来てくれてありがとう、と感謝を述べる。
私には、金髪に金瞳とかなり人間離れした容姿に見えるジン君だけど、
はじめに言われたとおり、ヒカルさんには私と同じ色に見えているようだった。
びっくりしているのはその格好良さにだろうか。
すごく整った顔立ちをしているのに、肉親に見えるように私にも少し似ているから不思議だ。
「妹が世話になった」
話を合わせてくれるのはさすがだ。
来てくれたことがありがたい。
呼べば来てやる。そう言ったその言葉に嘘はなかったのだ。それが私を安心させる。
初めて会ったのはほんの数ヶ月前、切っ掛けは悲惨なアクシデント。
一緒にいた時間はわずかとも言えるのに、本当の肉親のように心を許せてしまうのは、
現在唯一、隠しごとがいらない相手だからだろうか。私の望みを叶えるために力を注いでくれる。
久しぶりに会ったのに。
「順調か?」
歩き始めて、ジン君はそう話しかけた。佐為はちょっと恐縮している。
ジン君がここまでやってきた時間とか手段を考えると、本当は徒歩である必要はないと思うけど、
この世界で無理に人間離れした行動を取ることに得はないのだと言ってくれた。
私は、いくら『神様だ』と言われても、人間だったことを捨てられずにいるから、それはありがたい。
「うん、順調」
何気なく答えた、それは社交辞令のような感覚だったのかもしれない。
怪我をして、大丈夫?と聞かれても大丈夫と返してしまう。条件反射。
でも、そういえばジン君は心を読めるのだった。どのくらいの精度かはわからないけれど。
「どのように?」
訝しげに、尋ねられた。
私はそんなにも浮かない顔をしているんだろうか。
心の中はどんなふうになっているんだろか。
「やりたかったことは期待以上の成果で順調だよ」
「お前自身は?」
「変なこと聞くんだね。私は今までどおり生きているだけ。
人の人生は順調かそうでないかの二択じゃないでしょう」
「そうか」
「そうだよ。今日は楽しかった。これからも楽しみなことがある」
それって凄いことだ。幸せなことだ。十分でしょう?
「時間っていうのは留めておけないものだから。
どんなに素晴らしい昨日があっても、全く同じ今日が来ることはないし、
仮に来たとしても、同じ感動を以って迎えることなんてできないの。
入学、出会い、進級、卒業、別れ。
生きていれば、めまぐるしく環境が変わっていくのは当たり前のことで、
そのうちのどの瞬間が一番良かったかなんて議論することは無意味だと思うの。
だって、楽しかった時間は『その瞬間の私』のものなのよ。
私は『今の私』でしかない。ないものねだりは虚しいだけ」
「虚しいことはしない?」
私は首を振った。
「本当にそういうふうになれたら楽だと思うけど、
残念ながら、そこまで合理的にはなれない。心は思い通りになってくれないの。
ふとしたときに今までのことを思い出すし、切なくなることもある。
でも、ジン君が私にしてくれていることは私にとって最善だったと思うから、
それ以上のことは自分でどうにかするしかないね」
「そうだろうか」
「え?」
どういう意味だろう、と首をかしげる。
「お前はもっと俺を呼び出すこともできたはずだ。
もともと、一人で生活することは無理だと思っていた。
だからフォローしてやれるように例えば外見を似せた。金を用意した。
俺をもっとこき使うことも、もっと大げさな望みを叶えることもできたはずだろう」
「ジン君はこき使われたいの?」
聞けば、ジン君は首を振る。
「出来る出来ないの話だ」
「できないよ」
「なぜ?」
「私はもうジン君を恨んでいない、むしろ感謝している。恩人に酷いことはできない。
そんなことをすれば見放されてしまうかも、と思う」
「…………」
「それに、お金があればあるほど幸せとは限らないよ。
もちろん生活には必要だし、使いたいときに使いたいだけ使わせてもらう。
でもね、たとえば卒倒するくらい高いダイヤモンドを買ったって、『私』がそれに釣り合わないんだよ」
通帳には冗談かと思うくらいの額が入っている。
だからこそ腰が引けて、必要以上には使えなかった。
いつも外食していることが必要と言えば他の一人暮らしの人に怒られそうだけど、
きっと心のゆとりを保つくらいの贅沢は必要だ。
けれど、その贅沢も高が知れている。
「お前は、澄んでいるな。
自分の中に秩序を作って、それを見失わない。
神に向いているかもしれない」
風が吹いた。