それは懐かしい日常、部活での光景から始まった。
私にとってあまりにも温かくて優しい夢が、まるで映画のように流れていった。
それが終わってしまうことくらいわかっていた。
そういえば、私が最期に会ったのは夏実だった。
いつもの帰り道で、いつもの場所で別れた、ありふれた日常。
その日、夏実はなんとなく機嫌が悪かった。
たぶん私が互先で部長に勝ってしまったからだろう。
ほら、夏実って部長贔屓だから。
正々堂々の決着なのだか怒られる謂れはないし、それは部長に対しても失礼だ。
夏実だってそれくらいわかっている。
だから言葉にすることはなく、少し態度がよそよそしく、刺々しくなった。
理性で感情を制せないのがもどかしそうな、淡い恋心が微笑ましかった。
ただ好きな人を応援していただけのこと。負けた部長を気遣うだけのこと。
人に当たってしまうとか、そういうのって誰にでもあることだ。
長い付き合いの中では些細な、いくらでも挽回できること。
私は心の中で苦笑して、けれどきっと夏実なら、次の日には気持ちを落ち着けていてくれると思ったから、
元通りだと思ったから、信じて、許して、受け流した。
『当たり前の明日』は、来なかった。
なんて後味の悪い思いをさせてしまったのだろう。
お葬式の場ですすり泣きが響く。
両親でも親戚でも幼馴染でもクラスメートでも先輩でも後輩でも、
誰の涙を見るのも辛かった。
それが私の死を悼んでいるというのならなおさらだ。
夏実は涙を浮かべずに、じっと顔を上げていた。
うつろな表情で、誰の声も聞こえていないみたいに、話しかけられても生返事をするだけ。
私の話題を出されれば耐えるように口を結ぶ。眼の下には大きな隈ができていた。
――突然道路に飛び出していった? なんでそんな馬鹿なこと
――自殺なんてするわけないじゃない。これは何かの間違い。
夢の中であるせいか、夏実の考えがなんとなくわかった。
自分に原因があると、何度も思いついて、何度も否定して、
そしてその可能性を捨てきれずに蝕まれていた。
ああ、どうして私はもっと早く、
『違うよ、夏実は悪くないよ』と言ってあげられなかったのだろう。
教室で一人、席に着く夏実。
他の女の子たちのグループに混ざっていくという気にはまだなれないらしい。
ひとりでお昼を過ごしているのをクラスメートたちは気にしていた。
暗い顔で部活に出て、騒いでいる後輩を注意する夏実。
大声で怒鳴ったから、部室は静まり返った。
雰囲気が悪くなったのは自分のせいだと思い知って、鞄を持って帰ってしまった。
夏実はいつでも独力で立っているような子だった。
『正しさ』を持っていて、曲げない頑固さもあった。
変わらなきゃいけないと思っても、簡単には変われなくて、言い過ぎたと思っても素直に謝れない。
人を批判した分は全て自分に返ってくるから、結果として『近寄りがたい』と思われてしまい、敵ばかり作っていた。
自分の言動への責任にがんじがらめになりながら、すべてを背負い込んでしまう。
誰の手も借りず、理解も求めず、貫こうとするから、その潔さが私は好きだった。かっこいいと思った。
ずっと楽な道を選んで生きていた私にはその頑なさが眩しかった。尊敬していた。
まっすぐな夏実の傍にいるのは心地よくて、
人の言葉に流されない絶対さに浄化されるみたいで、安心できた。
人間関係に不器用な子ならば、おせっかいでも、私が手を貸せたらよかった。
私は好きなことをして、楽に生きて、バランスを保つのが上手かったから。
こっそりと背中を支えていたつもりだったけれど、急に手を離してごめんね。
自分に大きな影響力があると思うことは、傲慢かもしれない。
けれど、私の遺影を見つめるの夏実の姿はあまりにも印象的だった。
今こそ傍に行きたいのに。
それでも、時間は流れ続けた。