last.この次に会うときは、

中国に赴き、塔矢行洋先生に会った。

saiが来るとだけ伝わっていたので、私を迎えて本当に驚いていた。
当たり前だ。saiが初めて現れたとき、私は小学校の低学年じゃないか。
訂正して内密な場を設け、佐為と対面すると更にあらゆる意味で驚いていた。
幽霊で、平安貴族で、青年の外見だ。
危うく心臓が止まりかけただなんて恐ろしい冗談を聞いた。
実際には引退して自由の身となってからは、若返ったほどに小康を得て長らえているらしい。
正体が何者でも、碁打ちであることに変わりはないって切り替えられる元名人はさすがだった。

数奇な出逢い、数奇な繋がり、数奇な運命。
そこに立ち会えたことを、私は嬉しく思う。

中国棋院も案内してもらったし、
最後の一ヶ月はヒカルさんに付き合ってもらって、
あるいは佐為と二人きりでも遠出して観光し、存分に日本を満喫した。
日本棋院の中にも立ち入って案内してもらい、見学させてもらった。

旅立ちの日は少し余裕を持って早めに設定した。
ぎりぎりまで居座るという道もあったのだけど、
確実にちゃんとしたお別れを言いたかったから。
早く出発すれば、早く帰って来られるから。




「じゃあ、元気でな」

空港で、別れの言葉を渡される。
本当はジンくんに移動させてもらうだけなんだから、いつものマンションからだって出発できる。
ヒカルさんに搭乗口に入っていくところまで見送ってもらうパフォーマンスにすぎない。
この世界での最後の我が儘だ。

「はい。ヒカルさんもどうかお元気で。本当に、いろいろとありがとうございました」
「俺のほうこそ、世話になりっぱなしだった。ありがとう」
「きっとまたお会いしましょう。
私も佐為に鍛えてもらいますから、次に会うときは、5子置きで勝ってみせますよ」
「言ったな! 楽しみにしてるぜ」
「それじゃあ、少しだけ手を貸してください」
「うん?」

差し出された掌を両手で包む。
認識の共有。ヒカルさんに佐為が見えるように、佐為とヒカルさんの目が合うように。言葉を交わせるように。

「佐為も、またな」
「ええ。また」

短い言葉。
既に多くを伝え合って、きっとふたりにはそれで充分だった。
あるいは、それ以上込み上げて溢れることを恐れたのかもしれない。
二人の、内心の叫び声が聞こえる気がした。

「それじゃあ、いってきます」

大きく手を振った。





「行っちまったな」

搭乗口を通り、小さく見えなくなっていく玲奈をヒカルは見送った。
喪失感に胸が締め付けられる一方で、これでよかったのだとも思う。
佐為に打たせるという、ヒカルにはできなかったことを玲奈はできている。
これからどうするのかはわからないが、玲奈になら安心して任せられる。
二年という短い期間で、自分がどれくらい恩返しをできたのかヒカルにはわからないけれど、佐為が幸せならいいと思う。
もっと佐為と打ちたかったという想いはもちろんある。
次に会うときは佐為を越えていられるだろうか。

伸びをして、空虚な気持ちを振り払う。
ヒカルにとってもここが再出発地点だ。
佐為にかけていた時間を、これからはまた自分の錬磨だけに使う。
停滞してはいられない。打ちたい。
今から和谷かアキラの家に押しかけようかとさえ思う。

成田空港の出口に向かおうとしたとき、窓の外に閃光が走った。
さっきまで晴天だった空はいつのまにか暗くなっていて、
轟音の雷鳴が響いて、天の怒りのごとく豪雨が降り注いだ。

今日の予報は快晴だったはずだ。
急な天候の変化で、国内線・国際線共に、ことごとく運休になった。

玲奈が乗り込む予定だった便の引き返し出口で、人がごった返すロビーで、
ヒカルは玲奈の影を探したけれど見当たらない。
携帯に電話をかけると、電源が切られているらしいことだけがわかった。

二時間待った。雨はやがて止んだ。
ヒカルは何かを感じとって、小さく呟いた。

「そうか、本当に行ったんだな……」


I am -- fin.


 top 
- ナノ -