回る左門と三之助。
決断力バカと無自覚バカって誰かが言っていた。
どこかに行こうとしている三之助を見て、私は止めなかった。
慌てる作兵衛の横で笑っていたのは酷かったかな。
でも、ちゃんと探すのを手伝ったよ!

い組 は組 ろ組と、
一日ずつ体験入学(実技について、もはや見学とは言えなかった)を終えて、
翌日に私は再び学園長室に呼び出された。

「学園生活はどうじゃ」
「楽しいよ。ほんとに編入するってもう決めた」
「そうか。それにしても、文字が読めないとはのぉ」
「悪い?」

電話もないような田舎に文句を言われたくない。
学園長は、いつでも私に付け入る隙を探しているようだ。
できる限り、下手(したて)に出たくない気持ちはよくわかる。

「言い忘れ取ったが、実技にも教科にもテストはある。落第もな」
「ふうん。落第ってことは、進級するまではいられるんだよね?
じゃあ、あと半年は居られるわけだ。
別に本気で忍にならなくてもいいし、一箇所に縛られなくてもいいと思うんだよね」

せっかく家から解放されたのだから、狭い世界で生きたくない。
いろんなところに行ってみたい、今までできないかったことがしたいと思う。
むしろ期間を限定してくれたほうが、迷わず此処にいられる。
どうしても彼らのことが気に入ったのなら、辞めても頻繁に会いにくることもできるだろう。
そんな私だから、学園長は頭が痛そうだ。

「……クラスは、は組でよいか?」
「いいよ、どこも捨てがたいけど。部屋は孫兵のとこね」
「伊賀崎と親しくなるとは意外じゃった」
「孫兵はいい奴だよ。それから学費のことだけど、仕事は用意してくれた?」

私がその話をすると、学園長は密かに顔を曇らせた。
そんな甘くていいの? と思ったが、『こんなことをさせたくはないが』と言って、ちゃんと仕事は出てきた。
やっぱりあるんじゃない。食えない爺さんだ。

「ちと六年生の実習用には厳しすぎた代物でのぉ……」
「大丈夫、大丈夫。私なら」

父さんやイルミには敵わないが、ミルキになら勝てる。
キルアの才能に追い越されたくなくて、努力してきた。

夕方から、私はその"忍務"に出かけた。
孫兵には「学園に入るため、実家に話をつけてくる」と言い訳をして。
仮に、もしも次に実家の敷居を跨いだら、きっと死にかけるだろう。

学園から尾行されているのを感じたので、見失われない程度の速度で走る。
地図は見せられたときにその場で覚えた。
屋敷の構造は馴染みが薄かったけれど、説明はしてもらったし、もっと奇怪な館に忍び込んだことだってある。

同情しつつも、困難な忍務を与えるだなんて、たちが悪い。
いっそ失敗して死んでしまえば、それはそれで平和だと思っているのでしょう。
でもいいよ。その利己主義は、温情に浸かるよりも居心地がいい。
――私は、死んであげない。

屋敷の周りを観察して、いけると思ったので忍び込む。
『侵入者が来た』ということさえ気づかせないのは、気づいた輩も殺してしまうから。
返り血は浴びない。けれど、うっすらと臭いはついてしまったかな。
町を歩くのには支障がない程度だけど、実家ならば気づかれる。
家に帰らないからいいけど……。

夜は静かなまま更けていく。
侵入したときと同様に、そっと屋敷を抜け出して、岐路についた。
急げば夜が明ける前に帰れるかな。


* * *


学園に到着した頃には空が薄ら明るかった。
眠いけれど、うっすらとした血の臭いを流したかったので、まずはお風呂に入ることにした。
着替えを取りに、こっそり長屋の戸を開けた。

当然だが、孫兵は眠っている。
けれど驚くべきことに、隣には私の布団もちゃんと敷かれていた。
――そういえば、いつ帰るとは言わなかった。数日中に、と言っただけだ。
優しい孫兵。朝になって、この布団をたたまれたら私は気づかなかった。
わかりにくいんだね。毒虫野郎と揶揄して、理解しようとしない輩は最低だな。

音を立てないように、孫兵の傍に寄って、寝顔を眺めた。
やっぱり綺麗、だと思う。うちの兄弟にも綺麗どころが多いんだけど、それでも。
静寂の中、ドクドクと鼓動の音だけが警鐘のように耳に響いた。

――彼を血の赤に染めるイメージが、ふいに脳裏に過ぎった。

視界の中で赤い蛇が動いた。ジュンコが目覚めてしまったようだ。
孫兵が起きないように宥めようとすると、シャアッと毒牙を向けて警戒される。
近づくな、と言われているようだった。
昨日までは懐いてくれていたはずなのに、どうしたんだろう。

心臓は強く鼓動を刻み続けている。衝動が駆ける。何かがおかしい。
――そっか、私は暗殺帰りで気が高ぶっているんだ。
平和体験に浸って、久しぶりのことだったから、本能が呼び起こされたんだ。
それが滲み出てしまうだなんて、未熟な証拠だ。
ジュンコはケモノだから危機には敏感なのだろう。

「大丈夫、お前たちは殺さないよ」

そう言って一人と一匹にそれぞれ手を伸ばすと、
ジュンコはもっと警戒してしまって、ついに、孫兵に触れようとした指を噛まれた。

「いたっ」

言い分はわからなくもないけれど、噛まれたという紛れもない事実は苛立ちに変わる。
ジュンコを睨むと、殺気が強すぎたようで、睨み返されたと思ったらふっと糸が切れるように気を失ってしまった。
……蛇相手におとなげない。
死んではいない。だいじょうぶ、だ。

うん…、と孫兵が寝返りを打ったので、はっとする。
目覚めてはいないようだった。安眠の邪魔をしてしまった。

頭を冷やさなくてはいけない。
着替えを持って、くノ一の風呂場に向かった。
途中井戸に立ち寄って、冷水を頭から被った。


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