シナ先生の協力の下、お風呂は早朝にくノ一教室で使わせてもらった。トイレも同様。
万が一誰かと出くわしてしまってもトラブルが少なくて済むからだ。
夜に孫兵に風呂を誘われたときは、身体に傷があるからとかいって断った。
それも嘘じゃない。私にはゾルディックとして育てられた証が全身に刻まれているから。
幼い――むしろ生まれた頃からの、訓練の賜物なのだ。
だから、なおさら『女としての武器』というのは今更で、私には無理だと思うわけだ。

孫兵と仲良くなれたということもあり、今日は三年い組の授業を見学する。
午前中が教科、午後が実技、らしい。最初に紹介されて、私は孫兵の隣に座った。
昨日から、世話を焼いてくれる孫兵にひっついてばかりだ。

教科書は文字の読解に苦戦するけれど、授業は先生の話を聞くことができるし、内容はそれなりに面白かった。
忍者の術や道具、何を学ぶのかを知ること。教室で授業を受けるということ自体、新鮮だった。

授業は淡々と進み、孫兵はしっかりと先生の話を聞いてノートを取っていた。
なんとなく邪魔しちゃいけない気がした。
わからないことだらけで何から質問すればいいのかわからない。

よって、後半になると真新しさも飽きに変わった。
知らないことが積み重なっていき、容量オーバーを迎えたのだった。
先生の話が子守唄に聴こえてきて、うとうとしていると、ようやく鐘が鳴って、授業の終わりを告げた。

午後の実技は裏山で行われた。
紅白のチームに分かれてハチマキを奪い合うらしい。
それなら私にもできる、と思って、先生に許可を取って白組に入った。
武器はないが、私自身が武器だ。孫兵は赤組だった。

「混ーぜーてー!」

作戦会議をしていたので、軽いノリで加わろうとすると、
冗談の通じない輩ばっかりだったらしく、どうせ役に立たないと見なされて、口出しさせてもらえなかった。
これってチームワークとかも主旨にある授業だと思うのだけど、仕方ないから単独行動だ。
彼らよりも多くハチマキを稼いで、驚かせてやろう。

実習が始まった。
私のことを甘く見ていた生徒は赤組にも多かったようで、狙いの的になった。
――この、私を狙ってきた輩を捕まえるとか、そういうことをすればかなり得点は稼げると思うのだけど。
孫兵なら賢そうだから、同じチームだったら囮という手段くらい考えてくれただろうか。

私は、追いかけっこのつもりで逃げてみたり、手加減に手加減をしてからかいつつ、順調にハチマキを稼いだ。
ちょっと遊んであげるくらいじゃないと、一瞬で勝負がついてしまってつまらない。
忍者がどういうふうに戦うかというのも覚えておきたかったんだ。習得するつもりだから。
私はこれでもプロだ。欲張るのは大人げない。だから、私を狙ってきた子のだけを奪った。

授業が終わると、白組が勝った。圧勝は私のおかげだ。
みんなの見る目が変わったと感じた。楽しい。
「お前は教科と実技に落差がありすぎるな」と、率直に言ったのは孫兵だった。

明日は、は組の授業を見学するらしい。
いろいろなクラスを体験できるのはいいんだけど、生憎は組に知り合いがいないのが寂しい。
明日一日で友達できるかな?
そんなことを少し孫兵にこぼすと、仕方ないな と、は組の長屋に連れてきてくれた。

「浦風、三反田、少しいいか?」

孫兵が訪ねてくるのは珍しいらしく、ふたりは驚いていた。

「どうしたの、伊賀崎」
「あ、それが噂の編入生?」
「ああ」
「はじめまして、紫苑です。よろしく」
「あ……浦風藤内、です」
「三反田数馬です。こちらこそよろしくね」

私たちが自己紹介を済ませると、孫兵が話し出した。
ちなみにふたりの名前は既に漢字付きで孫兵に教わってある。

「紫苑は明日、は組で授業受けるんだが、面倒見てやってくれないか」
「は組? い組に編入したんじゃないの」
「まだ仮なんだ。クラスも不確定で」
「ふうん……僕らはべつにかまわない、よね」
「うん。だけど伊賀崎がここまで人に世話を焼くなんて珍しいな」

藤内の問いは私もずっと気になっていたことだった。
孫兵は、い組の他の生徒でも特別親しい子がいるわけではなくて、
人当たりがよかったり面倒見がよかったりする性質ではないようなのだ。
……やっぱりジュンコと同じ扱いかな。

「こいつ、文字が読めないんだ。
常識にも欠けてるから、いろいろと不自由があると思う」

それは、文字に不自由な人には誰も親切をするということだろうか。
きっと違う、と、都合よく解釈して、自己完結して、私は勝手に温かい気持ちになった。

「文字が読めないの? それで授業受けるのは、たしかに大変そうだね」
「困ったことがあったら力になるよ」

その言葉が嬉しくて、ありがとうと笑うと、二人は驚いたように私を見た。
そして「紫苑は美人だね」と、男装している私に数馬が言った。
私は、むしろ美人は孫兵だと主張した。


は組の授業は、い組の授業よりも説明が丁寧で、進むのが比較的ゆっくりだった。
そう言うと、い組は優秀だからね、と返された。
少なくとも教科に関しては、私はこっちのほうが好きだと思った。
たわいのないことでも、藤内と数馬にこそこそと質問しやすかった。


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