15.真実は君の中にある

『進藤ヒカルはsaiの弟子』

この記事は多くの碁打ちに、いろんな意味での衝撃を与えたが、
ヒカルを知る者の反応は大きく二分された。

一方は、和谷のように、驚いたあとに納得してしまう者。
ヒカルの経歴にも謎が多くあるため、謎だらけのsaiとの関係を完全には否定できない。
今なお進化し続けると言われる『進藤ヒカル』の強さの由縁を垣間見たような気になってしまうのだった。
彼らはヒカルにsaiについて問い、何も聞き出せないことを悟ると、腕に自信のある者ならばsaiとの対局を申し入れる。

それは『saiの弟子である』というのがヒカルの最大の秘密だと思っている者だった。
他方で、それ以上の『謎』の影を目の当たりにしたことがあるからこそ、
それだけでは納得出来ない者も、当然いた。
――塔矢アキラがその一人である。


再び電話が鳴って、受話器を取る。

「進藤」

アキラの声は、思わず怯んでしまうほど低く、沈んでいた。
覚悟はしていたので、ついに来たかと身構える。

「週刊碁を読んだ。この記事が冗談でないなら、話がしたい」

命令調ではないが、言葉に強制力がある。
それは昔から変わらない。
逃げるわけにはいかなかった。

「明日、手合い終わったら碁会所に行く」
「わかった」

ずっと昔『いつか話す』と言った、その約束は、未だ果たされていない。
この六年間、アキラが追及してこなかったのは、その言葉を信用してだと知っている。
勝手に新しいことを始めようとしているのだから、アキラが怒るのも当然だった。

絶対ではなかったとはいえ、本心から思わず出た言葉だったのに。


次の日、ヒカルは予告どおり碁会所に訪れた。
手合いが終わってから、人に引き止められるのを出来る限り振り切って、最優先に向かってきたつもりだったが、
碁会所に着くとすでにそこにいたアキラが、立ち上がって一言「遅い」とのたまった。

「『遅い』って、お前なあ…」
「遅れるなら遅れると言え。僕がいつから待っていたと思ってるんだ?」
「……お前、今日の対局は?」
「そんなものはすぐ終わらせた」

断言するアキラを見て、対戦相手が気の毒になった。
そんな会話を聞いて、不思議そうに二人を見る市川の視線に気づいたので、
「ちょっと話があるからアキラ借りるわ」と言って、碁会所を後にした。
無言で歩く、ヒカルの足取りだけが少し重い。

「そろそろいいだろう」

少し歩いたところで、アキラが振り返った。
その鋭い眼差しに、ヒカルは少したじろいだ。

「進藤、君は自分が昔言った言葉を覚えているだろうか」
「『お前にはいつか話すかもしれない』」
「そうだ。『ずっと先だ』とも言ったが、君は『僕になら話す』と言ったんだ。
話したくないなら、君が話すのをいつまででも待つつもりだった。
それなのに、僕の知らない間にあんな記事が掲載された。どういうわけだ?」

それは、と口を開いたヒカルは、言い訳になってしまうのを恐れて再び口を閉ざした。

「内容にも納得がいかない。君とsaiとの関係は師弟などではない。
それだけでは説明がつかない。違うか?」
「……違わない」
「それに君がこの記事の内容を話した時期は、あの藤原を名乗った女の子の出現に重なる」
「それは、……その話は、出来ない」
「進藤!」

ヒカルは躊躇っていた。
明かさないわけにはいかない、話してやりたいと思う一方で、何をどこまで話そうか、と。

「君の謎については長い間触れずに封印してきた。
けれど先に動いたのは君の方だ。時が満ちたということではないのか」

ヒカルは、その言葉に胸を打たれた。
止まっていたときは再び動き出す。
そこにアキラがいるのは悪くない。

「三日待ってくれ。許可を貰ってくるから」


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