39.ごまかし続けてきた代償

それは懐かしい日常、部活での光景から始まった。
私にとってあまりにも温かくて優しい夢が、まるで映画のように流れていった。
それが終わってしまうことくらいわかっていた。


そういえば、私が最期に会ったのは夏実だった。
いつもの帰り道で、いつもの場所で別れた、ありふれた日常。

その日、夏実はなんとなく機嫌が悪かった。
たぶん私が互先で部長に勝ってしまったからだろう。
ほら、夏実って部長贔屓だから。

正々堂々の決着なのだか怒られる謂れはないし、それは部長に対しても失礼だ。
夏実だってそれくらいわかっている。
だから言葉にすることはなく、少し態度がよそよそしく、刺々しくなった。
理性で感情を制せないのがもどかしそうな、淡い恋心が微笑ましかった。
ただ好きな人を応援していただけのこと。負けた部長を気遣うだけのこと。

人に当たってしまうとか、そういうのって誰にでもあることだ。
長い付き合いの中では些細な、いくらでも挽回できること。
私は心の中で苦笑して、けれどきっと夏実なら、次の日には気持ちを落ち着けていてくれると思ったから、
元通りだと思ったから、信じて、許して、受け流した。

『当たり前の明日』は、来なかった。
なんて後味の悪い思いをさせてしまったのだろう。


お葬式の場ですすり泣きが響く。
両親でも親戚でも幼馴染でもクラスメートでも先輩でも後輩でも、
誰の涙を見るのも辛かった。
それが私の死を悼んでいるというのならなおさらだ。

夏実は涙を浮かべずに、じっと顔を上げていた。
うつろな表情で、誰の声も聞こえていないみたいに、話しかけられても生返事をするだけ。
私の話題を出されれば耐えるように口を結ぶ。眼の下には大きな隈ができていた。

――突然道路に飛び出していった? なんでそんな馬鹿なこと
――自殺なんてするわけないじゃない。これは何かの間違い。

夢の中であるせいか、夏実の考えがなんとなくわかった。
自分に原因があると、何度も思いついて、何度も否定して、
そしてその可能性を捨てきれずに蝕まれていた。

ああ、どうして私はもっと早く、
『違うよ、夏実は悪くないよ』と言ってあげられなかったのだろう。


教室で一人、席に着く夏実。
他の女の子たちのグループに混ざっていくという気にはまだなれないらしい。
ひとりでお昼を過ごしているのをクラスメートたちは気にしていた。

暗い顔で部活に出て、騒いでいる後輩を注意する夏実。
大声で怒鳴ったから、部室は静まり返った。
雰囲気が悪くなったのは自分のせいだと思い知って、鞄を持って帰ってしまった。

夏実はいつでも独力で立っているような子だった。
『正しさ』を持っていて、曲げない頑固さもあった。
変わらなきゃいけないと思っても、簡単には変われなくて、言い過ぎたと思っても素直に謝れない。
人を批判した分は全て自分に返ってくるから、結果として『近寄りがたい』と思われてしまい、敵ばかり作っていた。
自分の言動への責任にがんじがらめになりながら、すべてを背負い込んでしまう。
誰の手も借りず、理解も求めず、貫こうとするから、その潔さが私は好きだった。かっこいいと思った。
ずっと楽な道を選んで生きていた私にはその頑なさが眩しかった。尊敬していた。
まっすぐな夏実の傍にいるのは心地よくて、
人の言葉に流されない絶対さに浄化されるみたいで、安心できた。

人間関係に不器用な子ならば、おせっかいでも、私が手を貸せたらよかった。
私は好きなことをして、楽に生きて、バランスを保つのが上手かったから。
こっそりと背中を支えていたつもりだったけれど、急に手を離してごめんね。


自分に大きな影響力があると思うことは、傲慢かもしれない。
けれど、私の遺影を見つめるの夏実の姿はあまりにも印象的だった。
今こそ傍に行きたいのに。

それでも、時間は流れ続けた。


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