自分がここにいることが不思議だと思う。
まっすぐ、まっすぐ、まっすぐに、
自分が信じる限り歩んできたから、
一度振り返れば、
その辿ってきた道がすべて見えてしまって、
もうこんなところまできたのかと、
あまりの長さに不安がよぎる。
そして再び前を見ると、
やはり途方もなく続く道に気が遠くなるのだ。
どこまで行けるのだろうか。
どこまで行くのだろうか。
俺は、おれたちは。
自分の弱さを振り切ると決めたって、余計な思いは巡るもので。
ときどき思い出しては、会いたくなっていたんだ。
それまでは。
けれど再びめぐり合えたから、
歩み始めたと知っているから、
俺も頑張らなきゃ、と思うのだ。
『僕は一度でも負けるつもりで碁を打ったことはない』
その言葉に頷いたように、
俺はもっと強くなる。
強くなりたいと、心が叫ぶ。
不思議だ。負ける気がしない。
こんな大舞台でも、プレッシャーを感じていない。
あるのは冬の朝の空気のように澄み切った心だけ。
滾々と湧き上がってきて、全身に漲る。
なんとなく、本因坊の名にこだわっていた。
佐為のことが少なからず影響しているのだ。
引き継ぎたくて、追い求めていた。
けれど、今は勝ったらどうなるとかいう思いはない。
頭の中では盤面のことだけを考えていた。
相手は三連覇を成した緒方本因坊。
院生になれたのは彼の助言のおかげといってよかった。
その実力はたしかで、まだまだ上手である。
けれど、負ける気がしなかった。
そんなヒカルの精悍な顔つきを見て、緒方は何も言わず黙ったまま、睨むようにした。
今の時期、誰もがヒカルを見るとsaiについて声を掛けるのにもかかわらず、だ。
そこにいるのは既に子供ではない。
『塔矢アキラのライバル』でも、『saiの弟子』でもない。
自分座る王座を狙うほどに成長した青年である。
数年で、対等な立場まで上り詰めた青年である。
匹敵――あるいはそれ以上の。
互いに口を利かない二人からにじみ出る緊張感をひしひしと感じていたのは、記録係の女性である。
この高級ホテルを舞台に、持ち時間各8時間、封じて制の、2日に及ぶ長い第一局が始まろうとしていた。
そして、最初の一手が放たれる。